1月10日二国間、12日NATOロシア理事会、そして13日全欧安保協力機構(OSCE)にて米露が立て続けに直接協議した。成果なし。米国は、ウクライナ国境近くに集結する露軍十万の撤退を求め、露国は、NATOの東方新拡張企図の撤回を求めている。
ただ今の現状だけを見れば、軍事強国ロシアが民主化途上隣国ウクライナに軍事圧力をかけている様に見え、まことに穏やかではない。民主主義先進諸国が一致して、露国に対抗するのは、当然の様に思われる。
民主主義国に生活していながら、私=岩田のような天邪鬼は、絶対公理となってしまった民主主義の視点からだけ、物事を観察する習慣がない。
ここで、NATO東方拡大直前のある事実、米蘇(露)間の重大約束を思い起こさざるを得ない。『ゴルバチョフ回想録 下巻』(1996年・平成8年、新潮社)によれば、1990年・平成2年2月9日に父ブッシュ米国大統領の国務長官ジェイムズ・ベーカーは、モスクワで、ゴルバチョフ蘇連共産党書記長(3月15日ソ連大統領)とドイツ統一問題に関して直接交渉して、以下のように主張していた。統一ドイツが中立国になるか、NATO加盟国になるか、に関する両国にとって最重要問題に関わる。
――「もしドイツが中立化すれば」、とベーカーは私(=ゴルバチョフ、引用者注)を説得しようとして言った。
「かならず非軍国主義になるとはかぎらない。反対に、アメリカの抑止力に頼るかわりに独自の核潜在力を創り出す決定をすることも大いにあり得ることです。あなた(=ゴルバチョフ、引用者注)に質問したいのですが、これは必ず答えていただかなければというのではありません。統一が成立すると予想して、あなたはどちらを選びます?NATO外の、完全に自主的な、アメリカ軍の駐留しない統一ドイツですか、それともNATOとの関係は保つが、管轄権あるいはNATOの軍は現在の線から東へ広がらないことを保障された統一ドイツですか?」
実際、ベーカー発言のこの最後の部分が、後にドイツの軍事的・政治的地位に関する妥協案の基礎となる公式の核となったのである。だがその時は私はまだこれを受け入れる準備ができていなかった。――(強調は岩田、p.192)
御覧の如く、NATO東方不拡大は、民主主義国米が先に考え出し、言い出し、約束し、説得し、権威主義国露(蘇)が受け止めた指針だ。1990年代後半にゴルバチョフが『回想録』でこの件に関して嘘言を記す理由はなかろう。その後、チェコ、ハンガリー、ポーランドが1999年3月にNATO加盟。エストニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ラトビア、リトアニア、ルーマニアが2004年3月、アルバニア、クロアチアが2009年4月、モンテネグロが2017年6月、北マケドニアが2020年3月。外交的に鈍重な露国としてもジョージアやウクライナの加盟に至っては、座して死を待つ訳にはいかぬと言う所であろう。
民主主義外交の特徴の一つを反省しておこう。
前政権(現野党・前与党)のトップと外交トップが敵国/相手国の代表者と粘り強い交渉の現場で獲得した一定の相互信頼は、現政権(前野党・現与党)にとって実感の湧かないものである。文面に明記されない限り、交渉の結果は無意味。裏切りの自覚なく淡々と裏切る。権威主義国の政治家はそこがわかっていない。自分達が裏切る場合は、意識的・自覚的であるからだ。かくして、民主主義外交への不信が権威主義国に生まれる。
NATO東方拡大に関する報道の論調を読み聞きしていると、民主主義国日本のジャーナリストも外交評論家も自分達のかかる性向に無自覚であるように思われる。
令和4年1月16日(日)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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