青山森人の東チモールだより…シャナナの二つの顔

新政府発足後の大統領による告白

2023年7月1日、海外から多数の来客を招いて開催された第九次立憲政府の樹立式典(政府閣僚の宣誓就任式でもある)のなかでラモス=オルタ大統領が東チモールのASEAN (アセアン:東南アジア諸国連合)加盟の実現に強い想いを馳せていることを国際社会に表明しました(前号の東チモールだより)。しかしシャナナ=グズマン首相は演説でこの件をまるで無視するかのように触れませんでした。この落差はちょっとしたものです。大統領と首相のギクシャクする関係を示しているようにわたしには思われました。

7月8日、インドネシアの「コンパスTV」がラモス=オルタ大統領にインタビューをした映像を流しましたが(シャナナ首相にも別途インタビューしている)、その内容は衝撃的でした。ラモス=オルタ大統領は、閣僚名簿が提出されたさいに閣僚になろうとしている人物らの学歴・職歴を表す〝履歴書〟が提出されなかったので、かれらの経歴がわからなかった、何人かの経歴は個人的によく知っているが、その他のほとんどの人物の背景がわからない、首相がかれらの経歴を把握しているのかもわかったものではない、首相はよく見ないで閣僚名簿が提出したのか? 名簿に載っている何人かは閣僚になる資格ゼロだという意見もある、とインタビュアーに吐露したのです。そして大統領は「これが東チモールの問題だ」というのです。

ラモス=オルタ大統領のこの告白は衝撃的ですが滑稽でもあります。経歴のわからない人物を閣僚として大統領が認めたのに、「これが東チモールの問題だ」というのですから。「問題」は大統領でしょう、と突っ込みを入れたくなります。もっと素直にいわせてもらえば、大統領は自分がシャナナのいうがままに動く操り人形的な存在であることを認めたに等しいといえます。〝経歴のわからない人物を閣僚として承認できない!と首相に物申せない大統領なのですよ、わたしは〟と告白したようなものです。

さらに言わせてもらうなら、この重大な告白を東チモール国内のメディアではなく海外のメディアにしていることも問題です。インドネシアの「コンパスTV」のこの動画はインターネットで見ることができるので大統領のこの発言は大勢の東チモール人に知られたことでしょうが、ラモス=オルタ大統領のこの言動は中途半端にコソコソしている観が否めません。堂々と国内のメディアに向かって思いのたけをぶちまければ良いではありませんか。

いずれにしても「コンパスTV」のインタビューによって、ラモス=オルタ大統領は現在シャナナ首相との関係が良好ではないこと、そしてシャナナ首相をラモス=オルタ大統領は主体性をもって批判できないこと、ラモス=オルラ大統領は完全にシャナナ首相の手中に収められていることが明らかになったわけです。

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「9月4日」の犠牲者を追悼する横断幕。

「犠牲者協会 1974~1999年、過去・現在そして未来に正義を。

1999年9月4日『アウフンの虐殺』委員会

ディリ地方・クリストレイ・ベコラにおける『アウフンの虐殺』を追悼して。

1999年9月4日~2023年9月4日

『平和への思いを共有しよう』、ディリ、2023年9月3~4日」。

アウフンにて、2023年9月6日。

ⒸAoyama Morito.

1999年8月30日、東チモールの帰属問題に決着をつけるため国連の監視下で住民投票が実施され、翌月9月4日、投票結果が発表、東チモールの独立が決まった。しかしその日からインドネシアの侵略軍は準軍たる民兵組織を隠れ蓑にして大規模破壊活動を始めようとしていた。「黒い九月」と呼ばれるこの9月に吹き荒れた侵略軍による暴力の嵐によって基盤整備の大半が破壊され、控え目にみても2000~3000人の東チモール人が犠牲になった。国連の監視下で実施された住民投票であったが、その後の住民の安全性にたいし国際社会はインドネシアの背後にいるアメリカに忖度して迅速かつ適切な処置をとらなかった。つまり見殺しにしたのだ。その責任を国際社会はいまだ放置したままである。

