経産省前脱原発テント座り込み日誌6月26日版

経産省前テントひろば、脱原発テント設置日(2011年9月11日)から1807日目(2016年8月21日)にテント強制撤去。2025年6月26日は、座り込み5,038日目。これは、マハトマ・ガンディー「非暴力、不服従」の実践です。

戦争も、原発も、いらない ガザ虐殺を直ちに止めろ 6月20日(金)  (Km)
17時にSsさんの「原発じゃ明日はない」と「原子力発電NO!」で抗議行動を開始。
Km:短いコールのあと、今週を振り返り、6月16日(月)に最高裁包囲で1200人近くが集結して公正な裁判を要求。議員会館では東海第二の院内ヒアリング集会。規制委は水曜の会議で屋内退避問題を矛盾露呈でもパブコメ開始。国会の原発ゼロ・再エネ百では浮体式洋上風力進展を確認。
Heさん:ガザ虐殺を止めよう。戦争も原発も止めよう。
Ouさん:「日本の憲法 最初の話」から白井明大の詩を紹介。
1<戦争はしないよ。永久にしないよ。 /だって私は 正義と秩序の土台の上にある 世界の平和を ちゃんと 心から希ってるから / たとえ 国と国の間のもめごとでも 戦争だとか 武力による威嚇だとか 武力の行使だとか そんな解決法なんて 永久にごめんだな。 そんなのポイッと放棄するよ。>
2<1の誓いを守るために 陸軍も海軍も空軍もその他の戦力も なんにも持たないことに決めた。/生活、大事。家族、大事。財産、大事。将来、大事。 人間の命が、何より大事。 でも 戦争なんかじゃ、守れないから。平和を守るのは、平和なの。 /攻められたらどうする、なんて対立を煽らないで。「せーの」でミサイル撃ち合えば どっちの国も、ただじゃ済まないだけ。平和を守るのは対話なの。 /私の国に、他の国と交戦する権利があるだなんて とんでもないこと、もうまっぴら。>
Km:<三菱重工防衛支出増で最高益 民航機に背 次期戦闘機へ>(6月17日東京新聞一面トップ)から「受注、売上収益ともに計画を超過達成」「日本政府が防衛支出を大幅に増やした」を紹介、原子力むらにぶら下がる人が多いゆえに原発を止められないと同様に、防衛産業に群がる人が多くなって戦争を欲する世論が形成されることが心配。
Skさん:東海第二の院内ヒアリング集会で日本原電の防潮堤問題や長大な非難燃ケーブル問題なを経産省に指摘した。引き続き訴えていきたい。
Yoさん:ドイツもようやくガザのことでイスラエルを批判。イスラエルがイランの核施設を攻撃なんてあってはいけない。イスラエルのやっていることは本当にひどすぎる。イラン問題でガザを忘れてはいけない。イスラエルは、やはり、この国から出て行って欲しい。
Hoさん:イスラエルがアメリカの承認のもとでひどいことをやっている。核施設攻撃の危険。けれども、日本政府の動きは非常ににぶい。
Km:ベトナム戦争、アフガン攻撃、イラク攻撃も、米国がやった国際法違反攻撃ですね。原発も戦争もやめさせたい。
Og:株主代表訴訟の高裁判決は認められない。本日上告理由書を提出、公正な判断を求めて行きたい。
6月26日には柏崎刈羽の省庁ヒアリングをする、ZOOMでご覧いただきたい。規制委が「屋内退避」のパブコメを開始した、「こんなのおかしい」と指摘するパブコメを出してください。
Km:脱原発、戦争反対、命をまもれ、…を訴えるコールで終了。
多くは「原発いらない金曜行動」の首相官邸前に移動。

