青山森人の東チモールだより…東チモールがミャンマー情勢に棄権票とはこれ如何に?

一日の感染者数、高止まり

6月中旬以降、新型コロナウィルスの一日の感染者数が100人以下の水準でほぼ定着してきました。しかしそれは50人前後から100人ほどの幅をもつ範囲で高止まりの状態であり、決して油断できる状況ではありません。デルタ変異種の猛威にさらされる隣国インドネシアの緊迫した状況をみればなおさらです。

感染者の累積数が7月16日に1万人を超え、7月17日の時点で10100人です。死者の数は17日の時点で26人です。

ワクチン接種の進捗状況は7月17日の時点で、一回目の接種をした人はディリ地方に限ると56.7%、国全体では33.1%に達し、二回目の接種を受けた人はディリ地方だけですと19.31%、国全体では7.14

%となっています。それなりに進んでいるかに見えるワクチン接種ですが、東チモールも御多分に漏れずワクチン接種が原因と思われる死者がでています。6月末までに2人が亡くなりました。

東チモールが棄権票

今年2月1日、ミャンマー(ビルマ)の国軍は、アウン=サー=スー=チー国家顧問など文民政府幹部を拘束し再びクーデターを起こしました。その後、クーデターに反発する国民を軍が武器を使用して弾圧し、多数の住民が命を落としていることは周知のとおりです。

国軍と外国からの侵略軍との違いがあるとはいえ、軍による住民の弾圧は、東チモール人にとって1975~1999年の24年間に舐め尽くした辛酸としていまだ心に深い傷を負わせている生々しい記憶です。とくに、軍による民衆への発砲そして逃げまどう人びとを映し出す映像は、東チモール人にとって「サンタクルス墓地の虐殺」(1991年11月12日)を鮮明に想起させることでしょう。これまでおよそ900名のミャンマーの住民が命を落したと報道されています。

先月6月の18日、国連総会でミャンマー国軍の暴力を非難しミャンマーへの武器流入の防止を訴える決議案が賛成多数で採択されました。賛成したのは119か国、反対がベラルーシの1か国だけ、そして棄権票を投じたのは中国やロシアなど東チモールを含む計36か国です。

東チモールが解放闘争時代から加盟を望んでいたASEAN(東南アジア諸国連合)の現加盟10か国(インドネシア・カンボジアシンガポールタイフィリピンブルネイベトナムマレーシアミャンマーラオス)に目を向けると、タイブルネイカンボジアラオスの4か国が棄権票を、その他は賛成票を投じ、意見は割れました。

ミャンマーのチョー=モー=トゥン国連大使は文民政府から選出された人物であるので、賛成票を投じ、決議案の文言が弱められ採決に時間がかかったことに失望したのは当然のことです。かれの目には東チモールの投票行動はどう映ったことでしょうか。民衆を弾圧する軍への武器流入を防止しようとする決議案に、かつて東チモールを侵略したインドネシアが賛成し、インドネシアに侵略された東チモールが棄権票を投じるとは、なんと皮肉なことでしょう。

棄権票に非難と失望の声

東チモール国内では、東チモールがミャンマー情勢の件で棄権票を投じたことにたいし、人道に反する、東チモールの民主主義の価値を失墜させた、東チモールは信頼を失った…などなど非難と失望の声があがりました。

6月21日、「ノーベル平和賞」受賞者で元首相/元大統領のジョゼ=ラモス=オルタは自宅で記者会見を開き、欧米諸国・日本など多数の国が賛成したことを具体的に国名を挙げて強調し、CPLP(ポルトガル語諸国共同体)加盟国では東チモールだけが棄権したと述べ、「われわれは信頼を失った」と、政府に棄権票を投じた理由と責任の所在を求めました。

6月22日、国会でもこの件について与野党を問わず政府にたいして非難や失望の声があがりました。例えば、野党の民主党は「われわれが守ってきた民主主義の価値観への裏切りだ」と強く非難すれば、最大与党フレテリン(FRETILIN、東チモール独立革命戦線)のフランシスコ=ミランダ=ブランコ議員も、「棄権票を投じたことは世界的連帯と歩んできた東チモールの歴史の評価を下げるものであり、いまミャンマーの人びとがわれわれの連帯を必要としているときにわれわれは棄権票を投じてしまった」と嘆いたのです。最大野党CNRT(東チモール再建国民会議)の議員も、タウル=マタン=ルアク首相が率いるPLP(大衆解放党)の議員も然りです。