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ミャンマーと東チモール

新政府樹立式ではASEAN加盟に意欲燃やす素振りを見せなかったシャナナ=グズマン首相はその後ほどなくしてASEAN加盟国であるミャンマーの軍事政権の問題が解決されない限り東チモールはASEANに加盟しないと表明しました(一方でASEANを称える発言もするが)。これまで東チモールはASEAN加盟を認めてもらう、どうか仲間に入れてください、という受動的な立場に甘んじていましたが、シャナナ首相のこの発言によって能動的姿勢に舵を切ったのです。ミャンマー問題が解決されないとASEANに入ってやらないぞ、と。東チモールのASEAN加盟は確定されており問題は加盟の時期だけですから、東チモールから少しは強気の発言がでてもよいかもしれません。

ラモス=ホルタ大統領は8月3日、シャナナ首相の発言は国際社会にミャンマーの問題を解決するように働きかけたものであるといい平素を装いましたが(?)、内心は〝シャナナの発言が災いとなってASEAN加盟が遠のきませんように〟と祈っているかもしれません。シャナナ首相の決然たる表明は、ASEAN加盟に前のめりの姿勢が目立つラモス=ホルタ大統領との差異を際立たせ、人権擁護に積極的な姿勢を国際社会に示し、ミャンマーの人権問題を憂慮する人びとに共感を呼んだに違いありません。人権外交を十八番とするラモス=ホルタ大統領にしてみればお株を奪われた形となったのではないでしょうか。

一方で少し遡ること7月1日、新政府樹立式典への招待客のなかにジン=マル=アウンが招かれていました。東チモールではこの招待客はミャンマー外相としてもてなされました。

インターネット報道機関『タトリ』(政府系の報道機関)は2023年7月3日、アウン氏を「ミャンマー外相」と肩書し、「オルタ大統領、ミャンマー外相と会談をおこなう」とタイトルを付け、額縁に入ったアウンサンスーチーの写真をラモス=ホルタ大統領とアウン氏が二人して持っている写真を付けた記事を発信しました。

「わたしたちはとても共通した体験を持っています。わたしは政治犯であったし、東チモールの指導者たちは革命的で、この国の民主主義と自由の闘いを通じて多くの経験をしてきました」と大統領府で記者団に語るアウン氏は、東チモール新政府樹立式典に出席し、東チモール指導者たちと会えたことを喜びながら、こう述べました。「これがわたしの初の東チモール訪問です」「ミャンマーの国民を代表してオルタ大統領とここで会えたことはとても名誉なことで、東チモールがわたしたちの立場に立っていることをありがたく思い、東チモール政府の支援に感謝します」(同上『タトリ』より)。

2021年2月にクーデターを起こして国民を弾圧するミャンマーの軍事政権は、東チモール政府のこの外交姿勢に反応しました。8月27日、NUG(国民統一政府)を東チモール政府が支持し関係を深めているとし、ミャンマー駐在の東チモール外交官に9月1日までに国外退去をするよう命じたと発表しました。ミャンマー軍事政権はNUGを「テロ組織」としているとも報道されています。ミャンマー駐在の東チモール外交官が国外退去されるというニュースは日本でも国際ニュースとして比較的大きく報道されたのは周知のとおりです。日本での報道をみると、「東ティモールは7月の新内閣就任式にNUGの『外相』を招くなど、域内では突出した民主派支持を続けている」(共同通信の記事より)とあります。

東チモール政府は、自国の外交官が国外退去処分を受けたことを遺憾とし軍事政権を非難する一方、ミャンマー国民との連帯を継続していくと発表しています。

シャナナ、強権を敷くつもり?

