「中道」は自滅する

著者: 土田修 : ル・モンド・ディプロマティーク日本語版編集員
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 「なぜ、今なのか。高市早苗が、内閣総理大臣で良いのかどうか、今、主権者たる国民の皆様に決めていただく、それしかない」。高市早苗首相は1月19日、記者会見の冒頭、通常国会の冒頭解散についてこう発言した。高市首相は「(支持率が高い)今なら選挙に勝てる」とばかり、自民党よりも「高市」個人への「信任」を求めて大義なき解散に突き進んだ。
 だが、高市首相は選挙に勝てば「白紙委任状」を得たとばかりに「独裁政治」を進める可能性がある。スパイ防止法、防衛力強化、「5類型」撤廃、外国人政策の厳格化など自維連立合意書に記載されている「右傾化」政策を遂行するのは間違いない。投票日までの日数がないうえ、急拵えの新党「中道改革連合」や左派政党の支持率は思いのほか低いようだ。加えてSNSの活用による若者の取り込みにも成功しているようだ。
 ところで、冒頭の記者会見の発言は、ヒトラーが首相になった直後の1933年2月10日にベルリンのスポーツ宮殿で行った公開演説を想起させるものだった。ヒトラーの背後には、ナチスのプロパガンダを広め、ナチ党の勢力拡大に貢献した宣伝全国指導者のゲッべルスがいた。
 語気の強め方や身振りなど高市首相の演説にも、ヒトラーを彷彿とさせるものがあるのだが、高市首相の背後には誰かプロパガンダ指導者が存在するのだろうか。日本会議の幹部が高市首相のスピーチライターとも言われている。「外国人が奈良公園の鹿を蹴っていた」という根拠のない発言もその人物の創作らしい。
 いずれにせよ自らを「救世主」として押し出し、連立合意書を背後に隠し、検討を加速するだけの「食料品消費税ゼロ」を一番の公約に掲げる詐欺師ぶりには驚くほかない。公約などその場限りの口約束で充分なのだ。演説の途中で高市首相が見せる作り笑いは、ヒトラーやムッソリーニなど、何のイデオロギーや思想をも持たないファシストらの虚ろな苦笑いとよく似ている。陽気さをアピールするときに見せるトランプ大統領の作り笑いも同じだ。

◾️「右派」や「極右」にすり寄る「中道」
 高市首相の「自己信任解散」の話が長くなってしまったが、それに呼応するように、立憲民主党と公明党の衆議院議員が新党「中道改革連合」を結成した。「中道」「改革」という言葉が、いかにも真面目で堅実な斉藤鉄夫共同代表の人間性を表しているようだが、個人的にはこの党を「シン・公明党」と呼ぶことにしている。
 というのも、立憲民主党が公明党の綱領と政策に簡単に乗ってしまったという印象を受けているからだ。野田佳彦共同代表の顔色が冴えず、NHKの政見放送でも嬉々とした斉藤氏に比べて元気がないように見える。政見放送の最後に、高齢者の2人が声を合わせて投票を呼び掛ける姿には「悲哀」さえ感じてしまった。
 問題は今頃なぜ、高市「極右」政権を倒すのに、「中道」などという曖昧な言葉を使ったのかということだ。「中道とは、イデオロギー的には左派でも右派でもない「真ん中」の政治的立場を意味するが、世界的に「リベラル・デモクラシー体制」を標榜する中道勢力が勝利を収めたのは1989年の冷戦終結によってだった。そうした状況の中で、米国でも英国でも左派がネオリベラル体制に取り込まれ、右派以上に熱心にネオリベラル政策を推進してきた。クリントンやブレアの時代のことだ。
 フランスでは1980年代に、社会党のミッテラン政権が「社会主義プロジェクト」を捨てて「中道」へと舵を切り、経済政策が財政均衡や市場志向の方向へと変化する「ネオリベラルな転回」を果たしている。
 日本はといえば、1980年代に中曽根康弘がサッチャー・レーガンに呼応してネオリベラリズム政策を遂行した。その中で中道リベラル化を進めていた社会党は1996年に消滅した。かつて「革新」勢力であった「中道」政党は保守の補完勢力と化し、ネオリベラルな政策を強化するのに手を貸してきた。
 同様に「中道」は「極右」の肥やしになる。ファシズムを生み出すこともある。フランスのマクロン政権は、「極右」と「極左」を切り捨て、「中道リベラル」に舵を切った「左派」と「右派」を取り込む「中道」路線を標榜してきた。だが、「中道」とは名ばかりで、結局、「左派」より「右派」や「極右」に親和性を感じている財界に引きずられ、年金改革や出生地主義の変更に関する重要法案を、極右政党「国民連合(RN)」が小躍りして喜ぶような内容に変更して国会を通過させている。2024年の国民議会解散など、政治不信を招いた理不尽なマクロン大統領の行動によって、中道路線を掲げマクロニズムは地に堕ち、黄昏のマクロン「皇帝」は今やファシズムの入り口に立っている。
 結局、「中道」が「極右」を醸成してきたのだ。その結果、各種世論調査を見る限り、2027年の大統領選挙でRN候補が勝利する可能性が限りなく高まっている。ミッテランが1986年の国民議会選挙で、右派を抑えるため比例代表制を導入した結果、RNの前身である「国民戦線(FN)」が577議席中35議席を獲得、初めて「国会勢力」として可視化されることになった。
 英国では「EU離脱選挙」をめぐって労働党は、権力を掌握する企業寄りのブレア派と社会民主主義の中道左派に分裂した。ブレア派は自由民主的な保守主義とともに、英国社会における「中道」を体現していた。
 「中道は自滅する」と宣言しているアメリカの経済人類学者デヴィッド・グレーバーは英国労働党の右傾化を通して、「英国政治における中道はくすぶる燃えカスになった」と書いた(酒井隆史・山下雄大編著『エキストリーム・センター』以文社)。
 中道が自滅する運命にあることは歴史が証明している。

 初出:新聞「救援」2月号からの転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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