プーチンで交叉する武道理性と人文悟性――嘉納治五郎と例えばハーバーマス――

 去年のある時、プーチン、プーチンとさわがれているのに、私=岩田は、プーチンの論文なるものを露語で読んでいなかった、と気付いた。そこで、神保町に露語専門の書店を訪ね、プーチンの諸論文の合冊を買いたいと、店員に申し出た。ところが、その店はプーチン批判派に与するようで、「うちではプーチンのものを取り扱っていない。」との素っ気ない返事であった。
 店内を見てまわっていると、表紙にプーチンの顔と名前の出ている本を一冊だけ見付けて、買い求めた。Александр Казаков、ЛИС СЕВЕРА Большая Стратегия Владимира  Путина、Питер、Санкт-Петербрг・Москва・Минск、2024、である。2019年前に発表された著者カザコフのプーチン諸論の集成である。
 書名『北狐 ウラジーミル・プーチンの大戦略』にある「北狐」とは何か。意味がわからないまま読んでいると、以下の一文がゴシック体で強調されていた。「米国人と欧州人は、自分達と大試合を演じている相手は《ヨーロッパ人》プーチン(《クレムリンのドイツ人》)であると考えている。だがしかし、実際は、かつてナポレオンがクトゥーゾフをそう呼んだように、《北狐》が大試合を斗かっているのだ。選択科目として中国兵学と西欧兵学を修めた真にビザンチン流の軍師が、である。」(pp.84-85)
 ロシア人のプーチンがロシア正教文明の源流=千年帝国ビザンチンの兵法を知っていても不思議ではない。十年近くKGB将校としてドイツで働いた人物が西欧兵学に通じていても当然である。だがしかし、中国数千年の兵学との接触は如何にして。著者によれば、それは、プーチンが十代前半の少年の頃に知った講道館柔道を通してであった。
 著者によれば、嘉納治五郎は、「プーチンにとって無条件の権威」(p.49)である。嘉納治五郎と並んで、同ページには、禅僧沢庵、起倒流柔術、陳元贇などの多くのロシア人読者にとっては意味不明な、しかし日本人にとっては懐かしい名前・名称が登場する。『北狐』に言及されていないが、嘉納治五郎の理念「精力善用、自他共栄」は、プーチンによって共有されている。
 「柔道の基本五原則」がプーチン・ロシアの国際的大戦略形成の文脈で紹介される。

 1.高所より全局を観ること(観察・熟考):自分と相手、周囲の状況を注意深く観察し、全体像を把握する。
 2.先を越すこと(先手):何事も機先を制す。
 3.熟慮断行すること。
 4.止まるべきことを知ること。
 5.中道を歩むこと:極端に走らず、慢心も卑下せず、常に心の均衡を保つ。(p.50)  

 著者は、上記五原則を「柔道の基本五原則」としているが、本家の講道館では柔道が教える「人生の五原則」であると定位している。

 プーチンが大統領になる以前に、柔道仲間三人で執筆し、大統領になってから出版した柔道書が在るのを本書で知った。Учимся дзюдо с Владимиром. М.、Абрис、2018、『プーチンと共に柔道を学ぶ』である。著者は、2018年出版の物を引照しているが、私=岩田が世田谷区立図書館で調べたところ、山下泰裕/小林和男編『プーチンと柔道の心』(朝日新聞出版)としてすでに2009年に日本語版抄訳が出版されている。それによると、ロシア語原著は2003年にロシアのオルマ・プレスより刊行されていた。『北狐』の著者は、相当に遅くプーチンと柔道の関係を知ったのかも知れない。また、驚くべきことに『プーチンと柔道の心』の訳者は、ロシア人のイーゴリ・アレクサンドロフである。ロシアの日本学の深さを知る。

 『北狐』を読み通す必要上、嘉納治五郎と柔道を知らねばならない。それで区立図書館から真田久著『嘉納治五郎』(潮文庫)と筒井清忠編『明治史講義[人物編]』(ちくま新書)、そして『プーチンと柔道の心』を借り出した。一読して驚いた。プーチン等三人の講道館柔道創成期の叙述の方が日本人二人の著作より密度が高いだけでなく、ロシア人三人の方が柔道に内在する、あるいは内在すべきと彼等が思っている「武士道」にも言及しているのだ。もっとも、真田久著(pp.10-12)が記述している熊本第五高等中学校で嘉納治五郎と交流したラフカディオ・ハーンによる柔道の海外紹介には言及していない。若干長くなるが、『プーチンと柔道の心』の一節を引用しよう。

