性別によらぬ長子相続を真剣に考えよ

        皇室の未来をどうするか

有識者会議の報告書
 明仁上皇の生前退位を契機に、皇室の将来を考える有識者会議が設置され、2021年暮れ、その報告書が発表された。清家篤元慶応義塾塾長を座長とし、10回余の会議を開催して参考人からの意見聴取などを行った。
 現行の皇室典範に従えば、今上天皇の後継者は現実的には秋篠宮家の悠仁親王ただ一人であることはよく知られている。親王が結婚し男子が産まれて成長しなければ、皇位は途絶える。しかし親王の結婚相手が出現するだろうか。民間から皇室に入った美智子上皇后、雅子皇后が経験した苦労はよく知られている。皇室に自ら進んで入る女性が現れるかという問題も立ちはだかる。
 この報告書は安倍政権の置き土産ともいえるもので、安倍政権に不自然に重用されていた人物たちが議論の足を引っ張り、有効性がないだけでなく建設的な議論を進めるうえで障害となっている。政治的にも経済的にも安倍時代を清算しないと日本の将来は開けない。皇位継承問題も同様である。

奇妙な前提-男系継承
 報告書は、そもそも前提が間違っている。「(126代の)歴代の皇位は、例外なく男系で継承されてきました」としているのだ。日本史を高校段階程度まで学習した者なら知っているように、日本書紀に記された10代から20代あたりまでの天皇の実在性は疑わしいし、天皇の系図は当時の政治的意図に基づいて作成されたはずだ。
 我が国最初の正史である「日本書紀」の編纂を手掛けたのは天武・持統朝である。この王朝は皇族間の軍事紛争(壬申の乱)の勝者であり、正史作成の目的は、自らの正統性を主張することだったと考えられる。また持統天皇(女帝)が藤原京の建設を進めたように、中国(唐王朝)に倣った国造りに邁進した時代である。そのため、わが国の王朝も中国と同じく男系で継承されてきたとする系図が作られたのであろう。実際には日本の古代社会は父系・母系の双系制であり、皇位継承も同様だったと考えられる。
 報告書は女性天皇あるいは女系天皇を否定することを前提としているため、以下のように実現可能性のない提案しか示せていない。この報告書を前提として安定的な皇位継承に向けての議論を進めることは不可能である。

報告書が示す3つのオプションと旧「宮家」
 会議報告では、3つのオプションが示された。
 ひとつは女性宮家の創出である。現行法では女性は結婚すれば皇籍から離脱することになっている。法律を変更して、女性も宮家の当主となって皇族として残ってもらう。第二は、現行法では禁止されているが「皇統に属する」男性を養子縁組(女性宮家に婿入り)で皇室に入れる。第三に、「皇統に属する男系男子」を皇族の一員に迎えるという案である。ただし、さすがに報告書も第三の選択肢は非現実的としている。

 第一の選択肢は根本的な解決策にならず、実際には第二の選択肢のみが示されたといえる。週刊誌などの報道によれば、安倍元首相は、戦後に廃止された旧宮家に属する男性は「皇統」に属するとし、新たに創設される女性宮家の内親王(具体的には、愛子内親王と佳子内親王)と結婚してもらうことを考えていたという。夫婦の間に男子が産まれれば、その子は天皇の血筋を引く者であるから、成長して天皇に即位してもらえばいいというのである。

 報告書には明記されていないが、ここで想定されている「皇統に属する」男子は、戦後に離籍した伏見宮系の11の旧宮家の男性であるらしい。伏見宮家は南北朝の動乱が続いていた15世紀初め、創設された宮家であり、明治初期たまたま当主が17男15女もの子宝に恵まれる偶然があって多数の宮家が創設された。しかし、森暢平成城大教授らが指摘するように、伏見宮家は皇位継承とは縁のない状態で残ってきた宮家で、天皇の血筋からは非常に遠い存在となっていた。
 宮家を整理した時点では、大正天皇に4人の男子がいて、昭和天皇を除く3人がそれぞれ秩父宮家などの宮家を創設しており、皇位継承者に困ることはないだろうと考えられていたこともあり、伏見宮系の宮家が廃止されたのは自然な流れであった。
 
