(2023年3月8日)
3月2日夕刻、立憲民主党の小西洋之参院議員が記者会見で公表した《放送法の「政治的公平」に関する文書》、7日の午前までは「小西文書」だったが、同日の午後には総務省の「行政文書」という折り紙が付いた。
公文書管理法や情報公開法で定義されている「行政文書」とは、「行政機関の職員が職務上作成し又は取得した文書で、組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているもの」と言ってよい。堂々たる「公文書」である。捏造文書でも、怪文書でもない。
公文書の内容が全て正確であるかといえば、当然のことながら、必ずしもそうではない。しかし、公務員が職務上作成した文書である。その偽造や変造には処罰も用意されている。特段の事情がない限りは、正確なものと取り扱うべきが常識的なあり方である。
内容虚偽だの一部変造だのという異議は、異議申立ての側に挙証責任が課せられる。ましてや、高市早苗は総務大臣であり、この文書を管轄する責任者であった。しかるべき理由なくして、「捏造」などと穏当ならざる言葉を投げつけるのは醜態極まる。単に、不都合な内容を認めたくないだけの難癖なのだ。
この文書、総務省のホームページに公開された。下記のURLで、誰でも読める。これを一読したうえでなお、捏造論に与する者がいるとは思えない。
https://www.soumu.go.jp/main_content/000866745.pdf
全体を通読すれば、真面目な総務官僚が、放送法の理念(とりもなおさず、「表現の自由」「報道の自律性」)を擁護しようと、理不尽な官邸からの圧力に抵抗して、必ずしも本意でない結果を招いたとするストーリーが見えてくる。せめて、その経過を正確に残しておきたいという気持が滲み出ている。捏造や改ざんの動機は、まったく窺うことができない。
この文書は、A4用紙で78枚のまとまったもの。《「政治的公平」に関する放送法の解釈について(磯崎補佐官関連)》と表題が付いている。この文書中での、悪役は礒崎陽輔(首相補佐官)である。もちろん安倍晋三が究極の黒幕だが、その威を借りて、民主主義の仇役を演じているのが礒崎。高市は自主性に欠けた脇役という役どころ。際だった悪役を演じているわけではない。官邸からの圧力に呼応して、その支持に従っただけのことなのだ。ところが、「怪文書」「捏造文書」「首を懸ける」と騒いだために、自らの存在をクローズアップして墓穴を掘った感がある。こうなれば、潔く議員辞職するしかないだろう。頼りの安倍晋三は既に亡いのだ。
《「政治的公平」に関する放送法の解釈について(磯崎補佐官関連)》では、ジュゲムジュゲムだ。「安倍官邸の放送法解釈介入圧力記録文書」が正確なところだが、これも長い。「放送法解釈介入記録」くらいで良しとしよう。その記録の冒頭2頁が経過の要録となっている。年号を西暦に直して、ここだけを抜粋しておきたい。
この一連のストーリーの発端は、放送事業を監督する立場の総務省に対して、官邸側(礒崎)から「放送法における「政治的公平」解釈」についての「整理」をすべきという要求。官邸が納得するような回答が得られるまで、総務省から礒崎へのレクチャーが繰り返された。ようやく官邸の圧力で放送を萎縮させるに足りる解釈が得られると、総務委員会で自民党の議員にデキレースの質問をさせて、予定どおりの高市大臣答弁となる。これが、2014年11月26日から、翌15年5 月12日までの半年間のこと。
そして、この文書には出てこないが、翌16年2月8日衆院予算委員会での「政治的公平が疑われる放送が行われたと判断した場合、その放送局に対して放送法4条違反を理由に電波法76条に基づいて電波停止を命じる可能性を否定しない」という、高市の「停波処分もあり得る」という、恫喝発言につながる。この段階では、高市は脇役から主役に躍り出ている。おそらくは、これについても、官邸からの介入の裏面史があったのだろう。
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「政治的公平」に関する放送法の解釈について(磯崎補佐官関連)
2014年11月26日(水)
磯崎総理補佐官付から放送政策課に電話で連絡。内容は以下の通り。
・ 放送法に規定する「政治的公平」について局長からレクしてほしい。
・ コメンテーター全員が同じ主張の番組(TBS サンデーモーニング)
