ハロッド中立技術進歩と「偏向技術モデル」に関する私見

著者: 岩田昌征 いわたまさゆき : 千葉大学名誉教授
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 H.ベルクソン『創造的進化』からの引用文は興味深い。私=岩田の具体的仕事は、比較社会主義論であれ、ユーゴスラヴィア労働者自主管理論であれ、三視座・14次元トリアーデ体系論であれ、旧ユーゴスラヴィア多民族戦争論であれ、ハーグ国際法廷批判論であれ、最近の露烏戦争に関する若干の小論であれ、「単に論理学的な形式」に沿ってと言うよりもむしろH.ベルクソンの命題「……単に論理学的な形式のもとでは、われわれの思考は、生の真の本性、進化の深い意味づけを表象できないという事も帰結できるはずである。」に沿って書かれている、と思う。私自身は、『創造的進化』を読んでいないので、「ブルマン!だよね」氏の短い引用に教えられた。
 同時に、論理学的な形式・数学的な形式に主に依拠する人達の仕事も亦素人なりに理解しておき、彼等に向けて的はずれな印象論的批評をしない為にもミクロ経済学・マクロ経済学の教科書に整理された彼等の仕事は、それなりに読んでいた。但し、現在最先端の仕事は、教科書化されていないから、読んでいない。従って、私のミクロ・マクロ経済学に関する知識は十数年前までのものである。

 「ブルマン!だよね」氏は、「取りあえずネットで調べると出てくる。」とか、「これまたネットで教えるところでは……」と言って、ソロー証明の前提を以下の三つにまとめる。
 ①定常成長パス、balanced growth pathの存在。
 ②資本/労働比率が定常状態で一定に収束。
 ③ 一定の代替可能性を持つ新古典的生産関数。
以上の三前提は、そもそもソロー成長論を語る時の初発的大前提であった。

 ①について。ロバート M・ソロー教授は、ハロッド中立型技術進歩仮定の必要性の数式証明を提示した直後に次のように述べている。「もしわれわれが指数的恒常状態への興味を失うのであれば、技術進歩の性質についてこうした仮定を設ける必要もなくなるであろう。そのときにはわれわれは生産関数として気に入るどんなものを選んでよく、ただその微分方程式を必要ならば数値的に解きさえすえばよい。」(『成長理論〔第2版〕』、岩波書店、2000年、p.158)、「が、そうした指数的恒常状態への関心は決して気紛れなものではないことをこのさい強調しておこう。恒常状態は頻繁に現実の有用な要約的記述であると考えられているのである。」(p.158、強調は岩田)
 「ブルマン!だよね」氏は、ハロッド中立型技術進歩仮説は、実証ではなく、数学的整理にすぎない、と強調する。M.ソローの主張は、私見によれば、理論に基づく実証を可能にする数学的整理だと見るべきであろう。
 ②について。「ブルマン!だよね」氏は、ソロー中立を入れると、資本K/労働Lの比率kが暴走する事とハロッド中立では定常(恒常)成長パスが維持される事を認めている。新古典派生産関数y=f(k)は、稲田条件を大前提にしているから、kの暴走の終着駅は、f(0)かf(∞)になる。両者ともに実証分析の基準にならない。
 恒常(定常)状態、すなわちk₍t₎の時間微分=0の解、すなわちkの定値を可能にするハロッド中立型技術進歩こそ実証的現実分析の基礎となり得る。単なる数学的整理としてけなす訳には行かないだろう。
 ③新古典派的生産関数について。この関数は、KとLの一定の代替可能性とKとLに関する一次同次性を想定する。前者は、生産要素KとLの報酬の限界原理を保証する。後者は、KとLの報酬の合計が過不足なく、Y=国民所得に等しくなる事を必然とする。
 前者の限界原理は、市場競争と言う経済社会的行動という裏付けがあり、それで説明できるかも知れない。しかしながら、一次同次性は、市場の内部に一次同次性を生み出す原因=経済行動が見あたらない。読みすぎかも知れないが、この点で私=岩田と「ブルマン!だよね」氏は、新古典派成長論の前提に違和感を持っているのかも知れない。

 偏向技術モデルに関する御教示感謝。
 ここで素人の無謀な思い付きを披露したい。
 Y₍t₎=F(b₍t₎K、a₍t₎L)において、技術水準向上を議論しているのであるから、a≧1とb≧1である。ここでa=bの時、Fの一次同次性によってY₍t₎=a₍t₎F(K、L)、あるいはY₍t₎=b₍t₎F(K、L)になる。すなわちヒックス中立型である。
 次いで、Y₍t₎=b₍t₎F(K、a₍t₎/ b₍t₎L)、ここでa₍t₎/b₍t₎≧1、これはハロッド中立型とヒックス中立型の結合。
 最後に、Y₍t₎=a₍t₎F(b₍t₎/a₍t₎K、L)、ここでb₍t₎/a₍t₎₎≧1、これはソロー中立型とヒックス型の結合。
 あらためてb₍t₎Fとa₍t₎Fを夫々Fと見なすと、すなわち分母=弱い方を1に基準化すれば、通常のハロッド中立型Y=F(K、a₍t₎L)とソロー中立型Y₍t₎=F(b₍t₎K、L)になる。今日のハロッド中立中心主義は、偏向技術論と整合する。
 偏向技術論の専門的数学的定式を読みたいものだ。岩田流に評すれば、a₍t₎とb₍t₎の力関係が要のようだ。
 私=岩田が見るかぎり、中級や上級の教科書のすべてがハロッド中立a₍t₎、A₍t₎を採用している。その理由は、「教育用モデル」における便利さだと、「ブルマン!だよね」氏は根拠なく斬って捨てる。教科書執筆者の諸教授・諸専門家に直接会ってかかる断定が真実かどうか知りたいものだ。私=岩田には真偽は答えられない。
 「ブルマン!だよね」氏に自問自答してほしい。教科書にソロー中立やヒックス中立を採用したら、「教育用モデル」としてどんな不便があるのだろうか、と。

 ソロー残差・全要素生産性・ハロッド中立型技術の三位一体に関して。三概念を等号で結んだ記憶はないし、事実もない。夫々に量的に質的に共通性だけでなく、多少差があるからこそ、父と子と聖霊の三位一体になぞらえたのだ。H.ベルクソンを引用される「ブルマン!だよね」氏らしからぬ評言である。

       令和7年11月20日

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔study1372:251124〕