参院議員会館にて福島原発行動隊の院内集会で福島第一原発の多核種除去設備等処理水、いわゆるALPS処理水の海洋放出問題に関する中央水産研究所研究者と福島漁業協同組合理事の報告を聴いた。6月と7月のことだ。
両者の報告の要点は以下の如し。
日本国中枢の原子力市民社会と福島の漁業常民社会の間にある見解の差は、いわゆる風評被害の評価だけのようである。
原子力市民:法令基準を守って放出するから、安全だ。
漁業常民:安全性は了解している。但し、アルプス水放出によって風評被害が強まる恐れがある。
原子力市民:科学的説明の徹底とリスク・コミュニケーションによって風評被害の心配をなくせる。
漁業常民:そうは言っても、福島の漁業は原発事故前の7分の1に回復したばかりだ。ここでアルプス処理水が放出されれば、必ず風評被害が再強化される。心配だ。
原子力市民:汚染水に含まれる63種類の核種は、トリチウム(3H、三重水素)以外はアルプス等の設備で除去できる。トリチウムに関しては、日本だけでなく、全世界の原発すべてが液体廃棄物として河川や海洋に、気体廃棄物として空気中に排出している。安全性は確認ずみだ。
市場において同じような欲求を充足できる殆と同一の商品が買い手を求めて、死活の競争をしている。その販売競争において「製品差別化」が勝利の一つの鍵である。同じ卵でも一寸とした差異のイメージを創る。同じ魚でも一寸とした差異のイメージを創る。味や品質に一寸とした実質の差があることもあれば、イメージだけの場合も多い。とにかく、差異のイメージが競争力に差をつける。広告宣伝費はもっぱら「製品差別化」に向けて支出される。現代経済学の教えるところである。
福島県産の農産物や水産物は、巨大原発事故によってマイナスの「製品差別化」の圧力にさらされた。世にこれを風評被害と言う。考えてみれば、広告宣伝費は、もっぱらプラスの風評を創出し、持続させる為に支出されているわけだ。風評被害ならぬ風評受益を追求するわけだ。そんな競争社会において、福島沖にアルプス処理水が放出されるならば、確実に現状では福島産の水産物にマイナスの「製品差別化」を再度押し付けるであろう。
とすれば、同じ放出であっても、プラスの「製品差別化」に転化するようにすれば良い。
ここに私見を述べる。原子力市民社会の市民達、すなわち省庁の官吏、東電の経営者や社員、労働組合等は、アルプス処理水の安全性を科学的に確信している。そこに自己欺瞞は無いようだ。それ故に、次のような方策が思い浮かんで来る。
福島第一原発構内に貯蔵されているアルプス処理水を精製して飲料水・料理用水に作り変える。改質されたアルプス処理水を原子力市民社会の職員食堂や社員食堂において毎日毎日使用する。改質処理水で調理されたランチを原子力市民社会が毎日食べる。改質アルプス処理水のコーヒーを毎日飲む。
アルプス処理水は、福島の地下から湧き出し、破壊された原子炉内で多核種鉱物を溶け込ませ、「セシウム除去装置」や「多核種除去設備(ALPS)」を通して浄化され、生命体にとって無害であると日本国家が保証する水である。原子力市民社会の市民達がこのような水で調理された食事を楽しんでとっているならば、福島の漁業常民もアルプス処理水の海洋放出に賛成するだろう。
更に、事はこれだけにとどまらないであろう。地下から湧き出し、事故原子炉内で誕生し、二重三重の多核種除去装置によって精製され、そして生命体にとって無害化され、かつ超々微量の63種の鉱物を溶け込ましている水なんて、世界広しと言えども、福島原発構内にしか存在しない。しかも、原子力市民社会の食堂において何年間も飲食されて、その独特の風味が発見され好まれるようになる。実に貴重で超高価の水だ。海中に排出して、魚だけに味合わせるなんて、勿体ない。超多額の国費をかけて製造した「原発奇跡水」だ。原子力市民社会に独り占めさせるなんて不公平だ。日本国民全員にくばれ。こんな世論さえ湧き上がって来るかも知れない。
原子力市民社会は、アルプス処理水の海洋放出を漁業常民の反対を振り切って強行する前に、私=岩田の私案を検討して欲しいものだ。
私は、「原子力村」なる表現をとらない。この表現は、負評価の文脈で使われるが、社会悪を先験的に「村」の故にする偏見と、社会善を先験的に「市民社会」に帰属させる一人善がりのくさみがある。
村社会にも市民社会にも夫々の正負がある。
令和2年7月21日(火)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion9963:200724〕