〝岸田退陣〟で次期総選挙早まる、自民党総裁選に注目が集まり、立憲民主党代表選が名実ともに埋没するおそれ、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その33)

 終戦記念日を目前にした8月14日、岸田首相が自民党総裁選に立候補しないと突如表明した。その言い草が振るっている。「自民党が変わることを示す最もわかりやすい最初の一歩は、私が身を引くことだ」とのこと。実際は、国民の政治不信・内閣不支持を払拭できず総裁再選が困難になったため、「最後の一歩」で退陣せざるを得なくなったのだ。

 とはいえ、これを報じた全国紙(8月15日)の論調は大きく分かれた。その代表例として読売新聞と毎日新聞を比較してみよう(抜粋)。
 ――(岸田内閣は)「新しい資本主義」を掲げ、好調な企業収益を追い風に賃上げを進めたほか、「次元の異なる少子化対策」を推進した。防衛力の抜本的強化や原子力発電所の再稼働など、安倍政権時代から積み残してきた課題にも道筋を付けた一方、任期中の実現に意欲を示した憲法改正は果たせなかった(読売新聞特別面)。
 ――2021年10月に発足した岸田内閣が取り組んだ政策は、いずれも時期に適っていると言える。厳しさを増した安全保障環境に対処するため、23年度から5年間の防衛費をそれまでの1.5倍超に増やすことを決めた。歴代内閣が「政策判断として持たない」としてきた敵基地攻撃能力についても保有に舵を切り、安保政策を大きく転換した。内政に関しては、少子化対策として児童手当や育児休業給付の拡充を柱とする法改正を実現させた。対策の効果は今後見極めなければならないが、困難に立ち向かおうという決意に異論はない。昨年夏には、東京電力福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出に踏み切った。様々な懸案に道筋をつけたことは評価すべきだろう(同社説)。

 これに対して、毎日新聞の論調は手厳しい。全紙4面の特集記事の見出しだけでも一目でわかる。「岸田首相 退陣表明、自民総裁選不出馬、『裏金』逆風やまず引責」「『宗教』『カネ』追い込まれ、政治不信 対応に苦慮」「首相 国民置き去り、能登、物価高 道見えぬまま、裏金、疑念払拭されず」といった具合だ。その中で注目を引いたのは「論点 岸田政権とは何だったのか」の論者の一人、中島岳志東工大教授の論評だった。岸田首相に対する小気味よい批判と一刀両断の評価には溜飲が下がった。
 ――岸田文雄首相を端的に評すれば、首相になることだけが目的で、首相になってやりたいことのなかった政治家だろう。保守本流のリベラルな派閥、宏池会出身で30年ぶりの首相として期待されたが、中身は空っぽだった。功績を探そうとしても、森喜朗政権以来20年続いた「清和会の時代」を終わらせたことくらいしか浮かばない。これすら、結果としてそうなっただけだ。

 しかし、私が興味を惹かれたのはそれだけではない。政局をめぐる観測の中で、立憲民主党代表選に対する注目すべきコメントが披瀝されていたからだ。
 ――野党は、今後、自民党の総裁選に話題を奪われ、東京都知事選に続き窮地に立たされるだろう。立憲民主党は、たとえば党外のリベラルな首長を党首に迎えるくらいのことをしてでも、党勢を立て直すべきだと思う。

 この政局観測は的を射ている。前回の拙ブログで、私は自民党総裁選と立憲民主党代表選が行われる9月は党首選一色になり、党首公選制に背を向けている共産党は「カヤの外」に置かれて国民の関心を失い、国政政党としての存在意義が薄れると指摘した。次期総選挙の前哨戦として行われる党首選では影も形も見えず、国民の政治的関心の対象にもならない政党が、総選挙で躍進するとは到底思えないからである。ところが、岸田首相の突然の退陣表明によってこの構図がガラリと変わったのである。

 岸田首相が総裁選にこだわり、対抗馬との間で泥仕合を繰り広げれば、自民党に対する政治不信はますます高まり、野党第一党の立憲民主党の代表選が「政権交代」につながる党首選として脚光を浴びる可能性があった。ところが、岸田首相が身を引いて新人間の争いになれば、形の上では「政治刷新」の流れがつくられ、国民の間には何がしかの期待感が生まれる。自民党内の「政権たらい回し=疑似政権交代」によって当面の危機が回避される可能性が高まり、その分野党の出番がなくなるからだ。

 まして、立憲民主党代表選に目下出馬が予想されているのが、野田元首相、枝野前代表、泉代表といった「昔の名前で出ています」といった顔ぶれでは何の新味も感じられない。産経新聞(8月15日)も次のように観測している(抜粋)。
 ――岸田文雄首相の総裁選不出馬表明は、同時期に行われる立憲民主党代表選の戦況にも影響を与えそうだ。新たなトップのもとで次期衆院選に臨むことがほぼ確実な自民に「刷新感」という追い風が吹くことは必至といえる。立民代表選は泉健太代表の再選出馬が有力視され、近く正式に立候補を表明するとみられる。枝野幸男前代表は既に出馬の意向を明らかにしており、現時点では両氏が軸になる方向だ。対照的に自民総裁選には多様な人材が競り合う展開も予想される。(立民)党内の中堅は14日、総裁選への埋没を懸念して「代表選にいろいろな人が出て、層の厚さを示さなければならない」と語った。