シャナナ政権の上記のような外交姿勢は、虐げられる人びとを勇気づけるものとして称賛されるべきものです(日本はというとミャンマー軍事政権寄りで非難されるべきものです)。

しかし東チモール国内に目を向けてみると、一転、不穏な空気が漂います。例えば、今年の1月、自宅に大量の武器を不法所持していたのが発覚し、起訴されても不思議ではなかった元検事総長・元内務大臣・元警察長官のロンギニョス=モンテイロ(東チモールだより 第481号)を、9月1日、なんの冗談でしょうか、シャナナ首相はSNI(国家諜報機関)の長官に任命したのです。これには野党フレテリン(東チモール独立革命戦線)はもちろん市民団体からもロンギニョス=モンテイロはSNI長官になる資格はないと反発しています。

なお前政権のタウル=マタン=ルアク前首相によってSNI長官に任命されたドミンゴス=デ=カマラ大佐(通称、アミコ)はこの措置に伴い任期途中でその職を解任されました。アミコは解放闘争時代、FALINTIL(東チモール民族解放軍)のゲリラ兵士としてよく被写体となって海外のメディアに載った人物で、昔から東チモール問題にかかわっている人ならその顔を見ると、「あっ、この人か」と思うかもしれません。

シャナナ首相は国家機関の重要ポストから前政権に任命された人物を任期途中でも一掃解任しそうです。例えば、およそ2年前当時のタウル=マタン=ルアク首相によって任命された公共放送RTTL(東チモールTVラジオ) 局の経営責任者ジョゼ=ベロも、首がつながっているのはあと一ヶ月かな?と覚悟して首を洗って馘首を待っているありさまです。ラモス=オルタ大統領は、ジョゼ=ベロは4年の任期をまっとうすべきだと、シャナナ政権局物申しています。

この状況は日本学術会議の日本の首相による任命拒否問題を彷彿とさせます。気に入らない勢力を排除して政権運営の支障を取り除き都合の良い仕組みを敷こうとする日本の自民党政権のようなふるまいを、もしシャナナ首相がしようとしているなら極めて残念です。民主主義とは権力に歯止めがかかる仕組みが健全に機能してこそ成立する制度です。政府と一線を画した独立機関が機能しえない日本が凋落の一途をたどっている悪例を見るまでもなく、シャナナ首相の行動に危惧を覚えます。

シャナナ首相が分権性を尊重せず、自分の都合のいいように開発事業ができる体制を敷こうとしているとしたら、それは独裁につながりかねません。ミャンマーの人権問題を憂慮する外交姿勢と東チモール国内では強権政治につながりそうな情勢を観るにつけ、シャナナには二つの顔があるのかと感じざるをえません。

9月3日、シャナナ首相はASEAN首脳会議の開催されるジャカルタに飛びました。東チモールはまだ加盟国ではありませんが、シャナナ首相やフランシスコ=カルブアルディ=ライ副首相(経済・観光・環境担当調整大臣を兼任)がASEAN関連会議に出席したり、東チモール政府訪問団がインドネシアのジョコ=ウィドド大統領と会談したりするなど、シャナナ首相は精力的に国際舞台で躍動しています。ミャンマーの民主化勢力を支援するシャナナ首相のそのイメージは国際社会では肯定的にとらえられていることでしょう。しかし、シャナナ首相が国内でみせるもう一つの顔が国際社会に露出した場合、いったいどうなることでしょうか。中国が手を差し伸べてくれるのでしょうか……。

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中国の病院船「ピースアーク」号。

中国の圧倒的な存在感を東チモール人に印象付けている。「グレーターサンライズ」ガス田開発に中国からの投資が期待されているといわれる。シャナナ政権下では東チモールと中国の関係は一層深まるであろう。

首都ディリ(Dili、デリ)の埠頭にて、2023年9月6日。

ⒸAoyama Morito.

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中国の病院船で診てもらおうと大勢の人びとが押し寄せるが、診察までの手順がよくわからないという苦情が多数寄せられていると報じられている。

首都ディリ(Dili、デリ)の埠頭入り口にて、2023年9月5日。

ⒸAoyama Morito.

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青山森人の東チモールだより  495号(202397日)より

e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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