『プーチン3.0』から『ウクライナ3.0』へ 連載 上 全体主義化するゼレンスキー政権

 「『プーチン3.0』から『ウクライナ3.0』へ」というタイトルで、ウクライナに焦点をあてた論考を二度に分けてこのサイトで公開したいと思う。その理由は、『プーチン3.0』という400字換算700枚ほどのウクライナ戦争にかかわるロシアにスポットをあてた著書が4月25日に上梓されたことに関係している。本書の「あとがき」でも書いておいたように、『ウクライナ2.0』という著書を2015年に社会評論社から刊行した経験がある以上、『ウクライナ3.0』という本を書く必然性が筆者にはあった。だが、短期間にこうした本を書くだけの能力がないことから、ロシア側を詳細に分析した『プーチン3.0』をとりあえず刊行したわけである。『プーチン3.0』の仕事がひと段落した以上、つぎの仕事として「ウクライナ3.0」という観点から、ウクライナに関する冷静な分析を行い、ここに紹介しようと考えたわけである。

 ウクライナ戦争をつづけたいのはだれか
 まず、重大な問いかけの話からはじめたい。なぜウクライナ戦争は停止されないのか。停戦交渉を少しでも有利にするために、ロシアもウクライナも戦闘を継続している。戦争が長引くほど、人命が失われ、国土が荒廃するだけでなく、食糧やエネルギーの危機の深刻化が世界中に広がる。主権国家という制度のもとで、ウクライナやロシアの国家主権という「面子」を優先することで、本来、主権国家が守るべき国民の人権が毀損され、生命や財産が顧みられないという状況が放置されていることになる。
 2022年4月25日未明、ロイド・J・オースティン3世国防長官とアントニー・J・ブリンケン国務長官のウクライナ訪問が終了した。記者会見で、オースティンは、米国がウクライナ軍に提供された武器を補充し、新しい武器を購入するために、ウクライナと他の十数カ国に対して7億1300万ドルの対外軍事資金を提供することを明らかにした。そのなかにはウクライナへの3億ドル以上の支援も含まれている。この資金により、キエフはより高性能の防空システムを購入し、ソ連設計の武器ではなく、NATO諸国が使用するものと互換性のある武器を備蓄することができるという。「この公約により、戦争開始以来、米国のウクライナへの安全保障支援は、経済支援約10億ドルに加え、約37億ドルになった」と、「ワシントン・ポスト」は伝えている。あるいは、2月24日以降、「バイデン大統領はウクライナのために国防総省の備蓄から8回の武器の「引き下げ」を承認し、キエフへの総計37億ドルの援助を承認した」という。4月25日、米国務省は、ソ連設計の武器と互換性のある砲弾、ロケット弾、手榴弾1億6500万ドル相当をウクライナ側に提供することを明らかにしている。
 どうやら、米国政府高官は、今後数カ月で何らかの停戦交渉が行われると予想されるなか、ゼレンスキーに「できるだけ強い手応え」(the strongest possible hand)を与えることが目的の一つであったという。米政権は、「アメリカの目標をロシアの弱体化とすることで、ロシア指導者の力を封じ込める決意をより明確に打ち出したのである」と、「ニューヨーク・タイムズ」は解説している。つまり、米国政府はウクライナに武器供与をつづけ、ロシアとの戦闘を継続させて、ロシアの弱体化につなげることを目標とするようになっていることになる。
 そのために、米国政府は世界中の国々を巻き込んで、ウクライナへの武器供与態勢を整備しようとしている。オースティン米国防長官は4月26日、ドイツで開かれたウクライナ国防協議会、すなわち、ウクライナに軍事・人道支援を行う40カ国以上が一堂に会した会議を開催し、これを「ウクライナ・コンタクト・グループ」と名づけ、今後、米国が主導し、国防相や軍事責任者が直接または仮想的に会合することを明らかにした。なお、参加国は、米国、ウクライナ、ドイツのほか、アルバニア、オーストラリア、ベルギー、英国、ブルガリア、カナダ、クロアチア、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ギリシャ、ハンガリー、アイスランド、イスラエル、イタリア、ケニア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルグ、モンテネグロ、オランダ、北マケドニア、ノルウェー、ポーランド、カタール、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、スペイン、トルコからの代表者とNATOおよびEUだ。
 26日、ドイツのクリスティーン・ランブレヒト国防相は、ウクライナに数十台の対空装甲車を送ると発表した。ドイツ軍は2月に、紛争地域には武器を提供しないという方針を転換すると発表していた。それ以来、肩撃ちの対戦車ロケットや地対空防御兵器(その一部は旧東ドイツの備蓄品)をウクライナに送ったほか、地雷、機関銃弾、手榴弾、爆発物も渡していた。今回、重火器の直接譲渡を決めたことで、ドイツ政府もウクライナへの本格的な軍事支援に舵を切ったことになる。