6月21日 (土)  (O・O)
◯政権維持のための卑怯な騙し討ち
米国国家情報長官は3月、上院の公聴会で「イランは核兵器を製造していない」と証言。国際原子力機関(IAEA)トップはイランの核兵器開発に関し「証拠がない」としている。にもかかわらず、トランプはイランに無条件降伏を要求したあげく、核施設を空爆した。ネタニアフとの間に、どのような取引があったのか。
イランと米国の関係の歴史というと、1979年のイスラム革命、とりわけテヘランの米国大使館占拠が取りあげられる。これを契機として両国は公然たる敵対関係となった。だが時間をもう少し戻してみよう。
1951年、それまで英国系石油会社が利益の殆どを独占していたイランの石油を、モサデグ首相は国有化した。彼は立憲君主制のもとでの議会制民主主義を追究、女性の参政権の実現や耕作農民の地位改善などに腐心した。
1953年8月19日に、米国と英国の後ろ楯で画策されたク-デタ-によって、モサデグ首相たちは逮捕され、政権は崩壊した。
親米パフラビ-王朝は権力の強化に務めた。米国から大量の武器を購入し、1976年には約2万4千人の米国人軍事顧問がイラン軍にいた。1977年、イランは世界第五位の軍事大国となった。ペルシャ湾岸地域最大の海軍力を保有、イラン陸軍の規模は英国陸軍に匹敵するばかりか遥かに優秀な装備をもち、空軍は世界第四位だった。八つある情報機関のうち、最大のサヴァク(国家情報安全機関)は1957年にCIA、FBI、モサドの協力で創設された秘密警察だ。
1973年から経済は急成長したが、インフレの激化、都市貧困層の拡大、都市部と農村部の格差の増大が深刻化した。パフラビ-王朝は米ソ冷戦下での米国の支援と莫大な石油資源に安定基盤を求め、国民に対しては弾圧政治に終始した。
1978年1月9日、宗教都市ゴムで発生した抗議行動が要求したのは「憲法の履行、三権分立、検閲局の廃止、言論の自由、政治犯の釈放、宗教的集会・組織の自由、学生に対する警察暴力の根絶、農民への政府援助、ホメイニ師の帰還」などだった。当局はこれを徹底的に弾圧し、数十人が死亡した。その40日目に行われた服喪行事は激しい街頭デモへと転化し、さらなる犠牲者を出した。犠牲者が出れば追悼のため人が集まる、抗議集会やデモはイラン全土に飛び火し、デモがデモを呼ぶデモの「日常化」が生まれ、体制の打倒とイスラム政権の樹立が公然と叫ばれるようになった。
1978年12月10日~11日の反体制デモにはテヘランだけで200万人以上が参加した。1979年1月6日、国王は病気療養を理由に出国(亡命)した。米国はイランを失った。
そして1979年11月4日の米国大使館占拠人質事件。これは、亡命中の国王の米国入国や、大使館による内政干渉(スパイ行為?)を理由に「ホメイニ師に従うムスリム学生団」が行った。
1980年9月22日、イラクによる軍事侵攻で始まったイラン・イラク戦争。1984年末には米国がイラクに対し軍事情報の共有を始めた。1987年半ばには米国海軍がペルシャ湾内でクウェートのタンカ-の護衛を始め、10月にはイランと米国の最初の交戦が起こった。
1988年7月に米艦隊によるイラン航空旅客機撃墜事件が起きた。艦対空ミサイル発射を命じた司令官は、のちに勲章を授与された。
2018年、トランプが核合意から一方的に離脱。
2020年、イスラム革命防衛隊のソレイマニ司令官の無人機による殺害をトランプは命じた。
そして2025年6月、核施設を空爆。

