映画「国宝」を観た。今年6月の公開上映以来今日までに観客数は一千万人を超え、興行収入額は百五十億円に達したと言う。
内容は、任侠—―これは美称であり、通称はやくざか博打ち、現代日本市民社会の思い上がった新造差別語では反社—―の親分の家に生まれ、父親をやくざの出入りで殺された少年が、関西歌舞伎の名門の家に引き取られ、同年の才能あり、かつ血統により将来を約束された息子と兄弟の如く、育てられ、芸を競い合い、二人は、歌舞伎舞踊の女形として愛憎地獄に投げ出される、と言った筋立てである。マイナスの血筋とプラスの血筋が天才少年と駿才少年を包み追い込む空気である。結果として、駿才少年は父親からの遺伝病で長生き出来ず、天才少年はそんなハンディが無く、芸を究め続け、人間国宝の栄誉をつかむ。
私=岩田も亦多くに観客と同じく、この三時間の大作を堪能した。
以前、「ちきゅう座」で論じたように、日本の時代劇映画では、視覚映像世界が江戸や室町であっても、BGM聴覚音響世界ではほとんど完全に現代ヨーロッパ音楽であって、両種感覚の不調和が観客の私を不安定にさせてきた。
映画「国宝」は時代劇ではなく、昭和から平成の現代劇である。だがしかし、歌舞伎世界をテーマにしているが故に、画面は江戸舞踊であって、視覚映像の鏡獅子、藤娘、娘道成寺、そして鷺娘が乗る長唄音曲の演奏力がBGM西洋オーケストラによってかき消されることなく、我々観客の耳にしっかり届く。「・・・みやこ育ちは蓮葉なものだね・・・」要するに、視覚と聴覚の調和があった。但し、クライマックスの舞踊鷺娘の最終段階では、西洋オーケストラの大音響のみが支配していた。三味線は沈黙。これは計算された演出であろう。了解できる。但し、私=岩田は、ここで空想した。このシーンで西洋音楽を一切排除して、長唄杵勝会特許の五百人邦楽大演奏に乗って鷺娘を主人公に踊らせたらどうだったであろうか、と。
私=岩田は、「国宝」を観て、唯一つ違和感があった。異様感と言っても良い。それは、主人公の個人史の節目節目を特記する年代表記がすべて西暦で画面にくっきりと刻印されていた事だ。昭和39年ではなく、1964年。昭和47年ではなく、1972年。平成何年ではなく、2000何年。
物語の内容は任侠、歌舞伎、国宝であるのだから、確実に自然に年号の世界である。私=岩田は原作を読んでいないが、原作者が小説「国宝」を西暦のみで書き通したなんて事は内容上考えられない。これは、監督李相日の血筋、すなわち朝高卒の在日第三世たる天命が命ずる所であろう。李相日が大和社会の縮図とも言えるテーマを、完璧に映像化し得た時に、年代表記をテーマに完全に順応する年号で行ったとしたら、彼は大和民族に完全に同化吸収されたことになってしまう。それほどに映画本体は大和そのものである。
李相日は、そう誤解される事を恐れて、あえて映画の内実上は不自然な西暦のみにこだわったのであろう。
映画「国宝」における任侠・やくざ・反社と歌舞伎世界の対比は、そのまま在日社会と日本社会本流の対比になる。李相日は、「国宝」を在日朝鮮人・韓国人の歴史と重ね合わせて撮らざるを得なかったであろう。かくして、年号は切り捨てられ、西暦だけが画面に主体的に刻印される。
私=岩田は、何十年となく、ユーゴスラヴィアやポーランドの友人知人達に年賀状を出して来た。その場合の日付は、決して西暦だけではなく、例えば、今年令和7年の賀状は、
Сретна Нова Година 1.1.2025・Реива7であり、
Szczęśliwego Nowego Roku 1.1.2025 Reiwa7である。西暦だけではなく、年号を必ず入れる私=岩田の思想的こだわりは、李監督が西暦だけにして、年号を切り捨てる精神に通じる。
最期に一言。国技である大相撲ではすでに久しく横綱の座に外国人がついている。別に抵抗感はない。現実の歌舞伎界では血筋の権威は揺らいでいない様ではあるが、欠血筋が勝利する「国宝」がこれだけ日本国民に受け容れられている。二世・三世の議員が優勢な政界においても、在日何世かの日本国首相が誕生することもあり得るだろう。かつて血筋故に自殺に追い込まれた在日出身の大蔵官僚・自民党政治家新井将敬の悲劇は繰り返されないだろう。
令和7年・2025年長月24日
大和左彦/岩田昌征
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