友人が住んでいるあるマンションで、次のような「耐震工事にかかわる問題」が持ち上がっています。
そもそも問題の発端は、7年ぐらい前に、東京都とK市からの耐震工事要請から生じました。このマンションの東側が(マンション全体は長方形で、南北間が長く、東西間はその半分以下の長さです)K街道(公道)に隣接しています。―直接ではなく、中間に空き地(自転車置き場や通路などになっていて、広いところで、幅6~7メートルから、狭いところは2メートルほどの細長い形)を挟んでいますが…。
マンション自体は、築50年以上です。内部は老朽化していますが、建物自体はかなりしっかりしたものです。
役所の要請は、万が一地震が起きたときに、この建物の倒壊などで公道が塞がれ、交通障害が起きる恐れがあるため、公費補償をするから耐震工事をやってもらいたいというものでした。
最初の設計案では、東側に鉄骨のはすかいを施し、耐震補強をする必要があるという診断でした。この診断をだしたのは、Y建築設計事務所というこのマンションの施工設計をした会社です。しかし、これではせっかくの東側の窓が台無しになり、風通しも景観も悪くなる、等々の理由から「管理組合総会」では反対意見が多く、3/4以上の賛成議決(規約で定められている議決数)が得られませんでした。実際に、その時の反対者はおよそ組合員の半数以上だったように思います。つまり、否決されました(「推進」論者はいまだに、いったん保留になっただけと主張していますが…)。
それが、昨年になって工事計画案の内容が一変し、東側のはすかいはなくなり、南側の耐震工事のみ、また「くいうち」も施すことをしない「新工法」でできる、という結構な案が出されました。しかもそれだと、当初の12億円(途中で何故か5億円に減額されました)が、さらに安くなり2億7000万円で可能だ、というのです。
昨年の理事会では、この案が強引に推され、そのための調査と新たな設計が実施されました(その費用1,800数十万円はすでに支払われている)。しかもこの案を推し通すために、組合規約を変更し、「3/4以上の賛成を要す」を「1/2以上」に変えたいという提案まで出されてきました。
幸い、この案は通っていませんが、友人は、これらのあまりにも強引すぎる進め方に疑問を持ち、実際にこの「新工法」が耐震にとって有効かどうか、有効としても、どの程度の効果があるのか、この点を再度慎重にチェックすべきだと考えているようです。このマンションには、年金生活者が多く住み、彼らがコツコツ積み立てた貴重な修繕積立金をこれ以上無駄に出費したくないとの思いからです。
「推進」論者の考えは、以下のようです(友人の疑問に答える形でです)。
Aさん(友人の名前のイニシャル)が調査される内容について、説明会で話された内容ですが補足しておきます。
当初5億だった耐震補強工事費が、半額以下の2億になったのは、
→正確にいうと2億7720万円なので半分以下ではありません。
設計見積時より安価な理由としては、ゼネコンの下請けとして耐震工事をされているH建設さんがたまたま直に見積をしてくださることになりゼネコンの乗っける分がまるまるカットされたことが挙げられると思います。
この業者がいなければ一社もないという状態だったことをご理解いただきたく思います。
今回は時間がありますので、前回見積参加予定だった5社+Hさんに再度見積依頼し提出いただくことは可能かと思います。私は、間に入る会社の分だけ金額は上がるだろうと予想しています。
南側だけの工事に限定し
→耐震設計説明会の際に説明がありましたので補足します。
「今回の計画は建物全体をガチガチに固めるものではなく、建物の弱点を補強することで建物全体のバランスをとる工法になります。そのため、この建物の弱点である南面及びピロティ部分を中心に補強するプランとなっています。」という説明だったかと。
「くいうちなし」になっている
→これは、説明会内で同じような質問をしていた人がいましたのでその際の回答のメモをお伝えしておきます。
「力を伝えているので問題ないです。柱が浮いてくることもありません。」
その後もその手の反対派の文面に対しての「地盤に杭打ちされた既存柱に打ち込み、耐力を付加。その効果については評定で認定済み。」
という回答もありました。
これに対する友人の意見を記しておきます。その上でこのような概況説明(問題提起)の範囲で、どこに根本の問題があるのか、対立点を整理したいと考えています。もちろん、専門家諸氏にご相談しなければ不明の点が多々ありますので、あくまでここでは問題整理のレベルにとどめたいと思います。
1.居住者にとって何が有益なのかを考えることが一番大事なことだと考えます。
2.当初の耐震提案では、「東側の壁面」に鉄骨のはすかいを設置して、ビルを補強するという案でした。しかし、これで補強できるのは、倒壊を15分伸ばすこと、K街道が倒壊したビルの瓦礫で塞がらないようにすること(交通障害の防止)のためということでした。
3.こういう理由でしたら、都市計画を立て、しかるべき法整備の下で、補強の費用の全額を公費で賄うべきではないでしょうか。また、資金補助の期限を今から2年間と制限する必要もありません。
4.今回の「耐震工事案」では、前回の案とがらりと変わり、「南側側壁」の補強と地下土台部分の補強だけで済むということです。これは前の提案とあまりに違いすぎます。第一、この案で補強されても、東側(「K街道側」)への倒壊は免れないのではないかという素人考えですが不安が残ります。