 枝野氏は8月21日、泉氏や野田氏に先駆けて立憲民主党代表選に名乗りを上げた。代表選の最大の争点は、次期衆院選に向けた野党共闘のあり方だ。朝日新聞(8月22日)は、枝野氏の出馬会見について次のように解説している。
 ――枝野氏は会見で「政党間連携のあり方を再構築する。全国一律に(調整)することは困難であり、またやるべきではない」と指摘。党本部主導での候補者調整はせず、選挙区ごとに地元での調整に限定する考えを示した。さらに「自民を支持してきた人たちまでを包摂する」とも語り、党派のカラーを消し、無党派層や保守層の取り込みにも色気を見せた。自らが陣頭に立った21年衆院選では、共産党との「限定的な閣外からの協力」の合意が批判を招き、議席を減らした。その後も共産との関係で、国民民主党や連合から見直しを迫られ、立憲は板挟みの状態が続く。誰が代表になっても問われる課題だ。

 枝野氏のこの発言は、立憲民主党がリベラルな「野党共闘路線」に名実ともに終止符を打ち、「保守中道路線」に舵を切ったことを意味する。この路線は、かねがね連合が画策してきた立憲民主党の「第二保守党化」に同調するものであり、枝野氏と野田・泉両氏との間の政治路線の違いは基本的になくなったと考えてよい。枝野氏は、自民党に対決して政治の刷新を目指すのではなく、「よりましな保守政党」の実現によって「政権交代」を目指す方向に戦略転換したのであり、野田氏や泉氏がこれに輪をかけた「右寄り路線」であることは言うまでもない。

 こうなると、立憲民主党の基本路線は「新しい自民党」「生まれ変わる自民党」を掲げて党首選を争う自民党総裁選との区別があまり付かなくなる。自民・立憲両党の党首選は「新しい保守政党=政治刷新」のイニシアティブを巡る争いとなり、マスメディアの大宣伝にも助けられて今後の国民世論の動向に多大な影響を及ぼすだろう。この動きはまた、戦時中の近衛内閣による「大政翼賛会」キャンペーンにも匹敵するほどの勢いで広がり、戦後日本の政治構図を根底から変えてしまうかもしれない。

 一方、立憲民主党を軸とする野党共闘路線に政治生命を懸けてきた共産党は、「カヤの外」どころか「ハシゴを外された」状態になり、この先の政治戦略が描けなくなった。8月22日のしんぶん赤旗に掲載された小池書記局長の「全党への訴え――8月、9月の政治的構えと活動について」は、政局動向をもっぱら自民党を中心にして分析しており、枝野氏らを中心とした立憲民主党の動きはまったく視野に入っていない(抜粋)。
 ――全党のみなさん。昨日の常任委員会で、現時点の判断としては、自民党総裁選後早ければ10月にも解散・総選挙が行われる可能性が生まれている――ことを確認しました。いま自民党の総裁選報道が盛んにおこなわれていますが、岸田政権のもとでの裏金問題、経済無策、外交不在の大軍拡、改憲策動などは、どれもこれも最悪のものばかりです。この情勢に対して、党がどういう政治姿勢で立ち向かうかが問われています。わが党が自民党の総裁選や解散の「様子見」になったり受け身で対応していたら、新しい政治への希望をひらく国民への責任を果たすことはできません。自民党政治の転換への道筋と展望を示しているのは、日本共産党をおいてほかにありません。この姿を国民のなかに広く攻勢的に訴える活動に打って出ながら、それと一体に幹部会報告の方針――党勢拡大をやり上げていく。こういう攻勢的姿勢で奮闘することが何よりも重要です。

 おそらく小池書記局長はこう言うしかなかったのであろうが、立憲民主党の「保守中道路線」転換とマスメディアの巨大キャンペーンに対抗するには、その声はあまりにもか細く小さすぎる。このままでは、国民の目には共産党が「小さな斧を振り上げたカマキリ」としか映らなくなり、長期にわたる党勢後退が加速していくだけだろう。共産党がマスメディアにも注目されるリベラル政党として自己変革を遂げ、国民の期待に応えるためには、その体質を「開かれた」ものにする以外に道はない。岸田首相は退陣表明の言い訳として「自民党が変わることを示す最もわかりやすい最初の一歩は、私が身を引くことだ」と述べたが、私はこの言葉を志位議長から聞きたかった。「共産党が変わることを示す最もわかりやすい最初の一歩は、私が身を引くことだ」と。(つづく)

初出:「リベラル21」024.08.26より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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