は偏っているのではないかという問題意識を補佐官はお持ちで、「政治的公平」の解釈や運用、違反事例を説明してほしい。28 日(金):磯崎補佐官レク
磯崎補佐官から、「政治的公平」のこれまで積み上げてきた解釈をおかしいというものではないが、①番組を全体で見るときの基準が不明確ではないか、②1つの番組でも明らかにおかしい場合があるのではないか、という点について検討するよう指示。
12 月 18 日(木)、25 日(木):磯崎補佐官レク
さらに前向きに検討するよう指示。(補佐官は年明けに総理に説明したうえで、国会で質問したいとのこと。)2015年
1 月 9 日(金):磯崎補佐官レク
総務省からの説明を踏まえた資料を補佐官側で作成するので、本資料に関する協議を事務的に進めるよう指示。
16 日(金)、22 日(木):磯崎補佐官レク
総務省からの補佐官資料に対する意見は先祖帰りであり、前向きに検討するよう指示。
29 日(木):磯崎補佐官レク
補佐官了解。今後の段取り(国会質問等)について認識合わせ。
2 月 13 日(金):高市大臣レク(状況説明)
17 日(火):磯崎補佐官レク(高市大臣レク結果の報告)
24 日(火):磯崎補佐官レク(官房長官レクの必要性について相談)
3 月 2 日(月):山田総理秘書官レク(状況説明)
厳重取扱注意
3 月 5 日(木):磯崎補佐官から安倍総理に説明(今井・山田総理秘書官同席)
※3/5 山田総理秘書官から、3/6 磯崎補佐官から、総理への説明模様を報告。
9 日(月):平川参事官から安藤局長に連絡(高市大臣と安倍総理の電話会談結果)
13 日(金): 山田総理秘書官から安藤局長に連絡(高市大臣と安倍総理の電話会談結果)
4 月 1 日(水)~4 月 7 日(火):答弁案の調整
※山口補佐官付と放送政策課・西潟補佐の間でやりとり。
5 月 12 日(火):参・総務委員会
(自)藤川政人議員からの「政治的公平」に関する質問に対し、磯崎補佐官と調整したものに基づいて、高市大臣が答弁。
以上の5月12日総務委員会での高市答弁までに、関係者間にどんな発言があったか。朝日新聞の熱のはいった報道の中で、次のようなものが指摘されている。
総務省の行政文書に記された主なやりとり(肩書はいずれも当時)
●礒崎陽輔首相補佐官「『全体でみる』『総合的に見る』というのが総務省の答弁となっているが、これは逃げるための理屈になっているのではないか」(2014年11月28日)
●礒崎陽輔首相補佐官「政治的公平に係る放送法の解釈について、年明けに総理にご説明しようと考えている」(2014年12月18日)
●高市早苗総務相「そもそもテレビ朝日に公平な番組なんてある?」「官邸には『総務大臣は準備をしておきます』と伝えてください。(中略)総理も思いがあるでしょうから、ゴーサインが出るのではないかと思う」(2015年2月13日)
●山田真貴子首相秘書官「今回の話は変なヤクザに絡まれたって話ではないか」「どこのメディアも萎縮するだろう。言論弾圧ではないか」「結果的に官邸に『ブーメラン』として返ってくる話であり、官邸にとってマイナスな話」「総務省も恥をかくことになるのではないか」(2015年2月18日)
●礒崎陽輔首相補佐官「これは高度に政治的な話。官房長官に話すかどうかは俺が決める話。局長ごときが言う話では無い。この件は俺と総理が二人で決める話」「俺の顔をつぶすようなことになれば、ただじゃあ済まないぞ。首が飛ぶぞ」(2015年2月24日)
●安倍晋三首相「政治的公平という観点からみて、現在の放送番組にはおかしいものもあり、こうした現状は正すべき」「(NHKの)『JAPANデビュー』は明らかにおかしい」(2015年3月5日)
●礒崎陽輔首相補佐官「けしからん番組は取り締まるスタンスを示す必要があるだろう。そうしないと総務省が政治的に不信感を持たれることになる」(2015年3月6日)
これは民主主義の根幹に関わる大事件である。安倍晋三とその取り巻きによる、報道の自由への介入という重大事であって、高市のクビや、礒崎の尊大さなど、実は傍論でしかない。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2023.3.8より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=20999
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion12881:230309〕