自衛官の本音―護憲

著者: 藤澤豊 ふじさわゆたか : ビジネス傭兵
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「先輩、この間の話なんですけど……」

「まあ、そう先を急ぐなって」「門限までに帰ればいいんだし、せっかくこんなところまで来たんだ、ちょっと飲んで一曲、二曲歌ってからにしようや」

「そうっすよね」

「とりあえず生中二つと、枝豆と、ええーっとお前何がいい?」

「おれっすか、ミックスピザとパンケーキと、それとスパイシーフライと、」

「おいおい、足りなきゃ、また後で頼みゃいいだから、そのくらいにしとけよ」

「すんません。いつもろくなもんくってないから、ついどれもこれもうまそうで」

「オレは後でいいから、お前先に選べ」

「いいんすか先で?」「じゃあ、遠慮なくいきますよ」

「えーっと、このパネル操作、面倒っすね」

「どこも似たようなもんじゃねぇのか?」「慣れてねぇってだけだろう」

「やっぱ演歌っすよね」「演歌じゃなけりゃ、日本人じゃねぇって」「でも、先輩なんで変な英語がはいった歌ばっかりなんすか?」

「バカヤロー、それが都会の若いもんの常識だ」「おめぇみたいに、吉幾三の世界からできた田舎もんにゃわかんねぇよ」

「お前、そんなに日本の日本のって言うんだったら、都都逸か長唄でも歌ってみたらいいんじゃないか」「いや、そんなもんより、いっそうのこと雅楽でも始めたらどうだ」

「先輩、ちゃかさないでくださいよ」「真面目な話なんすから、この間の話ですけど」

「おい、なんでもいいから、何か音楽流しとけ」「ここまでくれば、盗聴なんてのはないと思うけど、用心にこしたことはないからな」

「改憲って、」

「馬鹿、でかい声で話すんじゃねぇ」「せっかく音流して、盗み聞きされても聞こえないようにしてるのに」「そのまえにだ、政治に関する話は、基地のなかでも、官舎でもその周りの店でも口にするな」「その類の話は、こうして新宿か渋谷あたりのカラオケにきてしなきゃ、あぶなくてしょうがねぇだろうが」「これはお前とオレの二人だけの話で、絶対に誰にも言っちゃいけねぇ、わかってんだろうな」「オレもおまえも何年もしないうちに除隊して、警備保障かどこか適当なところに押し込んでもらわなきゃならないんだ」「変なうわさでもたってみろ、それこそ職安通いになりかねねぇ」「パブのねーちゃんとどうのとか、自転車で転んだとかいう話とはわけが違う」

「先輩、改憲ってほんとうにあるんすかね?」「もし、そんなことになって、砂漠やジャングルのとんでもないところに送られて、ドンパチなんて冗談じゃないっすよ」「おれ、成績悪かったし、いくとこないから、とりあえず自衛隊にいって、大型特殊免許でとって思っただけなんすから」「演習だって疲れるからイヤだし、災害救助なんて危ないし面倒くさいし、でもかわいい子にかっこいいなんていわれること多いから、嫌いじゃないけど、でも官舎とその周りでうろちょろしていたほうが、危なくないし健康的っすよね」

「馬鹿、そんなこと当たり前だろう」「誰だって、そんな血みどろの戦場なんかにいきたかない」「後方支援なんていったって、いつ爆撃されるかと心配しながら道路工事なんての、いい加減にしてくれって言いたい。当たり前だろうが」

「でも、あの偉そうにしている馬鹿が言ってましたけど、憲法九条をきちんと書き換えれば、俺たち自衛官も私生児から公の舞台に胸を張ってでていけるって、もう書き換えられたような口ぶりでしたよ」「もう日陰の存在じゃなくて、晴れてお国のために、どうのこうのって、それでおれたちの待遇もよくなるって」

「馬鹿、防衛予算が増えたって、軍需産業とあの馬鹿のようなキャリア組みの待遇がよくなるだけで、オレたちみたいな、使い捨ての一兵卒の待遇なんてよくなるわけないだろうが」「そりゃ、海外への派遣ともなれば、それなりに手当てもつくし、どこか選ばれたエリートのような気分も味わえるだろうけど、出た先は生きるか死ぬかの泥沼だ」「なにが自衛だ、ばかやろうっての」「日本の防衛のために、なんでオレたちがアフリカや中近東の危ないところにいかなきゃならないんだ」「冗談じゃねぇ、そんなところにいったら、居酒屋もなけりゃ、パブもねえだろうし、蚊取り線香焚いて、蚊帳に入って、マラリアが怖いって」「マラリアどころかエイズもあれば、エボラだってある」「危ないのは、敵が撃ってくる弾丸だけじゃねえって」

「だったら、先輩、護憲を言っている共産党でもどこでもいいから、危ない情報をリークして、改憲だって騒いでいる馬鹿どもをいっぱいくわしてやりましょうかね」「二三年もすれば、先輩も俺も退役してるから、そこまででいいだけでしょう?」

「馬鹿、マンガの世界じゃねぇんだ」「おまえリークするような情報もってんか?」「オレたち一兵卒が持ってんのは水虫とタムシに兵舎内の噂話だけだ」「そんなもん、リークたって、小便みたいなんで、迷惑なだけで誰に相手にしちゃくれねぇよ」

「それにだ、屁のつっぱりにもならないリークで、目をつけられたら、就職先を世話してもらなるぞ」「オレたちゃ、元気な体があるだけ、それだけがとりえの、いってみれば東照宮の三猿みたいなもんなんだよ」

「そんなもんなんすんかね」「でも改憲されて、とんでないところに送られたどうしましょう?」「おれ、やっすよ。そんなところにいったらおかしくなっちゃいますよ」「危ないし、きたねぇだろうし、これはイヤだっての全部そろってる地獄のようなところじゃないかと思うんすよ」「先生に言ったって、お袋に言ったって、そんなとこ、絶対にいっちゃダメっていわれますよ」

「わかんねぇやろうだね、オレたちにできることは、選挙があったら共産党に投票することと、この類の話は、信頼できる人にしかしないことと、あとは神でも仏でもなんでもいいから、憲法九条はそのままにしておいてくださいってお願いするだけだ」

「そうだ、おまえこの間、神社にお参りに行くっていってたけど、憲法九条を守ってってお願いしてきたんか」

「ああ、あれっすか、あれは、ほら半年ほどまでに引っ掛けたでしょう。聞いてびっくりっすよ、あれ神社の娘で、巫女さんだったんすよ」「カラオケいって、おれが演歌歌って、あいつは先輩と同じっすよ、カタカナ交じりの流行歌で、……」

「パブの東南アジアの女の子の方がよっぽど身持ちが硬そうで、あんな神社で何をお願いしたって、ご利益なんかありそうな気がしないっすよ」

「そうさな、神社はやっぱり英霊が祭られている靖国神社ってことなんだろうな」「俺もそう言ったんすよ」「そうしたら、しらって顔して、どこも似たり寄ったりだって言ってましたよ」「あそこのお守りご利益ありそうもないし、どっか拝みがいのある神様いなんすかね」

就職先としての自衛隊であって、危険といっても災害救助ぐらいだと思っていたのに、生死にかかわる戦場に、…。