ディスカウントエコノミーで疲れるし、空港での手荷物検査は煩わしい。できれば飛行機には乗りたくない。ましてや面倒な海外出張、行かないで済むなら済ませたい。そこに同時多発テロ、空港によっては、ここまでやるかという検査になった。まるで犯罪者扱いじゃないかと文句の一言もいいたくなる。着いてからが仕事なのに、乗る前に疲れてしまう。
七十年代の後半、手荷物検査はすでに煩わしいものだったが、今とは比べようのないほど簡単だった。パソコンもなければ、携帯やスマホもない。検査は持ちこみのバッグだけ。そのバッグもX線を通して終わり。開けて中身をはめったにない。設定ででしかないと思うのだが、どういうわけか小さな空港の方が金属探知機の感度がいい。そこで、たまに小銭入れにいれた硬貨がひっかることはあっても、ゲートを歩いて抜けるだけだった。空港を一歩でれば銃が氾濫しているところで、PETボトルの水を取り上げらたり、ベルトを外して靴脱いでなんて考えもしなかった。
のんびりした時代だったのだろう、今日日の煩い検査からは考えられない走り込み搭乗を何度かしたことがある。大きなバッグを二つ持って出張に行っていた。一つは書類や着替えに日用洗面道具を入れたバッグで大した重さもない。チェックインすればバッグが痛むから、手荷物で機内に持ち込んでいた。もう一つが工具箱で、こっちは重さ十キロはくだらない。スパナやレンチにやすりやハンマーにちょっとした専用工具。そこにO-リングや子ネジなどの細々とした機械部品、どこかで使って余った潤滑剤やらシーリング材、あげくが油と切粉(きりこ)だらけの安全靴まで入っていた。
スパナやレンチの入った工具箱は手荷物で機内に持ち込めない。チェックインしなければならないはずなのに、それを何度も持ちこんだ。レンタカー屋で車を返してシャトルバスで空港ビルに着く。そこから航空会社のチェックインカウンターに行ってチェックインなのだが、出発時間ぎりぎりだと、手荷物をチェックインしようにも、航空会社には手荷物を機体まで運ぶ時間がない。搭乗券をもらって手荷物で持ちこむしかない。仕事でトラブル可能性があるから、最終便を予約していることが多かった。乗りそこなうと、空港の近くで一泊しなければならない。なんとしても最終便に乗ろうと、搭乗券片手に手荷物検査に駆け込む。係官に状況を説明して、工具箱も機内への持ち込みを許してもらう。それはもうバタバタで、手荷物検査の係官に航空会社の出発ゲートに連絡してもらう。「もうすぐ乗客が一人そっちにゆくから、ゲートを閉めないで待っててくれ」
工具箱はX線を通してでは終わらない。よいしょという感じで台の上に工具箱を載せて、係官がふたを開けるのだが、最初に目にするのは油だらけ切り粉だらけの安全靴。どれもこれも触るのをためらうものばかり。ふたを開けて締めて検査が終わる。なかには手が油になるのを気にしながら、工具類をごそごそやって、見たことのない形が気になるのか、専用工具を摘み上げて、これなんだと訊くのがいる。説明したところで分かりゃしない。スペシャルツールだと言えば、分かりもせずに納得する。
右手に工具箱、左手の着替えやらなんやらのバッグを持って、ゲートに走ってゆく。航空会社の係りの人がゲートから通路にでてきて、早く来いと手を振っているのが見える。両手に荷物下げてるから手は使えない。首を縦に振って、ちょっと待ってろ、すぐだからとゲートに走り込んでゆく。機内に入ったら、すぐにドアが閉まって、工具箱をスチュワーデスに預けて、搭乗券に書いてある座席に息を切らせて歩いてゆく。そこで、お前のせいで出発が遅れたじゃないかという乗客の冷たい視線を浴びることになる。それでも乗れるのと乗り損なうのとでは一泊違う。なんとしてでも乗りたかったし、乗らなければならない次の予定があった。
こんなことをしていれば、乗り損なうこともある。へとへとになりながらゲートに走り込んで、搭乗への通路を走って行ったら、機体が通路から数十センチ離れたいたなんてこともある。しょうがない、チェックインカウンターに戻って、可能性のあるフライト探しになる。最悪の場合はレンタカーを借りて一泊するしかない。
ある日、検査官が工具箱の検査を始めた横に気の利いた検査官がいて、スカイキャプテン(手荷物運びサービス)を呼んでくれた。制服を着た体格のいい黒人で、重い工具箱をなんなく持って、二人でゲートに走り込んでいった。そのまま搭乗への通路に入って、スカイキャプテンから工具箱を受け取って、機体に飛び込むように入った。入ったとたんにドアを閉められて、スカイキャプテンにチップを払えない。チップをもらい損ねたスカイキャプテンが、えぇーそりゃないだろうと、あわをくっているのが見える。見えはするがどうしようもない。申し訳ない、声には出さなかったが、「Sorry, than you.」の口をパクパクがスカイキャプテンから見えてたと思う。
いつになったら昔の簡単なセキュリティチェックで乗れるようになるのだろう。飛んでいる時間は短くても、乗る前にかかる時間と降りてからの公共交通へのアクセスもあって、かかる時間は新幹線とたいして変わらないことも多い。新幹線なら、駆け込み乗車もできるし、乗り損なってもすぐに次がある。飛行機にはない寝る時間まである。
<折りたたみ式キャリーカート>
仕事のできないヤツに限って、あれもこれもと道具を持ってゆく。専用工具があればなんでもないものをという障害に遭遇するたびに、専用工具が追加された。工具箱には先輩駐在員が驚くほどいろいろなものが入っていた。なんでそこまでと思うものまで入っているから、重くてしょうがない。
なんとかならないかと、スチュワーデスが使っているキャリーカートがあればと思って買った。工具箱を載せてカートを引っ張ったら、動かずにパイプが曲がって壊れた。スチュワーデスが使うやわいカートには重すぎた。どこだったが忘れてしまったが、空港のショップでヘビーデューティーのカートを見つけた。タイヤも大きければ、パイプの太さも違うしっかりしたものだった。工具箱を載せてもびくともしない。ただ、カートだけでもかなりの重さがあって、また荷物が重くなった。
そのごついカート、どこで買ったとスチュワーデスからよく訊かれた。やわいカートでは手でもっても苦にならないものまでしか載せられない。まさかスチュワーデスとして格好をつけようとして使っている訳でもないと思うのだが、使う意味がどこまであるのか、余計なお世話で申し訳ないが、見る度に気になる。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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