6月22日(日) (M島)
(参加者:藤原、千葉、乱、峯島)
M島12:10着。F原さん1人で設営途中に車で一休み。いつも設営を手伝ってくれるE藤さんは今日も休み。雲一つ無い、かんかん照りの下、2人で汗流し設営。Rさんが事務所に居るそうだ。12:35いつもより早くT葉さんが来る。都議選に投票してから来たそうだ。F食を渡すとビスケット差し入れ。12:50設営完了。おうだん幕を車道側3枚、歩道側に6枚、合計9枚を立てる。また、歩道側にのぼり旗を2本を立てる
設営が終わり、経産省正門前唯一のプラタナスの木陰に座り込んで一息。風がよく吹き、助かる。他の曜日ではテントがあった交差点角地で座り込む日もあるようだ。ケヤキの広い木陰がある。日曜日もテント強制撤去直後は角地で座り込み。しかし、F原さんが豪華アピールを始めてからは、かんかん照りでも正門前。F原さんは、御歳70数歳ながら、公園ボランティアなど野良仕事を苦としない。F原さんはともかく、彼に付き合わされる他の座り込み参加者の事も考えてほしい。
F食は酢飯おにぎり、ゆで卵、ゆでトウモロコシ。おにぎりの米は台湾産味・食感は国産と変わらず。13:05 T葉さんが、日曜礼拝に行く。13:15 F原さんに促されM島は、トウモロコシの粒を鳥にくれる。ハト6羽、スズメ約10羽が来る。スズメには少し粒が大きすぎたか。13:30 Rさん来る。アイスのスイカバー差し入れ(パレスチナ連帯とは関係なくコンビニ在庫最安だからか)。Rさんは、5/18にテントを訪れたS尾氏と共に、最近、駐日イラン大使と会う。レイバーネット日本に記事があるので詳細は譲る。大使はバカンスで帰国するつもりが本国から「危険だから、帰ってくるな」と指示される。軍幹部が帰宅後にピンポイント爆撃されたそうだ。Rさんによると「駐日イラン大使の印象は、日本の政治家とは顔つきが違う、有能さが窺える」とのこと。14:05用事のためRさん事務所へ帰る。
14:45撤収開始。1505撤収完了。座り込み人数4人。事務所ではRさんが参院選の応援作業中。

6月23日 (月)  (保)
 きょう6月23日は「沖縄慰霊の日」。朝のテレビでは、朝暗いうちから「魂魄の塔」に向かって遺族が犠牲になった身内の為に祈っている姿を放送していた。
 きょうも「気温が34℃にもなる」との天気予報だったので、氷水を4㍑用意した。
 持っていくグッズのチェックに時間を取られて、いつもより10分遅れて事務所を出発したので、経産省前に着いたのは11時25分。先に着いていたMiさんと2人でセッティングを開始。
 セッティングは、12時には終わらないことが分かったので、セッティングしながら、反原発ソングを掛けて道行く人々にアピールした。
 セッティングを終えたのは12時10分過ぎ。牛図・鶏図・風神雷神図、ひまわり女の子図の合計4枚のバナーをセットした。温湿度計を見たら40℃40%。湿度が高いので、暑がりの私には蒸し暑く感じた。持ってきた氷水をコップ2杯飲んで、ひと息ついた。
 午後1時20分にOkさんが来られた。「防衛大学校を卒業した自衛隊の幹部職員が、上司からの嫌がらせ(正規業務から倉庫係への配転命令)を不服として起こした裁判を傍聴してきた」とのことだった。これは初耳。もう一つの裁判、女性自衛官が同僚からのセクハラを受けたにも拘わらず、組織としてまともに取り合わなかったことを裁判に訴えた件は、ネットで知って署名したことがある。座り込みの(月)(水)以外も、地元の医療生協のボランティア活動で手一杯。署名するだけになっている。
 午後2時5分過ぎ。突如として文科省の方から大音響。旧統一協会の宣伝カーが録音機による宣伝を始めた。きょうは単なる訴えだけでなく、男女の掛け合いが入っていて聴衆に聞かせようという工夫されていた。しかし録音なので、迫力に欠けている。30分後に外務省方面へ去って行った。
 午後2時40分。英語講師のAさんがきょうも寄ってくれた。暑いのでMiさんが氷水を渡してくれた。3時半まで参加してくれた。感謝!感謝!です。
 きょうは外国人の方が幾組か通りかかったので、バナーをカメラに収める人が多かった。子供はバナーに興味深々でお母さんに聞いていた。英語講師のAさんは中国語も理解できるようで、私に「今の親子は台湾の人で、お母さんは座り込みを理解していて子供に説明していた。台湾は最近、原発ゼロになったばかりなので」と言う。そう言えば、それを報じていたマスコミは「台湾では原発ゼロ政策に反対する世論もかなり多い」と言っていたのを思い出した。原発事故を起こす危険を回避したのだからも両手を挙げて歓迎すればいいものを!日本はその逆の政策をやっていて、危険極まりないのだから、もっと警告していくべきなのに、ほっかむりして、政権に忖度してばかり!情けない!
 時間が来たので2人で片付けて撤収した。

