赤字だから悪い? 貿易赤字・経常赤字なくして基軸通貨ドルはない
トランプは米国の貿易赤字削減・解消をめざして関税引き上げを乱発し、各国との「ディール」にのりだした。だが、ここで述べたいのはトランプ関税をめぐる目先の動きについてではない。トランプの貿易赤字解消という考え自体が自身の身を滅ぼし、ドルへの大打撃になってしまう。それを述べたい。
トランプは「赤字」がつくものは全て悪いという子供じみた考えしかもっていない。しかし、基軸通貨国米国は貿易赤字によって大きな利益を得て、世界経済を牛耳っているのだ。
それはいかなるカラクリか?そのカラクリとは米国の帝国循環(新帝国循環ともよばれてきた)である。この帝国循環によって米国は基軸通貨国の地位を保っている。そして、帝国循環のなかでトランプとその仲間、超富裕層の米国の資本家・支配層は、大きな利益を手にしてきたのだ。
となれば、トランプが貿易赤字を解消すればこの循環を破壊することになる。従って、自業自得で自分の身を滅ぼすことになるわけだ。
以下では、正確には経常赤字と貿易赤字は区分しなければならないが、米国の経常赤字の一番の要因は貿易赤字であるし、またトランプは貿易赤字だけを問題にしているので、両者を区分しない。また経常赤字と述べたり貿易赤字と述べたりするが、同じものとして理解していただいて不都合は生じない。加えて貿易収支はサービス収支を含んでいるが、トランプ関税はモノの収支だけで税率を決めている。だがこの点は、もともとトランプの税率設定はまったく恣意的で不合理だから、考慮しても意味はない。従って、以下にのべることに関係しない。
帝国循環とは何か?――
米国は貿易赤字・経常赤字でも困らない、払ったドルは米国に戻ってくる――
周知のように米国は長期にわたって経常収支・貿易収支の赤字を続けている。
その赤字額は膨大だ。直近24年の経常赤字は1兆1336億ドルと過去最大、貿易赤字は1兆2117億ドルでこれまた過去最大となった。
だがそれで米国が困るのかといえば、米国全体としては困らない。なぜかといえば支払ったドルが戻ってくるからだ。いくら赤字で支払いが大きいとしても払ったカネ(ドル)が戻ってくるなら困ることはない。対外的債務=借金が膨らんでもいっこうにかまわない。これが「帝国循環」である。
「帝国」と称されるのは、かってのイギリスは基軸通貨国=世界の帝国として君臨し、マネーの世界循環を形成したが、米国がそれにとってかわって基軸通貨国になったからである。循環というのは赤字で支払ったドルがまた自分に還流してくることである。そして、それが持続して世界経済全体が回っていくというわけである。
それではなぜ戻るのか、還流するのか?――ドルの特権、基軸通貨――
米国は1971年に金・ドル交換停止を強行し(ニクソンショック)、経常赤字分のドル払いを世界に押し付けた。米国は赤字が膨らんでもドルを「刷って」わたせばよいという体制が成立した。これが米国の赤字がふくらむ根本原因である。
加えて、借金して渡したドルは還流してくる。なぜ還流するのか?それは、貿易黒字として入手したドルは黒字国のなかでは使えないからだ。当たり前である。ドルはドルである。円でもなく元でもなくユーロでもなくルーブル等々でもない。だから貿易黒字で入手したドルの多くは米国で使うしかない。使うというのは、米国への投資だ。米国の国債、社債、その他証券化商品、株式等の購入および直接投資だ。
こうして他国へ支払ったドルは米国へ戻る。保有ドルは世界的金融決済機構・ウオール街へと還流するのだ。そしてこの還流は世界大のマネー循環を形成しているのである。基軸通貨ドルで取引を行う限り、ドルを入手したい限り、そうなってしまう。これがドルの特権であり、基軸通貨国米国の強みである。そもそも国際通貨体制は世界的金融中心国、そのなかの中心地がなければ機能しないし存在できない。その中心地が世界的金融決済機構を有するウオール街であり、ドル建て取引は財・サービス取引も資本取引もウオール街で決済される。商業銀行、投資銀行、機関投資家、種々のヘッジファンドが集積し、ITの発展により諸々の金融取引、金融操作が高度化して世界最大のぶ厚い金融仲介機能を誇っている。ウオール街はその金融仲介機能によって国際通貨体制=帝国循環の要の座を占めているのである。どの黒字国もドル還流のためにその金融仲介機能に依存しているのだ。
それでは、ウオール街へドルが還流するとどうなるか?米国に大きく貢献することになるのだ。その貢献は次のようなものである。
