ブレジンスキー昇天直前の大変身(心)――嫌露反露から米中露欧大々連立構想へ――

著者: 岩田昌征 いわたまさゆき : 千葉大学名誉教授
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 ある研究会で面識を得たK.W氏からブレジンスキーの思想的大変身を教えられた。K.W氏は、国際政治情勢の専門家成澤宗男がISF独立言論フォーラム電子面で7月13日に発表した論文で知る事を得たと言う。
 私=岩田は、成澤宗男が紹介するブレジンスキー論文 Toward a Global Realignment、「地球規模再編に向けて」をISF電子面(7月13日論文、注9)で一読してみた。「ロシアを追い詰める意図についてブレがない。」と言う私旧稿のブレジンスキー解釈は、彼が死(2017年)の一年余前(2016年)にThe American Interest に発表した上記論文以前では妥当する。ところが、この論文においてブレジンスキーは、ブレるどころではなく、それ以上の大変態をとげていた。あのロシア大嫌いのカール・マルクスが晩年、ロシア的共同体を肯定評価するようになった故事に匹敵するか、それ以上の転換である。

 要するに、ブレジンスキーは、ロシアを追い詰めるのではなく、ロシアが帝国復活をあきらめて欧州流の国民国家に生まれ変わる可能性を評価し、そんなロシアとアメリカは手を組むべきだと提言するに至ったのだ。しかも中国と共にだ。彼は、論文の中で global Sino-American accomendation 「地球大米中調節」なる構想を提起し、ロシアをその必須因子としている。すなわち、私=岩田流に表現すれば、実質上、米中露欧の大々連立を提言するに等しい。ここでは触れないが、そうせざるを得ない5項真実 verities を列挙している。
 私の見る所、近代世界開幕以来3百年余、ヨーロッパ人と北米人がアフリカ、北米、南米、アジアの各地で持続的・断続的に繰り返して来た超大殺戮の歴史的記憶が今日政治的かつ軍事的に目覚めた被害者諸民族の心に巨大復讐魂となって活性化する事へ、北米西欧人として彼個人もまた抱かざるを得ない大恐怖心こそ、かかる驚くべき変心の基底にある。
 それが証拠に、ブレジンスキーは、論文の中で北米中南米原住民の大量絶滅・準絶滅から始めて、イギリスの阿片戦争、印度征服戦争、19世紀末から20世紀始めにかけてベルギー国王レオポルドⅡ世コンゴ私領における1000万-1500万人と見積られる大量殺戮、そしてアフガン・イラク戦争期の米軍による現地人殺害にいたるまで、かなり詳しく論じる。1835年-40年インドネシア人30万人のオランダによる殺害……、勿論19世紀中葉におけるコーカサスの民100万の殺傷、ロシア人によるも書き忘れていない。
 そしてこう書く。 Just as shocking as the scale of these atrocities is how quickly the West forgot about them. 「これら大流血の規模も衝撃的であるが、泰西がこれらを忘れ去る事の素早さもまた同じように衝撃的である。」ブレジンスキーの心中を憶測してみよう。
 かかる全人類的マイナスの深層記憶が、これからは国際的に地球大的に、ほとんどすべての政治諸事件の通奏低音にならざるを得ない21世紀前半において、北米西欧人がどうにか安心して生きられる国際秩序は、もはや北米西欧の政治力・経済力・軍事力だけでは保証できない。是非とも中国や露西亜との大々連立が必要である。
 ここで、北米西欧市民社会の誇る「普遍的価値」、「自由」、「人権」、「民主主義」、「私有財産」の国際的説得力は、この問題で効力を発揮できないのか。私=岩田は、ブレジンスキーもこのように自問自答したと想像する。その答えは否であったろう。何故ならば、「普遍的価値」たる「自由」、「人権」、「民主主義」、「私有財産」を希求した北米西欧の市民階級こそ、かかる大虐殺・大流血の発起発案者であり、殺人エネルギー供給者であり、実行者であり、かつ受益者であるからだ。
 旧第三世界住民にかかる悲惨な大量死をさせて、彼等の生活空間を北米西欧人が自由に使えるようになる歴史地理的条件なかりせば、北米西欧市民の時代必然的に噴出する自由エネルギーは、相互に衝突し合い兄弟殺しとなって、輝かしい資本制市民社会は早産・死産で終わったことであろう。マルクス的に表現すれば、資本の原始的蓄積の国際的・地球大的実態である。かくして「美しく正しい」現代市民社会は、素早く忘れ去っていたはずの自分の「醜く不正な」長い過去に脅かされている。ブレジンスキーは、最晩年まさしくそれに気付いた。
 かくして、自由民主主義の大軍師ズビグニェフ・ブジェジンスキーことブレジンスキーは、権威指導主義の中国・露西亜と手を組んでその脅威に対処せざるを得ないとの結論に達したのであろう。
 成澤宗男(ISF、7月13日)によれば、ブレジンスキー論文は、ブレジンスキーの弟子筋や孫弟子筋から黙殺されたようである。師の旧論に忠実に今現在も露西亜解体に精力を使っている由である。
 それにしても、この論文が本当にブレジンスキー本人の筆によるものか、にわかには信じ難い。但し「地球規模再編に向けて」論文におけるロシアは、ブレジンスキー本来の露連邦解体構想が成功した後の、縮小ロシア=ウラル山脈以西ロシア=親EUロシアを指示していると解釈すれば、ブレジンスキーに変身(心)や転換なしと言うことになろう。

               令和4年霜月29日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion12603:221203〕