皇室問題を考える
偏差値という名の整理券
筆者は以前、ある公立高校で周年行事を担当したことがある。高校と大学の関係についてのユニークな議論をしていた歴史学者の講演会を、保護者向けに企画した。ところが当日、講演者は想像もしていなかった話題を切り出した。当時、大学で採用が広がっていた帰国子女の特別入学制度を取り上げたのである。
バブル期の日本企業は世界各地に進出し、大量の社員を海外に送り出した。家族連れで赴任した社員たちの多くは、子どもが高校生になるころで、日本の大学に進めさせるために妻子を帰国させた。そのころ文部省(当時)の指導もあり、特別枠の入学制度を採用する大学が相次いだ。講演者は、この制度や学生を批判する議論を展開した。
いわく「日本語も現地語(英語)も不自由だ」「日本人の魂を欠く」などなど。筆者は驚き戸惑ったが、聴衆は講演者が批判の言葉を発する度に熱烈な拍手で応えた。なお、その高校は学力的にはトップから距離はあったが、大半の生徒は4年制大学への進学希望者だった。
日本の子どもたちは、遅くとも中学生になると偏差値の序列に組み込まれる。多くの親は、自分の子どもがその序列上、少しでも上位に登り、有力大学に進学し社会に出る際には少しでも有利な地位を得られることを願う。そのためには塾に通わせるなど、家計負担も厭わずに努力する。そこに、偏差値も不明な帰国子女が特権的なルートを利用して大学に進学するのは不適当であるという講演者の話は、そのような彼らの心に刺さったのである。
受験生の保護者たちにとって、偏差値とは大学進学に際しての「整理券」だ。その整理券を握りしめて並んでいるところに、整理券を持たない人たちが横から「ズル」して割り込んでくると感じたのだ。保護者たちの反応に接して、筆者は衝撃を受けた。
悠仁親王の大学進学
秋篠宮家の長男、悠仁親王(17)の進学先が決まった。推薦入試で筑波大に進学するとのこと。親王については、小学校から進学の度に国民からの批判的な声が上がった。とくに全国屈指の進学校である筑波大付属高校への進学時には、特殊なルートを利用したこともあってネット上に遠慮ない批判コメントが溢れた。なかには「皇室特権を許さない」という主張まで聞かれた。
国民が公正なルールに従って並んでいる列に、皇室の人物が割り込みをしてきたと受け止められたのである。親王が高校三年生になって東大進学が本命だという情報が流れると、ネット上では「悠仁親王の東大入学に反対します」という署名活動が行われ、多くの賛同者を集めるという事態も生まれた。筑波大への進学が決まっても祝福の空気はあまりない。今までの経過を振り返りながら、問題点を整理したい。
不思議な寄付金
親王が筑波大付属高校への進学を控えた時期、なぜか高校への寄付金が急に増えて校舎・校庭の改修が進められた。知り合いの子どもが在学していたこともあって、学園祭などの機会に2,3回校内に入ったことがあったが、お世辞にも綺麗な校舎ではなかった。教育学部をもつ国立大学は、研究と教育実習の場として付属校をもっているが、国立大の予算の削減もあって、どこの付属学校も校舎などの施設まで手が回らずに貧弱である。
寄付金が秋篠宮家からのものとは確認できないが、進学先として候補に挙がっていた東大農学部の施設も最近、急に整備されていたという話もある。皇族が、全国の受験生が入学を競うような大学に、自分の子息を特別扱いで受け入れることを求め、宮家の予算から支出したのだとすれば、その原資は我々の税金であり批判は免れない。
奇妙な動機
ジャーナリストの田中幾太郎氏によれば、秋篠宮家が東京大学を選択しようとしたのは、親王に「箔をつけ」させたかったからだという。とくに紀子妃が、ハーバード大卒、東大中退、オックスフォード大学留学という華やかな学歴の雅子妃に対抗心を募らせていたというのである。それが事実だとすれば、皇族たるものが、なんと「俗っぽい」ことかと嘆息せざるをえない。
いまや東大の学歴が「箔」になるとの考えは周回遅れというしかない。最近では、学力最上位層の一部の高校生の間では、東大を滑り止めにして、東大より上位の評価を受けている海外の大学への進学を選択するものが増えている。東大卒の天皇が国民から敬意を集めることができると考えているとすれば、勘違いも甚だしいと言わざるをえない。
学習院の意味
歴史に詳しい人々が抱く違和感がある。戦前の大学令には大学の目的として、「国家が必要とする人材養成と国家(天皇)に忠実な人物の養成」をあげていた。つまり主権者である天皇にとって必要な人材を養成するための機関として位置づけられていた。将来天皇となるべき方がそこに進むのはありえない選択であった。一部の宮家から東大に進んだ方はいたが、将来の主権者となるべき皇太子は学習院で学んだ。学習院は宮内省管轄であり大学令は適用外であった。
もちろん戦後の学制改革によって大学の位置づけは変わったが、皇室の連続性を考えれば、将来、天皇になるはずの方が国立大学に進むことには、もやもやとした気分をぬぐい切れないのである。国民の間で愛子内親王への好感度が高いのは、学習院で学ばれながら、皇族に求められる教養や作法を身につけていると多くの国民が感じているからだ。
未来の日本に相応しい天皇・皇室とは
皇族は「聖性」を与えられている。天皇は長い歴史のなかで政治に積極的にかかわった時期もあったが、基本的には祭祀者であった。皇族とくに天皇は国家の安寧を願う宗教儀式を執り行ってきた。明治政府がその長い歴史を否定し、天皇を近代国家建設に政治利用したため、その性格は大きく変容させられた。昭和に入って軍部独裁国家となった日本は、世界を相手に戦争を挑み崩壊した。天皇は地位ばかりではなく生命までもが危険に晒されたのである。
占領下、連合国軍(GHQ)の主導で成立した日本国憲法では、天皇は「日本国民統合の象徴」とされた。アメリカは「統合(the unity of the people)」の語にとくに重要な意味を込めていたはずである。第二次大戦終結後のヨーロッパ各国では、共産主義や社会主義も大きく勢力を伸ばし、選挙でも議席を増やすなど政治的分裂と対立が深刻となっていた。アメリカは日本でもそのような状況が生じる可能性に神経を尖らせていた。占領終結後を見据えたアメリカにとって「統合」は重要なテーマだったのである。
アメリカの振り付による新しい天皇像は、戦後しばらくは思惑どおりにいったと言えよう。しかしいまだに国民の間に天皇及び皇族のあり方に十分なコンセンサスが形成されているとは言えない。そのような環境のなかで、宮家が偏差値の高い大学へ親王を入学させたという印象を与えるようでは、国民は白々しい気分にならざるをえない。今は、あらためて国民の叡智を集め、未来の日本に相応しい天皇・皇族のあり方をオープンに議論すべき時ではないか。
初出:「リベラル21」2024.12.19より許可を得て転載
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