米国への輸出代金(ドル)は、輸出業者の為替手形買い取りを通して、米国輸入業者から輸出国(黒字国)の銀行口座にふりこまれる。通常この銀行口座は、米国銀行に設けられた輸出国銀行の口座である。この時、その輸出国銀行がドルを他国に売らない限り(ドル売りしない限り)、ドルは米国内銀行にとどまって、(還流して)米国内のマネーとして多大な貢献をなす。対外的債務のドルも米国企業や米国民のドルも、米国国内で使われるなら何の違いもなく米国経済に貢献する(後述)。
なぜ売らないかといえば、米国が高金利であるからだ。高金利はドル保有を有利にしてドルを米国内にとどまらせる。ドル取引は貿易よりは金利の影響のほうがはるかに大きい。だから金利の高い米国へドルは集まる。とどまり累積していく黒字国のドルは、強力な世界的金融決済機構・ウオール街へと流入し、その流入は米国の経済成長へ貢献し、さらには経済の金融化の大きな要因になっていった。
米国の経済成長への貢献とは何かといえば、例えば、他国がそのドルで米国の新規国債を購入すれば、米政府の財政支出に貢献して金利抑制と米国GDPの成長に寄与する。株や社債を購入すれば米国企業の設備投資に貢献する。設備投資については直接投資も大きく寄与する。株の購入で株価が上昇すれば資産効果で米国の個人消費も活性化する。これらは米国の実体経済への貢献である。だが、それ以上に大きかったのは、いわゆる金融化とグローバル化へ貢献である。
帝国循環の形成とは
金・ドル交換停止とその後の変動相場制は、金や外貨準備の制約からの離脱を可能にし、その結果、世界的な金融自由化、資本の自由化が急速に進展した。この進展から経済の金融化、グローバル化そして帝国循環が形成されていったのである。この循環とは次のようなものである。すなわち
――米国グローバル企業の海外展開、グローバル化の急拡大――オフショアリング・逆輸入で低コスト製品が米国へ流入、現地市場向けの現地生産増大、国内空洞化――輸入増大から貿易赤字は拡大――対米黒字国のドルは世界的金融決済機構・ウオール街へ流入――さらなる海外直接投資拡大、グローバル・サプライチェーン形成へ、加えて米国GDP成長に寄与――貿易赤字はさらに拡大――。 この循環が帝国循環である。
この帝国循環は中国をはじめとした途上国の実体経済の成長につながったが(特に中国の経済大国化に大きく貢献)、一方先進国では実需から離れた投機的大規模バブルを発生させた。ウオール街がつくった証券化商品(擬制資本)が膨れ上がり巨大バブルを形成した。だがバブルはリーマンショックにより瓦解した。この瓦解は深刻な金融危機となり、帝国循環をも崩壊させるかにみえた。しかし、米国経済はFRBの強制的資本注入、大規模量的緩和=膨大な流動性供給によって大不況を回避し、その後は長期停滞が唱えられたものの好況に転じた。帝国循環も基本的に維持された。各国から流入するドルを再配分、再輸出するグローバル仲介機能は依然として健在だった。帝国循環はそれだけ深く米国のみならず世界経済にビルトインされていたのだ。米国の貿易赤字は高水準のままに維持され、ウオルストリートは依然として活況を呈してきたのである。
帝国循環は罠・収奪・貢納――貿易黒字は自国を貧しくする
以上のように、貿易赤字のドルが売られることなく米国に留まっている限り、実際に(実体経済において)そのドルを使うのは米国政府や米国企業や米国の消費者だ。すると米国は持続的に成長し国民生活を豊かに維持する。一方、米国へドルを還流させる各国はどうなるか。米国の成長による利子や配当等を入手する(カネの入手)だけである。米国へ還流させた分だけ自国の経済成長という本当の果実を手放していることになる。
また、貿易黒字とは何を意味するのか、正確に認識することが必要だ。貿易黒字とは自国が生産した生産物を外国(米国)に消費させることである。つまり貿易黒字は、自国で生産したものを自国で消費しなかった分だ。だからそれだけ自国を貧しくする。貿易黒字でカネ(ドル等)を手に入れても肝心の物財=使用価値を相手国に渡すだけのことである。反対に、米国は赤字分のカネ(ドル)を借りるが実物の財が自国へ流入する。だから米国の生活は豊かになるというわけである。
トッドが言う通り、これは「双子の 赤字」を補填する「貢納」(トッド『帝国以後』)である。
(注:双子の赤字は経常赤字、財政赤字)
従って国民国家の視点から見るならば、帝国循環というものは米国による世界各国に対する収奪だ。帝国循環は罠であり収奪なのだ。