5.役所(市役所や都庁)は、一般的には上で決められた案を説得するだけだろうと思いますので、その真意がどこにあり、われわれ居住者にとって、その必要性が認められるものなのかどうか、慎重に検討する必要があると思います。また、役所へ上記2.のような「要望書」を提出する必要があると思います。
6.先日の管理会社選定説明会の席で、ある管理会社の社長が、ふと漏らした言葉の中に「耐震工事は政治的な絡みがかなりある」という言葉がありました。このことにも十分ご留意する必要があると思います。期限付きの公的補助は「怪しい」(役所の主旨と矛盾している)と私は思っています。
7.「耐震工事」をやるということになれば、積立金からの出費もかなりなものになります。またやり直しはできません。しかもここには、「年金生活者」も多く住んでいますし、今日のような物価高の時代に、生活に余裕を持っている方は少ないと思います。慎重に進めることが何よりも重要だと思われます。「今やれば費用が9割公費で補助される」とか「他の工事(雨漏りや給水管の腐食工事など)が安くなる」とかいうもっともらしい理由は、通用しないと思います。前者の理由なら、全額公費でやるべきだと思いますし、後者の理由なら、「不要な耐震工事(実際には耐震にもならない工事)」との抱き合わせで、管理組合の大事な積立金が失われることになりかねないからです。
8.市の公報は、「特定緊急輸送道路沿道建築物の耐震化及び助成制度」であり、「特定緊急輸送道路沿道建築物の耐震改修等に関する相談窓口」があります。前者はいつでもネットで閲覧可能です。
9.すでに設計費用を払ったというのでしたら、その費用が「公正かつ適正」なものか再度チェックする必要があります。繰り返しますが、「居住者の利益優先です。反対意見も大事にしてもらいたいと思います」
以上から、次の問題点をピックアップします。①耐震工事の必要性(何のために、どの程度有効か)、②なぜ期限付きで急がなければならないのか、③設計の確実性の保証(何人かの専門家による再チェックは不要か?)④設計変更に要した費用などの公正、かつ適正なものかどうかのチェック、⑤大手ゼネコンの中間搾取問題。
これに私=筆者自身の意見を付け加えさせていただきます。それは、かつて「阪神・淡路大震災」後に、科学史・科学哲学がご専門の村上陽一郎(東京大学名誉教授)が、確か「朝日新聞」に書いていたこととも関連します。「耐震補強」ばかりをいくら強くしても、建物が絶対に倒壊しないという保証はあり得ない、震度7まで耐えられても、次の地震では震度8が襲ってくる可能性があります、…等々。それよりも大事なのは、むしろ都市計画や街づくり、地域や周囲の人々との日常的で自主的な交流による自治体づくり、このことを軸にしての各戸建築物の耐震構造の検討が大事ではないだろうか、というものです。仮に、自分たちの居住する建物が持ちこたえても、周囲の建物が崩壊すれば、被害は当然こちらにも及ばざるを得ないだろうと思います。
問題を単に個別にとどめることはできません。絶えず、全体を考えながら同時に自分たちの足元を見直していく努力が求められるのではないかと思います。
あとがき:友人との討論を基に上記のような私自身のメモ書きを作成した後で、友人から連絡があり、専門の設計士と会い、いろいろ相談に乗っていただいたことを知りました。その情報のいくつかをここに付け加えて、この小論(報告)のテーマとの連関をつけておきたいと思います。
①このビルは、4階まではコンクリートに鉄骨を入れたSRD構造になっている。この構造で倒れたビルという話は今までに聞いたことがない。
②耐震補強とは、「ビルが倒れない」までの補強であり、歪んだり、傾いたり、一部分が壊れたりしても、「倒れなければ補強は成功した」という評価になる。
③最初の耐震工事見積と最後の見積との差が大きすぎる。最後の方が正しいとしたら、最初の見積をした設計会社がミスったことになる。
④確かに、設計会社と施工業者が同系列の会社などの場合に、施工しやすいように甘い設計案を出すケースもあるかもしれないが、それでも見積の数値が違いすぎる。そんな「新工法」があるなら自分たちも教えていただきたいほどだ。
⑤耐震診断に用いるIsの数値が低めに変わっているということが見積の安さに関係しているといわれるが、それなら、「耐震診断」そのものをもう一度やり直す必要があるだろう。
⑥貴方たち(友人のマンションの関係者)は、東京都の「耐震補強推進課」まで出向いて、その辺の事情を直接聞いて、確認する必要があると思う。2005年11月に国交省が公表して問題になり、建築基準法改正につながった「姉歯建築設計事務所」事件という実例もある。
(参考:「耐震診断で重要となるIs(耐震指標)」(日本耐震診断協会)によると、Is値が大きいほど耐震性が高いとされている。そして「一般的な建物ではIs値o.6以上であるか」が一応の目安とされている。因みに、学校のIs値は、0.7以上、都庁のそれは0.8以上とされている。)
いずれにせよ、居住者が、他人任せでは何も解決しない。自分で考え、行動し、いちいち確認していくことで、居住者の意識も変わらなければならない(自治会組織への展開)ということを、友人たちの活動の様子を聞きながら私自身学ぶことができた。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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