 戒厳令下のゼレンスキー
 このバイデン政権の戦略は、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領にとっても都合のいいものとなっている。なぜなら、彼はロシア軍によるウクライナ侵攻で明らかに権力基盤を固め、2月23日まで対立してきた国内勢力を圧倒し、いわば全権掌握に成功したからだ。戦争が継続しているかぎり、国内の不満分子をねじ伏せたままにできるのだ。
 彼が何をやったかをみてみよう。まず、ロシア侵攻がはじまった2月24日、「ウクライナにおける戒厳令の発動について」が大統領令(第64/2022号)として発動される。クライナ国家安全保障・国防評議会の提案により、ウクライナ憲法第106条第1部20項、ウクライナ法「戒厳令の法的体制について」に従って決議されたもので、2022年2月24日午前05.30から30日間、ウクライナに戒厳令を発令するとされた(2022年3月14日の大統領令第133/2022号により、ウクライナの戒厳令の期限は2022年4月25日05時30分より30日間延長された)。
 この3項では、「ウクライナにおける戒厳令の導入に鑑み、暫定的に、戒厳令の法的体制の期間中、ウクライナ憲法第30条〜34条、38条、39条、41条〜44条、53条に定める個人および市民の憲法上の権利および自由は、妨害されうるものとする」と規定されている。これに基づいて、同日、セルギー・デイネコ国境警備局長官は憲法第33条の「法に定められた制限を除き、ウクライナ領土に合法的にいる者は、移動の自由、居住地選択の自由、ウクライナ領土から出る自由を有す」との規定に制限を加えて、18歳以上60歳未満のウクライナ人男性の出国を禁止する命令(資料を参照)を出した(なお、障碍者のほか、一部の国民と貨物輸送に従事するドライバーなどは例外とされている[資料1資料2を参照)。
 この国境警備局長官による命令に違和感があることについては、『プーチン3.0』の「あとがき」にも書いておいた。主権国家に戦争を忌避して出国しようとする国民の自由を奪うだけの合理性があるのだろうか。しかも、そこに男女差別を持ち込んで、無理やり戦争に協力させようとするだけの権力が主権国家に与えられていいものなのだろうか。移動の自由という基本的人権を簒奪する主権国家はそもそも主権国家たりえないのではないか。

 全体主義に近づくゼレンスキー
 さらに、3月20日のビデオ演説のなかで、ゼレンスキーは全体主義に近づく看過できない決定について明らかにしている。第一に、国家安全保障の最高意思決定機関、国家安全保障・国防評議会がウクライナの戦争状態においてロシアと関係のある11の政党の活動を停止する決定を下したというものだ。これは、「2022年3月18日付ウクライナ国家安全保障・国防評議会決定「特定の政党の活動禁止について」」という大統領令が出されたことを公表したことを意味している。決定は、「2022年2月24日のウクライナ大統領令第64/2022号によって確立された戦争状態の法体制にウクライナが服する期間、国家の安全と公共秩序を維持する目的で」、「2022年2月24日付ウクライナ法2102-IX号により承認され、ウクライナ法「戒厳令の法的体制について」および「政党について」の規定を考慮し、ウクライナ憲法第107条に基づき、ウクライナ国家安全・防衛評議会が決定した」ものだ。
 戒厳令期間中、11の政党のいかなる活動も禁止される。①野党綱領-生活のために、②政党シャリー、③デルジャワ、④リヴァ・オポジション、⑤ウクライナ進歩社会主義党、⑥左翼連合、⑦ウクライナ社会主義党、⑧社会主義者、⑨野党ブロック、⑩ナーシ、⑪ウォロディーミル・サリド・ブロック――が対象だ。①だけで、450議席中44議席を占めている。同党の代表、ヴィクトル・メドヴェチュークは2021年5月から反逆罪で自宅軟禁されていたが、2022年2月24日の数日後、逃亡したとみられていた。だが、後に逮捕された。⑩を率いてきたイエヴェン・ムラエフは、戦争が始まる前、不特定多数のイギリス情報機関が、ロシアがキエフでクレムリンの支配する傀儡政権を率いるためにムラエフの就任を検討しているとみていた人物だ(本人は否定)。
 問答無用というかたちで、野党勢力の活動を停止に追い込むやり方は独裁的であり、たとえ戒厳令下にあっても許されるべきものではないという議論があって然るべきだろう。もう一つ重要なことは、「ウクライナ国会の透明性も戦争の犠牲になっている」という事実についてである。ロシアの巡航ミサイルが飛んでこないようにという安全上の理由から、国会は1時間程度の不定期で、予告なしに開催されているという。会期を早めるため、議員は議場で公に議論するのではなく、内輪で法案を作成しながら議論したうえで議場に集まり、素早く投票し散会するという形式になっている。これを、ゼレンスキーは「悪用」しているのではないか、との疑惑がわく。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔study1220:220429〕