 ――1989年の世界大会で一位の台座に上る日本の古賀稔彦選手……。……世界チャンピオン古賀が、柔道着の袖で男泣きの涙を拭うその姿には、心身すべてを柔道に捧げた男の気持が余すところなく表れていた。しかし、一般スポーツにおいてわれわれが普通に目にし、自然と感ずる感情は、嘉納柔道においては必ずしも適当とは限らない。
 武士道の芳香を残す嘉納の理論構築のもとは、起倒流宗家代々に伝わる17世紀の禅僧沢庵秘伝の教えである。沢庵は、勝利は堅固なる精神と意志の集中によってこそ得られるものと説いた。とらわれのない無と不動の心、そして何事にも動じない冷静さ、これこそ闘いの奥義であり、そこに感情の入る余地はないのだ。――(pp.100-101)

 プーチン論『北狐』の著者アレクサンドル・カザコフは、『北狐』(p.49)で上記の「武士道の芳香……秘伝の教えである。」を、(p.54)で「沢庵は、……感情の入る余地はないのだ。」と一段落を二分して、別々に引用している。

 『プーチンと柔道の心』に不良少年時代のプーチンの姿が、プーチン自身の口で語られている。

 ――私は子供の頃不良だったのです。……つまり、他の子供達と一緒に、通りでよたっていたということです。ですから、私は「通りで育った」と言ってもいいでしょう。……そのため母が仕事を辞めたくらいです。特にあの位の年齢だと、何か揉め事が起きたときには、……。たいていは、掴み合いの喧嘩です。……、強いものが正しい、ということになるのです。――(pp.55-56)

 プーチン少年は、日本の実例で言えば、地下格闘技の皇帝萩原京平や豊橋の「路上の伝説」、少年院で更生し、日本MMA(総合格闘技)の輝ける星(去年の大晦日まで)であった朝倉未来(みくる)と全く同じタイプの少年だった。そんなプーチン少年が柔道と出会ったのは、同じく「通り」の小世界で「いい顔をするために」だった。だが、柔道鍛錬の中でプーチン少年は、京平や未来がルールあるMMAライジンの中で、変われたように、変わっていった。

 ――コーチのセンセイや柔道のルール、スポーツクラブの中の人間関係というものから影響を受けて、人生や他の人、周りの世界、友人たちに対する考え方も変わってきました。……。自分の力を見せるために通りで喧嘩をする必要はなくなりました。柔道で、畳の上で自分を鍛えればいいのです。そこにはルールというものがあります。「通り」にはルールはありません。柔道の世界には厳格なルールがあり、自分の力を見せようと思ったら、ルールの枠の中でやらなければなりません。――(pp.56-57、強調は岩田)

 かくして、プーチン少年は、柔道だけでなく、やがて、京平や未来とは違って、ノーマル少年の常道でもある勉強にも精を出しはじめ、レニングラード大学法学部に進学し、国家情報将校を経て、ロシア大統領になる。そして、『北狐』の著者カザコフが記すように、Дзигоро Кано、безусловный авторитет для Путина、ялонски мастер、嘉納治五郎は、プーチンにとって「無条件の権威」となる。
 大統領公邸から200メートルほど離れた所にある建物にプーチンの道場がある。建物に入ると、嘉納治五郎のブロンズ像が置かれている。『プーチンと柔道の心』の編者の一人、ジャーナリスト小林和男は、書く。「座像の横が道場への入り口になっている。大統領に促されて道場に入り、私は恥をさらした。プーチン大統領は入口でぴしっと立ち、礼をしてから入ったのだ。……。……。しかしプーチン大統領は私の非を不快に思うそぶりも見せず、道場の案内をしてくれた。」(pp.70-71、強調は岩田)

 嘉納治五郎とプーチンの人生は、非対照である。治五郎日本少年は、プーチン露国少年と同じ年頃だった時、まじめな勉強家であったが、弱虫でいじめられっ子であった。東京大学に入学してから、いじめられて手も足も出なかった口惜しさを弾条として、格闘技の柔術を学びはじめた。そして柔術を柔道に止揚させた。そんな柔道がいじめっ子プーチンを更生させたのである。まさに、その意味でプーチンは現在の日本政治家の誰よりも明治維新の影響下にあるのかも知れない。長州の安倍首相との交流の底にある歴史が見える。

 ここに大問題が在る。2022年2月24日に開始された特別軍事作戦と称されるプーチンが発動した対ウクライナ侵略である。これはプーチンの「ルール」と「礼」の感覚に矛盾する。一般に人が少年時代に悟ったルール観念と礼感覚は、歳とともに消え去るものではない。