天皇の血筋を引くものとは
 皇統とは「天皇の血筋を引くもの」であるが、伏見宮家は数百年にわたって皇位から遠ざかっていた傍系で、その血筋は薄いと考えられていた。また血筋を引いているとするには、数百年間の間に後継者を産んだ女性たちの一人もが「間違いを犯していない」ことが絶対的な条件となる。戦後の離脱以前にも、宮家の当事者のなかには皇族として扱われることに居心地の悪さを感じ、離脱をよしとする者もいたという。
 また伏見宮家が創設された室町初期、南朝の天皇及び公家たちは、一時、京都に戻ったものの、待遇に不満を募らせて再び吉野に戻っている。彼らは戦国時代半ばまで様々な勢力に担がれて歴史のあちこちに姿を現している。その間にも南朝系の天皇の血筋の子孫が残されているはずである。世界のどの地域どの時代でも、有力者の血が広く薄く広がった歴史がある。現代日本人の間にも、高貴な方々の血が広がっていると考えるのが自然だろう。

どうしても女性天皇を見たくない人たち
 報告書は男系一貫を主張したため、旧宮家の再利用という奇妙な選択肢を示したが、会議の参考人として意見を述べた宍戸常寿東大教授は、そのような議論に危惧の念を示している。「(皇族数を不自然な形で増やすことは)他国から見て天皇制、ひいては日本社会に対する誤解を招く可能性がある」と指摘している。旧宮家の復活による皇位継承者の確保という議論は、日本は理解困難な不気味な国だ、という印象を諸外国に与え、国の評価を危うくすることになろう。

 有識者会議に参考人として呼ばれた人物の人選にも大いに疑問がある。例えば櫻井よしこ氏である。氏は、「天皇の役割は基本的に祈りにあり、その存在と祭主(であること)」だと言う。また皇族の役割は「皇統継続の男系男子の人材を供給する」ことだと主張する。皇族は「人材供給源」だそうである。何とも無礼な物言いではないか。女性宮家の創設については、「女系天皇容認論につながる可能性があり、極めて慎重であるべき」、「天皇の地位は長い歴史の中で一度の例外もなく男系で継承されてきた」とも言う。信仰というか妄想というべきか。
 もう一人、八木秀次氏は「皇位継承資格を女系に拡大することは、一般国民と質的に変わらない人物が天皇・皇族になることであり、その正統性が疑われるばかりか、敬愛・尊崇の対象ともならない」と主張する。氏によれば、「女性皇族は一般国民と同質」なのだそうだ。この奇妙な主張を理解するためには、氏が「日本人は古来、神武天皇のY染色体を引き継いだ天皇を尊んできた」という説(『本当に女帝を認めてもいいのか』、洋泉社、2005)を唱えていたことがヒントになるだろう。遺伝子レベルで天皇を論じる珍説だが、安倍元首相やその周辺の人たちにはそれなりの影響を与えてきたといわれる。

 ひとつ提案がある。旧宮家の復活を画策するのであれば、八木氏たちに候補者と面接していただいたらどうか。八木氏ら特殊な能力の持ち主たちに旧宮家の男性が真正の天皇の染色体をお持ちかどうか確認してもらう。真正の染色体をもっていれば、彼らには自然と尊崇の念が湧いてくるようだし、まがいものであれは、敬愛・尊崇の念が湧かないはずである。ただ八木氏らの心に敬愛・尊崇の念が湧いたか否か、誰が判断するのだろうか。

 国民の総意として、「国民統合の象徴」である天皇を維持しようとするのであれば、当面は、国際的な情勢にも応じ、性別によらぬ長子相続を真剣に考えるべきである。それだけで候補者が増える。皇位継承問題は急がれている。まともな政治的主導力が求められている。

初出:「リベラル21」2025.01.15より許可を得て転載

http://lib21.blog96.fc2.com/blog-category-1.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
〔opinion14049:250115〕