6月24日(火) (R・Y)
事務所を出る前に、相方のOgさんがテントニュ−ス315号を印刷、実に手際が良い。早速刷り上がったニュースを鹿児島・京都・静岡等6か所にレターパックや封筒に入れて出発する。途中2か所の弁護士事務所に寄り、そのテントニュ−スをお渡ししてから経産省前に到着。
セッティングをしていると、曇り空なので直射日光は無いが、湿度が高いせいか、かなり蒸し暑く、汗が吹き出る。13時頃、私が昼食で席を離れている時に広島から来たという50代位の男性が、「原発が原爆になるおそろしさ」の「のぼり旗」を見てOgさんに「原発と原爆は、性質が違うのではないですか」と声をかけて来て、10分間位話し合いをしたようです。帰りには気持ち良くテントニュ−ス等のチラシを受け取って行ったようです。
又、先週火曜(6月17日)は「福岡の女性が来られてカンパをしてくれました」との報告がありましたが、この福岡の女性は以前より多額のカンパをして下さる人で、火曜後半の当番者が中身を確認したら、多額なので会計担当者の私に直接渡す為に本日受け取りとなった次第です。早速この福岡の女性(Ktさん)にお礼の電話をしましたら、先週火曜(6月17日)は東村山市の妹さんとご一緒にテントに来られたとの事でした、妹さんはパルシステムに勤務していて、下山さんの事はよくご存じと言っておられました。この様に全国の人達がテントに来て下さるのは1年365日抗議の座り込みをしている成果だと思います。

6月25日(水) (高木)
朝、家を出るときはザーザーの雨だったが、経産省に着くと止んでいた。少し早く着いたので、植え込みに生えている「やぶ枯らし」をとった。蒸し暑く、セッティングで大汗。座り込みを始めたとき、老婦人がわたくしたちを見ながら笑いかけて会釈をしてくださった。
今日は「子ども・甲状腺裁判」の日で、ヨーカンさんがテントでお弁当を食べて、傍聴抽選にいった。続いて、ナベさんが菓子パンを差し入れてくれてから傍聴に行った。
お米撒きおじさんが雀にお米をやった。急に雨があり、おじさんは雀を観察せず仕事に向かった。しばらくすると、ユノスケさんが「裁判の傍聴抽選に外れた」と言って、やって来た。しばらく座りこんでから参議院議員会館で行われる「子ども・甲状腺裁判」のまとめ集会に行った。そのあと、木村ゲタさんが、同じく裁判のまとめ集会に出る前にテントに寄ってくれた。ゲタさんは規制庁抗議のあと、アメリカ大使館のところで、「アメリカはネタニヤフと一緒にイラン攻撃をするな」とか「ガザ虐殺やめろ」などと言ったら、警備の警官が10人も出てきて、とり囲まれたそうだ。
雨は降ったりやんだり。ともかく蒸し暑い。財務省から文科省にかけてのところで「スルガ銀行の不正融資問題」での被害者の抗議が行われていて、マイクの声がずっと響いていた。
当番4人は、イスラエルとアメリカによるイランの核施設攻撃はあまりにもひどいということや、その報道でイスラエルのガザ・ジェノサイドが世界的にも報道されず、イスラエルとアメリカのやりたい放題になっていることなどを話した。 本当に許せない。

