ざっと原稿を書いて、適当にねかしておく。何日か経って推敲しては、またねかしてをなんどか繰り返しているうちに、フォルダーのなかで、あれこれの原稿に混じって、ねかしておいたことを忘れてしまうことがある。
そんなファイルをみつけて、時の話題に関係したものだと、どうしたものかと考える。せっかく拙稿をくりかえした(つもりの)ものだし、フォルダーの肥やしにしてしまうには、ちょっともったいないものもある。
もうすぐ十月、ずいぶん涼しくなったところに猛暑に関係した話。まるで出しそびれた証文のような、なんとも季節はずれの話。猛暑に関係しているといっても、視点は人々の思い込みとそれに引きずられたマスコミのメンタリティについてだし、と言い訳しつつ、容赦いただきたい。
<出しそびれた証文のような原稿>
2018年8月2日付けのBBC Newsが「Europe’s heat record could be broken in Spain and Portugal」というタイトルでヨーロッパの記録的な猛暑を伝えてきた。urlは下記のとおり。
https://www.bbc.com/news/world-europe-45044079
ニュースによれば、8月2日時点でのヨーロッパの最高気温の記録は、1977年7月にアテネの48℃だが、今年は41年ぶりに記録を更新するかもしれない。
今年の猛暑でスペイン南西部とポルトガル南東部では45℃を超えていて、ポルトガルで2003年に記録された最高気温47.7℃をそして昨年の七月にスペインで記録された47.3℃を超えるのではないかと伝えてきた。
ヨーロッパの猛暑はスウェーデンの全土に渡る山火事のニュースも含めて、なんども伝え聞いているので、ああ、暑いのは日本だけじゃないんだと、変な意味でほっとして、BBCのニュースを見てもそうなんだぐらいにしか思わなかった。読んでいて、注意を引いたのは、この暑さで、ドイツでビールがよく売れて、ビール瓶が足りないというところだけだった。
ちょっと長いが、ビール瓶がたりないというところをコピーしておく。
The long, hot summer has been so consistent that it has put a strain on German breweries, who have sold so much beer that there is a bottle shortage – bouncing back from record low sales last year.
最後のところの、from record low sales last yearが気になって、ドイツのビールの年間消費量を調べたら、なんとあのビール好きのドイツ人がというデータが出てきた。
「Consumption of beer in Germany from 1960 to 2017 (in 1,000 hectoliters)」
urlは、https://www.statista.com/statistics/575106/beer-consumption-germany/
2016年には八五百五十万ヘクトリットルだったのが、2017年には八千三百五十万ヘクトリットルに減っている。消費が最高だったのは1991年で一億1千三百九十ヘクトリットルだった。一ヘクトリットルは百リットルで、日本のビール大瓶は0.633リットル。
このビールの長期的減少のもと、醸造会社としてはビール瓶の製造を控えてきただろうし、そこにこの猛暑で消費が急に戻ってきて、ビール瓶の回収が間に合わないという話になったのだろうと想像していた。
幸い、「ちきゅう座」のI氏がドイツに逗留されていた。世間話がてらに記事のコピーをメールに添付して送った。
予想外の返信が届いた。
「消費者が買うビールは缶ビールが主体で、飲み屋ではほとんど樽生です。ビール瓶が不足している様子は見えない」だった。BBCは何をみて猛暑の記事にビール瓶が不足と書き添えたのか。I氏とBBCはビールの違う風景をみているのかもしれないと思っていた。
そこに今度はNPR(National Public Radio)のニュースが入ってきた。
2018年8月14日付けの記事で、猛暑が云々の記事の付け足しではない。
「Uh-Oh, Germany Is Rapidly Running Out Of Beer Bottles」
urlは下記のとおり。
https://www.npr.org/2018/08/14/637600168/uh-oh-germany-is-rapidly-running-out-of-beer-bottles
ドイツでビール瓶を使い切ってしまいそうだという記事で、要点をざっとまとめると次のようになる。
1) ドイツでは、400億個/年のビール瓶を使ってる。
2) 回収して最大30回使用している。
3) 五月からビール瓶が足りなくなった。
4) 醸造会社は体裁を考えてか、足りなくなったと言いたくない。
5) 昔は地ビール屋はみんなして同じビンを使って違うラベルを貼っていたけど、今はみんな違うビンを使ってるから、昔のように使いまわしできない。
6) ビンより缶の方が気密性に優れていていいのだが、消費者は缶より瓶を望んでいる。理由は、缶はすぐビールが温かくなってしまうし、安っぽい。
7) 圧倒的に瓶が使われていて、缶は7%しかない。
8) 缶の98%はリサイクルされているのに、缶は環境にやさしくないという誤解がなくならない。
9) 缶にもビンと同じようにデポジットがかかっている。
ビンのデポジットは7セント。
10) I氏からの返信メールには、デポジットはドイツ語でPfandといい、瓶も缶もヨーグルトの瓶も同じで25セント。
デポジットが7セントなのか25セントなのかは、些細な違いでしかない。気になるのはドイツに滞在しているI氏の目には瓶が不足しているようには見えないし、個人消費では缶が普通になっている。レストランやバーでは瓶でも缶でもなく樽というのも、ドイツは、ずいぶん前に出張で何回かいっただけで、現地の状況を知りもしないが、イメージとしては納得が行く。
「MEDIA BIAS/FACT CHECK」というサイトで調べればわかるが、BBCは世界でもっとも信頼のおけるニュースサイトで、
Factual Reporting: VERY HIGHと評価されている。NPRもアメリカを代表するサイトのひとつで、たまにそれはあますぎないかという記事があるにしても、まあ信頼をおける。
<MEDIA BIAS/FACT CHECKの評価>
<BBC>
Factual Reporting: VERY HIGH
urlは、https://mediabiasfactcheck.com/bbc/
<NPR>
Factual Reporting: HIGH
urlは、https://mediabiasfactcheck.com/npr/
なぜ信頼のおけるニュースサイトが、一面的ではないかと疑われかねないニュースをと考えると、マスコミのメンタリティが垣間見えるような気がする。一読して、おおなるほどという記事はいいが、それがたとえ真実であったにしても、そりゃないだろうと、誰もが信じない記事を配信し続けたら、購読者を失う。
何が普通かという問題があるにしても、普通の人たちが普通に考えて、普通に結論することか、そのちょっと先に焦点をあてたニュースならば、大過なく読者をたもてる。
なんの責任もない素人の勝ってな想像にすぎないが、おおかた次のようなことがおきたのだろう。
この猛暑でビールの消費は例年になく伸びている。たぶん来年も再来年も猛暑になるだろうと予想はしても、十年以上にわたって消費が低迷しているなかで、十年二十年というスパンで投資を考える質実剛健なドイツ人が、早々やすやすと瓶を増産しっこないだろう。そこからビール瓶が不足、あるいは不足がちになるはずだろうという、見たい風景が先入観念としてできあがってしまう。その先入観念を支持するデータをと思えば、それなりのデータも集まる。バイアスのせいでそれが全体のどこをみての話なのかと検証するまでもこともないと思ってしまう、ということは往々にしてあるだろうし、そのほうが新聞が売れる。私的MEDIA BIAS/FACT CHECK にかけると、I氏の現地報告のFactual Reportingのほうが信頼性が高い、と思っている。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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