外務協力省と首相の弁明

6月23日、こうした非難や失望の声に対して外務協力省のアダルジザ=マグノ大臣は、東チモールはミャンマーにかんして2010年から一貫して棄権票を投じる立場を示しており、今回も外務協力省はそれに沿っただけで、「一つの中国」「パレスチナの自決権」「西サハラの自決権」を支持する外交の諸政策の一つとしてミャンマーにかんする国の方針を変えるには大統領府と国会・首相を通した手続きが必要であり、「わたしとしても首相や大統領がミャンマーにかんして見直しをするように内閣評議会に求めた」と弁明しました(インデペンデンテ、電子版、6月23日)。棄権票を投じたのは国の方針に沿っただけ、国連のこの採択は拘束力を持たないので東チモールに影響はないというのが外相の言い訳です。国の方針とはどのような方針なのか、なぜ棄権票を投じたのか、明確な説明がありません。

そして6月24日、タウル=マタン=ルアク首相がこの件についてこう発言しました――ミャンマー情勢にかんして棄権票を投じることは東チモールのもつ価値観と原則を変更するものではない、東チモールは人権と問題の平和的解決を尊重する――。やはり明確な理由の説明がありません。

棄権票の理由は?

東チモールは何故ミャンマー情勢にかんして棄権票を投じるのでしょうか? 唯一の戦争被爆国である日本が核兵器禁止条約に参加できないような大国による政治力学が働いているのでしょうか? 例えば、中国も棄権に回っているので、中国の経済力に大きく依存している東チモールとしてはこの大国に忖度しなければならないとか…。

わたしは東チモール人ジャーナリストに訊ねてみました。かれによると、ASEAN加盟を目指す東チモールは意見が割れるASEAN全体に中立的な立場を示すために棄権票を投じるのだといいます。賛成票はそれ以外の票を投じた国に抗することになるので、棄権票を投じて誰にも抗していない姿勢を示すという理屈なのだそうです。棄権票は賛成票に十分抗しているとわたしは思うのですが…。

もし外交方針がそうであるならば、首相も外相もそういえばいいのにそうしないというのは、なんか怪しいものを感じます。首相が弁明した後も非難と失望の声が収まらないのは当然のことです。

ラモス=オルタ、国家評議会を辞任

6月29日、ジョゼ=ラモス=オルタは棄権票を投じた政府による明確な理由の説明がないとして、大統領府が設置する国家評議会に辞表を提出し、その構成員であることを辞める意思を示しました。

ラモス=オルタはGMN(国民メディアグループ)局によるインタビューのなかで国家評議会を辞する理由について、観光促進のためのビデオ作製でこれから多忙となるなど理由は多々あると述べたあと、「東チモールは評判を堕とした。信頼性はゼロになった」などと、ミャンマー情勢への棄権票について不満や失望感を吐露しました。

GMN局の質問者が「国家評議会を辞任するのは、大統領の立場を危うくするためだという人がいますが…」と訊ねると、ラモス=オルタは「国家評議会には多数の構成員がいるので、そんなことにはならい」と笑いながら応えました。

また質問者が「国家評議会を辞任するのは、大統領選挙に出馬する準備のためではないかという人がいますが、これについてはどうですか」ときくと、ラモス=オルタはまた笑いながら、「このことと大統領選とはなんの関係もない」と否定しました(GMN、2021年6月30日のTVニュースより)。

すでに始まっている大統領選の駆け引き

ラモス=オルタは国家評議会の辞職と大統領選とは何の関係もないといいますが、果たしてそうでしょうか。どちら側にも良い顔をしてどの方向に風が吹いても差支えのない立場をとるラモス=オルタにしては、国家評議会の辞職という決然たる政治的態度は珍しい。何か裏がありそうだと思うのはわたしだけでしょうか。

東チモールは来年、現職ルオロ大統領の任期満了に伴う大統領選が実施される予定です。最も注目されるのは国民的カリスマ指導者で最大野党CNRT党首・シャナナ=グズマンの動向です。シャナナ自身が出馬するのか、あるいは誰を応援するのか…と。

わたしが得た情報では、シャナナ=グズマンはラモス=オルタに大統領になってほしく、そして大統領になったラモス=オルタは国会を解散し(その予行としてラモス=オルタによる今回の決然たる態度をみると納得できる)、そしてシャナナは総選挙で勝利し、シャナナ自らが首相の座に返り咲く、というシナリオが描かれているとのことです。

新型コロナウィルスに気を取られているうちに(わたしだけかもしれないが)、東チモールの政治的袋小路は大統領選挙を巡ってさらなる緊迫をもたらすというやっかいな局面を迎えているようです。

 

青山森人の東チモールだより  第439号(2021年07月17日)より

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.co

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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