6月26日 (木) (I・K)
早めに霞が関に着いたら、もうUrさんがセッティングを始めていたのでびっくり。「さよなら原発」の発送を手伝いに行くため早く来たそうで、セットだけして、すぐに出かけられた。今日も、木陰のある国会通りの方(テントがあった場所)に座り込む。
ヨーカンさんとNATOが防衛費5%に引き上げたことやトランプのことなど話していると、12時近くに、月・木と議員会館前で辺野古基地反対の座り込みをしているKaさんが寄ってくれた。外国の男性が女の子のバナーを見て賛同のサインを送ってくれて嬉しかった。午後1時半頃、Okさんが来てくれ話が弾む。2時ちょっと過ぎ、Suさん・Taさんが来たあと、JKS47の人が慌ててやって来た。いつもの場所に私たちがいなかったから、びっくりしたという。実は、私たちは今日、祈祷会があることを知らなかったので、場所を移してしまったのだが、移動するのも大変なので、Suさんが椅子だけ持って、正門前に座る。ヨーカンさん・Okさんと私も少しだけ参加した後、3人で緊急の呼びかけのあった官邸前の柏崎刈羽原発緊急時対応承認についてのスタンディングに参加する。新潟から5人くらい参加しており、今日は東電株主総会もあったので、そちらに参加した人たちも参加し、内閣府への申入れもしたようです。祈祷会のことも気になっていたが、テントからの挨拶は三上さんがなさったと聞いて安心した。

=====添付資料======
・原発週報2025.6.18-6.24.docx 編集:漆原牧久
・経産省への抗議・申入書6月(木村).doc
・テントひろばニュース315号.pdf
(注)テントひろばニュース315号の内容は以下の通り。
1.6.15樺美智子さんの追悼集会を終えて(平岡さん)
2.青空川柳句会
3.戦争の時代を終わりにしなければならない (乱鬼龍)
4.本格焼酎「脱原発no nukes」を 販売します!
5. 集 会・行 動 予 定

=====今後の集会・行動等==========
◆6月29日(日)   12 時~15 時
脱原発・青空川柳句会 主 催:経産省前テントひろば・乱⿁龍
◆7月2日(水)原子力規制委員会前   12:00~13:00
◆7月2日 (水)     17 時より 18 時
第84回日本原電本店抗議行動 日本原電本店前にて
◆7月2日 (水)     18:45 より 19:45
第 142 回東電本店合同抗議行 東京電力本店前にて
呼びかけ:「経産省前テントひろば」 070-6473-1947
「たんぽぽ舎」 03-3238-9035
◆7月4日(金)経産省前抗議集会    17:00~18:00
◆7月7日(月)【114回JKS47月例祈祷会】
会場:経省前脱原発テントひろば
14:30 芸能の時間 
14:50「鎮魂 ―死者が裁く― 呪殺祈祷僧団四十七士」
15:45 終了予定
JKS47(日本祈祷団四十七士)事務局:
192-0051 八王子市元本郷町1-1-9 善龍寺内
◆7月9日(水)原子力規制委員会前   12:00~13:00
◆7月11日(金)経産省前抗議集会    17:00~18:00
主催:経産省前テントひろば 経産省正門前
経産省前の座り込み行動は、月~木:12時~16時、金:13時~17時、土・日・休日:12時 ~15時
≪経産省前テントひろば≫ ℡ 070-6473-1947 〒105-0003 港区西新橋 1-21-8 新虎ビル

========【書籍紹介1】========
◎渕上太郎遺稿集 発売中
経産省前テントひろばで販売しています。
書名:「脱原発 経産省前テント ここに在り!」
発売元:情況出版 価格:1500円のところを500円

