私は年明けてからタイに渡航しました。1年ぶりになりますが、日本とは全く違う暑さ、時間の流れ、人々の感じ方に、日本の生活で辟易していた私には、心地良さを感じる毎日でした。
ですがここバンコクに着いて、まず直面したのは円安でした。少し前なら1万円を両替したら、3000B(バーツ)は換金できましたが、今回は1万円が2000Bにしかなりませんでした。円安が進行して、現地で使える金額が目減りしていました。5円で1Bとなる計算です。また薄々以前から感じてはいましたが、タイ自体の物価が上昇して、一段と何でも高くなっていました。ダブルパンチです。以前とは違う。一層厳しくなったと。また日本の相対的な凋落も併せて感じることになりました。よって現地でも、何でも値段を見たり聞いたりするようになりました。
その後バンコク市内に移動して、安宿に投宿。街中を少し歩き、セブンイレブンに入りました。
すると以前より、セブンイレブンのレジの店員さんの動きが手際よくスムーズになっていました。また少し歩いてみると、どうも抹茶味がブームになっているようでそこかしこで見かけました。
でも私は、早くなった店員さんの動きに一抹の寂しさを感じました。近代化して効率化したスマートなタイって、どうなんだろう?また抹茶味という苦味を含んだ味が受け入れられるようになったのも、タイ経済の底上げや都市化の産物と言えましょう。
外国人の勝手な言い分になりますが、経済が発展して社会が近代化するということは、良いことばかりとは限らないことを思い出しました。
さて、どうも定住者以外の外国人の銀行口座はほぼ全て凍結されている模様でした。理由はフィリピンやミャンマーなどの他に、今は隣国のカンボジアが特殊詐欺の一大拠点化し、タイ人も多数が騙されているようです。タイがマネーロンダリングの場になり、拠点が移って来るのをタイ政府はとても警戒しているためでしょう。また東南アジア自体が経済発展してきたこともあります。私は特殊詐欺とは無縁なのに、余波で口座が無くなるのは困ると考え、銀行に向かいました。
銀行は東南アジアは華人系のものばかりです。空調の効いた銀行内。スーツ姿の華人が多く、私はとても場違いな感を受けました。だいぶ緊張して、担当者に頼みました。すると「今は審査がとても厳しくなった」。と渋い顔をされました。「タイでの住居や携帯電話の契約書も必要」と言われました。それでも限定的でもなんとか口座が復活して、少ないですが、自分のお金が確保できました。
次の日の朝は、シーク教の寺院に行き、無料で朝食の施しを受けてみました。カレーです。そこではお金の無い人も食事ができます。ここではインド人、タイ人、それに出稼ぎのミャンマー人、日本人の高齢者もいました。床にターバンの人たちと並んで座り、宗教音楽の流れる中の朝食です。異国の中の異国。旅情にあふれ、カレーは油や香辛料に頼らない優しい味がしました。
その後で、バンコクでは中心部のサヤーム駅近くの文化センター前や高架歩道橋広場で左派改革派である民衆党が、大学生を中心に不正選挙告発の集会が開かれていたため、私はどんなものかと見てみました。
会場は既に支持者でかなり埋まっていました。主体は大学生、その他に年配の参加者もかなりいました。その他に場を盛り上げるためかフォークスタイルのミュージシャンも。手書きのタイ語で書かれた手製のものや自前でプリントアウトした英語のスローガンを両手で掲げていました。年配グループの婦人の中には鍋やフライパンを叩いている人もいました。これはミャンマーの民主化運動の影響、また黒いシャツが多いのは、香港の國安法反対の影響が感じられました。社会運動も今や国境を越える時代になっています。大学生はエリート大学のキャンパスから来た感がありました。それに報道のカメラマンが多数詰めかけてレンズを構えているのがものものしさを感じさせます。
集会が始まるとしだいに熱を帯びてきました。内容は不正選挙は無効だ、再投票を、だけではありませんでした。掲げている手製の紙を見ると、国民投票をやろう。投票の秘密を守れ。選挙管理委員会は不正行為を続けている、恥を知れ。当局の監視下での投票では民主主義は死ぬ。人々の声が聞こえますか?いつまで私たちは古くて腐った状態に留まらなければならないのでしょうか。今こそ公正な選挙を。それに、票を集めるために戦争を利用するのはやめてください。政治的利益のために戦争を利用するのはやめなさい。という鋭い指摘もありました。他にもバリケードの向こうに、あなたが見たい世界はありますか?という問いかけには言葉がありません。既にチョンブリ県では私の仲間の活動家、特に政治活動に携わる人々が依然として、標的にされ、殺害されています。タイはもうこんな状況に陥っているのです。共に社会を築きましょう。お金と引き換えにタイを破滅させることに加担してはなりません。私たちは団結できます。
演説の終わりには、「私たちは新しく結成された独立市民グループです。このグループを結成するために集まったごく普通の人々です。私たちのソーシャルメディアアカウントをフォローしてください。『独立市民』という呼称を使用します。また近いうちにお会いしましょう。ありがとうございました。本日の活動はこれで終了です。明日は、タマサート・アライアンスが午後5時からスカイウォークで活動を行います。ぜひお越しください。ありがとうございました」と言っていました。
私はこれらを掲げて訴えている民衆党支持の学生他と一時を過ごしていました。もちろん国は違いますし、言葉も解しません。それに互いのことはおろか、名前さえ知りません。
しかし、私とタイの学生たちにはたった一つの共通点があります。それは「自由を摑みたい」という気持ちです。私は彼らと出会えて嬉しい限りです。
彼らは不公正や不平等がまかり通る、独断専行の右翼政権に対して立ち上がっています。もう貴族や権威には屈しないでしょう。
海外にはまだ仲間がたくさんいて、孤立していません。日本の左派も勇気を持って反転攻勢をしてほしいと思いました。海外から応援してくれるはずです。
短い日にちの、節約旅行でした。そのため有名な観光スポットもあまり訪れずに終わってしまいました。ですが少し気持ちが軽くなった、印象に残ることが多い滞在だったと感じています。
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