マイアミやニューヨーク5番街の不動産価格は暴落、米国株式市場も暴落へ
このように、帝国循環こそが米国のドルが基軸通貨として維持される条件である。ということは、黒字国からの資本流入(米国の経常収支赤字)が大幅に減少、ストップすればドルは暴落する。ひいては基軸通貨国の座から転落するのだ。
ところが、トランプは米国の貿易赤字・経常赤字縮小と解消のために必死になっている。
トランプをはじめとしたエスタブリッシュメント、金融不動産業界の富裕層、新興オリガルヒ達は、帝国循環の要=ウオール街への資本流入=金融市場、不動産業界の膨張で大きな利益を得てきたのだ。不動産市場は豊富な資金が流入し、商業用不動産市場、住宅市場の活況をもたらした。新興オリガルヒ=テック産業経営者も帝国循環がもたらす国内への資本流入とグローバル化による海外展開から大きな利益を手にいれてきた。テック企業は海外市場への展開、プラットフォーム産業のデータ利用の拡大・円滑化、サプライチェーンの最適化をはかり、巨額の利益をあげ急速な成長を遂げてきた。これらは帝国循環があったればこそ可能になっていたのだ。だから、トランプが貿易赤字解消によってこの循環を破壊すれば、自らの身を滅ぼすのは自明のことである。そして、米国が享受してきた基軸通貨の恩恵は大打撃を被る。ウオール街も不動産市況も重大な危機にさらされる。
ヤニス・バルファキスは簡潔に次の様に言っている。
「米国の貿易赤字は、欧州とアジアの資本家に対して、彼らの対米純輸出の需要を提供し、米国政府を資金面で支え、トランプの友人である米国の資本家と不動産業者を富ませている資本流入を維持しているのだ。トランプ氏の米国の貿易赤字撲滅の取り組みが成功した場合には、マイアミやニューヨーク5番街にある不動産の価格は暴落し、政府債務の利払い費用は暴騰し、米国株式市場は急落するだろう。」
(ダイアモンドオンライン 「トランプ次期大統領も米国の貿易赤字には敵わない」 ヤニス・バルファキス :ギリシャ元財務相2025.1.10)
最後に―――ナショナリズムの無力化が最大の課題―――
帝国循環は新自由主義のもと、米国支配層によっておしすすめられてきた。(欧州も同じだ。欧州社民も(その代表・SPDも)一様に新自由主義に転落した)
ビル・クリントンもヒラリー・クリントンもブッシュもオバマもバイデンも新自由主義に転落した同じ穴のムジナであり、トランプも同じだ。彼らは皆同じ米国支配層である。トランプは一見すると新自由主義に反対のようにみえるが、けっしてそうではない。トランプ支持者は大別すると、底辺に追いやられたいわゆるMAGA派と米国経済を支配する金融業界ならびに裕福なテック企業経営者だ。トランプは両者の間に立って双方を操っている。金融業界と裕福なテック企業経営者はこれまで新自由主義によって莫大な富を得てきたのであるし、今後のトランプの減税と規制緩和に期待している。基本的にトランプは彼らに敵対することはない。だからこそ彼らはトランプの大統領就任式に列をなして出席したのである。
トランプは結局のところ両者を適度なところで妥協させるだけのことである。なによりもトランプは帝国循環の中で、それを利用して成り上がった支配者であり、労働者層の見方ではない。
最大の問題は、すでに米中が覇権争いの段階にはいり両者の抗争が本格化してきたことから生まれている。MAGA派による米国を分断する暴発は、基本的にはグローバル化・帝国循環に取り残され見すててられた労働者、中間層、衰退地域住民の怒りであり、新自由主義への反乱である(だから再配分機能無視、構造転換への対応無視によるものである)。しかしこの暴発はトランプに吸収される過程で、それが持つ様々なゆがみ・ひずみが増幅されて「米国第一主義」という迷妄に陥っている。他方、中国共産党も一党独裁体制維持のため「中華民族の偉大な復興」という愚かな迷妄に陥っている。どちらもナショナリズムという迷妄である。ナショナリズムは国内における現実の支配・被支配を忘却させる阿片である。この阿片こそが問題なのだ。
そこで、ナショナリズムの無力化・無効化にむけた左翼のスローガンは以下のとおり。
反石破、反トランプ、反ネタニヤフ、反ゼレンスキー、反NATO、反習近平、反プーチン、反金正恩・・・。
反祖国日本、反普遍的価値、反シオニズム(反ユダヤ主義にあらず)、反中国の夢、反聖なるロシア、反チュチェ思想・・・。(おわり)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion14217 : 250429〕