関東大震災、埼玉県北部でも朝鮮人の虐殺  9月1日に県北各地で追悼行事

 8月29日付の朝日新聞朝刊の埼玉版を見ていて、1つの記事に引きつけられた。「朝鮮人虐殺の犠牲者」「来月 各地で追悼行事」という2本見出しの2段記事だった。なぜ、こうした記事に目が止まったのか。それは、私が埼玉県居住者である上に、以前から「関東大震災では、東京、神奈川、千葉などで軍人、警察官、自警団らによる朝鮮人虐殺があったが、埼玉県北部でもあったらしい」と聞いていたからである。

 朝日新聞埼玉版の記事は、こう伝えていた。
 「1923(大正12年)の関東大震災に伴う流言により、多くの朝鮮人が虐殺された県内各地で、今年も自治体や民間団体が追悼行事を催す。1世紀の時を越えて負の歴史を語り継ぐ」
 「本庄市では、9月1日午前9時から同市東台5丁目の長峰墓地で市主催の追悼式がある。吉田信解市長が『慰霊の辞』を述べる。……同市では90~100人ほどの朝鮮人が惨殺されたとされる」
 「約40人が殺されたという上里町では、1日午前10時15分から町主催の慰霊祭が同町神保原町の安盛寺であり、山下博一町長が『慰霊のことば』を述べる」
 「熊谷市では60~80人ほどが命を落としたとされる。市主催の追悼式は1日午後1時半から同市円光2丁目の市立葬斎施設メモリアル彩雲で。小林哲也市長の『追悼のことば』もある」

 「さいたま市見沼区染谷3丁目の常泉寺では4日午後2時から、旧片柳村(さいたま市見沼区)で襲われ命を落とした朝鮮人青年・姜大興(カンデフン)さんの追悼会がある。日朝協会県連合会、市民らの実行委員会が主催する」「大野元裕知事は姜大興さんの追悼会に向けたメッセージの送付について『前向きに検討している』と27日の定例会見で明らかにした。主催する実行委員会が要請していた」
 「寄居町寄居の正樹院では6日午前11時から、地元で殺された具学永(クハギヨン)さんの追悼式がある。町内外の人たちで作る「むくげの会」主催」

 殺された朝鮮人の多さに驚く
 上記の記事によれば、関東大震災時に、埼玉県北部の本庄市、上里町、熊谷市の2市1町で虐殺された朝鮮人は190~180人にのぼる。私は、埼玉県北部で生命を奪われた朝鮮人は数十人くらいかなと思っていたから、この数字に目を見張った。
 関東大震災における朝鮮人虐殺について研究している新井勝紘氏(元専修大学教授)によれば、関東大震災の時に虐殺された在日の朝鮮人は6000余人という。そのうちの190~180人をどうみるかだが、当時の埼玉県北部が農村地帯であったことを考えれば、これはやはりこの地域にとっては大事件だったのではないか。

 追悼行事は自治体の主催で首長が追悼の辞
 さらに、埼玉版の記事を見て印象に残ったのは、本庄市、上里町、熊谷市の2市一町の追悼行事がいずれも自治体の主催で、首長の「追悼」あるいは「慰霊」のあいさつが予定されていることである。県知事も民間団体が主催する追悼会に対し「(メッセージの送付については)前向きに検討する」と言明している。

 こうしたことが行われるのは、関東大震災時に朝鮮人が虐殺されたことを、自治体として「事実」と捉えているからだろう。しかるに、政府はいまだに「政府として調査した限り、政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」(2023年8月30日に行われた松野博一官房長官の記者会見での発言)との態度だ。

 「朝鮮人虐殺は揺るがない事実」
 たまたま8月28日付の毎日新聞夕刊の「特集ワイド」を見ていたら、そこにコラムがあり、オピニオン編集部の吉井理記氏が「オーウェルもびっくり」という見出しの一文を書いていた。その中に、小池百合子東京都知事が毎年9月1日に開かれる朝鮮人虐殺の慰霊式典への追悼文送付を見送っていることに言及し、「歴史学界で虐殺を否定する学者はいない。東京大空襲(45年)同様の揺るがない事実だ」とする個所があった。
 政府関係者や小池知事にぜひ読んでもらいたいコラムだ。私はそう思った。

初出:「リベラル21」2024.08.31より許可を得て転載
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