<6月の経産省への抗議・申入書>
経済産業大臣 武藤容治様・経産省の皆様
資源エネルギー庁長官 村瀬佳史様 資源エネルギー庁の皆様

世論が示す廃炉・汚染水対策と原発推進政策に多くの国民が不安
深刻な原発事故を起こした東京電力による柏崎刈羽原発の再稼動を許してはいけません

2025年6月24日
経産省前テントひろば有志


 経産省の皆さんは愚かな原発回帰政策を推進していますが、国民世論には反対の声が大きい。「東日本大震災14年・原発」(2月18日)世論調査がそのことを示しています。
 福島第一原発事故から14年、日本世論調査会が本年3月8日に原発に関する全国郵送世論調査の結果は、多くの国民が真実を知っていることが分かります。「今すぐ」「将来的に」原発ゼロ62%の声を生かし脱原発を実現してください。

1 福島の復興が順調に進んでいない 50%以上
  福島第一原発事故で避難指示を受けた区域では、復興が「どちらかといえば順調に進んでいない」が46%、「順調に進んでいない」が21%、総計67%が順調に進んでいないと回答。
 原発事故で避難指示は受けていないが震災で被害に遭った地域では、復興が「どちらかといえば順調に進んでいない」が41%、「順調に進んでいない」が13%、総計56%が順調に進んでいないと回答。
2 廃炉作業や原発事故の現状に関心あり 77%
 「福島第一原発の廃炉作業や原発事故の現状に「関心がある」が25%、「どちらかといえば関心がある」が52%、
3 政府や東電の廃炉作業や原発事故の現状を58%が評価していない
 福島第一原発の廃炉作業に対する政府や東電の取り組みを評価しているが40%、「あまり評価していない」が46%、「全く評価していない」が12%。
4 福島第一原発が計画通りに廃炉できると思わないが60%
 福島第一原発が計画通りに廃炉できると思うは6%。
 福島第一原発が計画通りに廃炉できると思わない人の40%が「デブリを取り出せても、安全に処分する方法や処分場所が見つかるとは思えない」と考えている。
5 処理水の海洋放出後、水産物への安全性を懸念しているが50%
 懸念している13%、ある程度懸念している37%で、あまり懸念していないが35%、懸念していないが13%。
6 原子力規制委員会の審査に合格しても「深刻な事故が起きる可能性があると思う」が83%
 福島第一原発事故のような深刻な事故が再び起こる可能性があると思うが83%、深刻な事故が起きる可能性はないと思うがわずか15%。
7 放射性物質が漏れる事故が起きた場合、安全に避難できると思わないが86%
 全国の周辺自治体は国の支援の下で、事故を想定した避難計画を策定しているが、「安全に避難できると思う」がわずか12%。
8 東電が柏崎刈羽原発を再稼動させることに反対が54%
東電が柏崎刈羽原発を再稼動させることに賛成11%、どちらかといえば賛成33%、どちらかといえば反対39%、反対15%。
9 高レベル放射性廃棄物の最終処分の計画は安全だと思わない73%
高レベル放射性廃棄物の最終処分の計画は安全だと思うが24%。

10 最終処分の受け入れに反対が78%
最終処分場の調査にも受け入れにも賛成はわずか18%。調査賛成受入反対が38%、調査にも処分場の受け入れにも反対が40%。

11 将来的には原発をゼロにするが58%
原発の今後について、「今すぐゼロ」4%、「段階的に減らし、将来的にはゼロ」58%、「段階的に減らすが、原発を造り、一定数を維持する」30%、「新しい原発を造り、将来も積極的に活用していく」6%。

12 原発ゼロにする理由は再生可能エネルギー31%、事故を再び招く恐れが68%
原発を「一定数維持」の理由は「原発がなければ電気が十分に賄えないから」が80%

13 原発の運転期間延長(40年=>60年)を支持しない67%
 「運転期間延長を支持する」は30%

これらは、自公政権と経産省が進めている廃炉・汚染水対策と原発推進政策に多くの国民が不安を抱いていることを示しています。
 以上を直視し、深刻な原発事故を起こした東京電力による柏崎刈羽原発の再稼動を認めないでいただきたい。

連絡先 〒105-0003 東京都 港区西新橋1-21-8 新虎ビル2階 
経産省前テントひろば

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye5980:250630〕