 明治天皇最晩年の御製にあり。

     若きよにおもひさだめしまごころは

        としをふれどもまよはざりけり

 プーチンが情報将校から国際政治家になった時に経験した国際法、すなわち国際的約束は、果たして、柔道やスポーツのルールや礼ほどに試合する者達や試合を観る者達に人格的に定着しているものだろうか。
 柔道等の試合では反則で真に負ける事はあっても、真に勝つことはない。選(戦)手自身が納得しないし、観客たちも反則に対して、応援の立場を超越して会場を圧する抗議のブーイング・野次が飛び交うであろう。
 国際紛争の場合、国際法・国際条約の場合、かかる皆声・大声・天声は不在である。特に侵略・被侵略という国家の存亡がかかっている場合、紛争・戦争の当事者ではない第三の人々も亦、全世界的に一致団結して、侵略国を糾弾できるわけではない。不幸かつ運命的実例を出そう。プーチンが大統領になる直前、1999年3月24日にクリントン大統領・オルブライト国務長官によって突然発動された対セルビアNATO大空爆は、78日間連日連夜一独立主権小国家の主権を侵害しつづけた。日本市民社会の知性(たとえば東京大学教授故坂本義和・・・)も亦、北米西欧市民社会の知性(たとえば故ハーバーマス・・・)と同じくではないが、この大空爆を止むを得ないと大肯定した。非軍事面の被害は、collateral(付随的・副次的)として黙殺した。そのうえ日本の反体制派左翼さえその99%もそれに大同調した。右翼関係では一水会だけがアメリカ大使館に抗議デモをかけた。
 当時のNATOは、19ヶ国。主要空爆国の米英仏独のうち三ヶ国米英仏は、国連安保理常任理事国である。そして、ロシアは、被侵略国セルビアによる武器援助要請を拒絶した。第三次世界大戦への転換を恐れたからである。かくして、自衛戦争を戦った大統領は、逮捕され、ハーグ市民社会の牢内で獄死した。また自衛戦争を現場指揮したセルビア軍将校たちは起訴され、最近まで西欧諸国の獄中にあった。そんな国際情勢下にプーチンは、大統領に就任した。
 プーチン大統領・ラブロフ外相によるウクライナ侵略に関しては、状況は正反対である。侵略国ロシアが国連安保理常任理事国である点は同じであるが、被侵略国ウクライナによる武器支援要請に対して、NATO諸国は全面的に応諾している。2022年4月9日には英国首相ボリス・ジョンソンは99%成立しかかっていた烏露講和をキーウ(キエフ)にわざわざ出向いて破砕した。第三次世界大戦への転換を恐れていないようである。日本市民社会と反体制派左翼の99%は、反侵略一辺倒だ。ただし民族派の一水会だけは、プーチン侵略には止むを得ない客観的な理由があるとする。一水会トップ木村三浩は嘉納とプーチンの師弟関係を熟知している。

 私=岩田の仮説はこうである。プーチン大統領就任時前後、米欧市民社会と日本市民社会の圧倒的多数が「セルビア非難には客観的理由があるとは思うが、そのために主権独立国家に戦争を一方的に仕掛ける事だけは市民社会の名誉にかけて絶対に許せない。それは国際法侵犯のみならず、人間のルール違反だ。」と反クリントン・反オルブライト大市民運動を連日連夜展開していたならば、どうだったであろうか。柔道のルールと礼が身体にしみついているプーチンは、2022年2月24日、特別軍事作戦とは異なった方法をとったのではなかろうか。1999年3月24日以降の米欧日市民社会の指導的悟性(たとえば故ハーバーマス、故坂本義和・・・)は、大統領になったばかりのプーチンに国際法は柔道のルールや礼のレベルに成熟していない、またそうなる見込みのない単なる口説にすぎない、と実地教育で教え込んでしまった。「『通り』にはルールがありません。」の世界が国際社会だ、と。

 理想論を語る。だがしかし、大国の指導者には責任がある。民主自由主義国ドイツや自由民主主義国日本の人文知性人達は、NATOの対新ユーゴスラヴィア(セルビアとモンテネグロ)侵略、セルビア領15%の強制剥奪、モンテネグロの離脱を理論的に弁護肯定していたけれども、権威指導主義国ロシア大統領たる自分は、嘉納柔道に導かれて離脱したあのルール無き「通り」のような世界に、すなわち侵略が肯定される世界に再び戻ることはないと決断できたはずだ。

         2026年・令和8年1月17日(土)    岩田昌征/大和左彦

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