お酌? とんでもない

著者: 藤澤豊 ふじさわゆたか : ビジネス傭兵
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終わりようのないプロジェクトにいつまでも絡んじゃいられない。泥沼のプロジェクトにこれ以上の出血は耐えられない。力任せに終わらせた。それは終わらせたのであって、完遂したわけでも終わったわけでもない。一月もしないうちに感謝状がとどくだろうが、そんなもので失ったものをあがなえるわけじゃない。今まで打ち上げなんて考えたこともなかったが、今回は違う。プロジェクトの打ち上げ会をしなきゃならない。いつものようにちょっと呑みにでは終われない。呑むのも食うのも同じだが気持ちが違う。気持ちの整理のためにも打ち上げ会をしなきゃならない。

誰もが、こんなことやってられるかと思いながら一年半。話を聞いたときに、ろくでもないことになるんじゃないかと嫌な予感がした。口先三寸でごまかして、後はよろしくの営業マン、能力もなければ責任感もないが、トラブルに対する嗅覚と逃げ足の速さでは誰にも負けない。

要求を聞きだして仕様をしっかり決めなきゃと思っても、客が何をしたいのかがはっきりしない。しょうがないから、こっちから提案してゆくしかなかった。事細かに開発仕様を承認してもらって進めていったはいいが、形になってくると、これじゃ使いにくいだの、ああしたい、こうしたいといってくる。そんなこと、いつものことで驚きゃしないが、今回は手の出しようのないところに問題の根があった。客のなかで割れていて、あっちを立てればこっちがというのが続いた。いい加減、そっちで決めてからにしてくれとケツをまくって、キャンセルしてやろうと何度思ったことか。

朝令暮改はいつものこと。すごろくでもあるまいし、ぞろ目がでたら振り出しのようなことが毎月のように起きた。社内の政治闘争の様相まで絡んでのごたごたで一年の予定が半年以上の伸びてしまった。めちゃくちゃなプロジェクトでエンジニアが一人つぶれた。そもそもが実務に興味のない社長が同窓のよしみで安請けしたことから始まったプロジェクト、赤字がどうのなんかより、エンジニア一人、どうしてくれる、責任を取れって怒鳴りたくなる。

嫌なことをぱっと忘れての打ち上げだが、ここで面倒なことがある。男同士なら、行くぞって行けばいいだけなのに、ロジスッティックスを支えてくれた女性二人を入れないというのもおかしい。声をかけるのさえ問題にされる会社でどうしたものかの考え込んでしまう。ジェンダーというのか、男女のことになんでそこまで神経質なんだ。いったいここの経営陣は何を考えてんだって、まさか中近東の文化が背景にあるわけじゃないよなって言いたくなる。

普通の会社だったら、気のあった同士で昼飯にも行けば、飲みにいく。ここでは、「昼飯は?」なんて言おうものなら、セクハラだと訴えられかねない。ましてや上司の立場でそんなことをにおわせようものなら、セクハラの上にパワハラまでついてくる。

二人とも三十をちょっとでた独身。彼氏がいないこともないだろうが、気が強いというのか、ちょっとしたことでも言葉にとげがある。「触らぬ神に祟りなし」で、男連中はできるだけ距離をあけている。一人は正社員で一人は派遣なのだが、二人とも似たような仕事で、どっちがどっちということもない。まさか正社員に声をかけて、派遣には声をかけないというのもいやだし、二人なら来やすいというのもあるだろうし、と思いはするが、じゃ、誰がなんて声をかけたらいいのか。誰もそんな役を引き受けたくない。いくら穏やかに言っても、唾棄されるように拒否されるのがせいぜい、とみんな思ってる。

昼飯くいながら、同じことを何度も話して、もうこれしかないということになった。一番若い入社して五年目を斥候にだすことにした。軽く言ってもらって感触をつかんだ上で、上司として話にいくかどうか決めようという、なんともなさけない戦略だった。若くても三十半ばの三人で説得した。年下ということで君付けで呼ばれているから、お姉さま二人に下から目線で、「みんなでプロジェクトの打ち上げをやろうかって話してんですけど、できればみんなそろってのほうがいいじゃないかって……」って言ってこい。

そこは金には細かいアメリカの会社。営業マンの交際費すら、社長に申請して、ああだのこうだとメールで、なんで目と鼻の先にいるのにメールなのかと思うが、やりとりして、うまくいけばというところ。プロジェクトの打ち上げなんかに会社からお涙なんてでるはずがない。女性陣にしてみれば、そんな男同士の飲み会になんで自腹? 上司が多少多く出したところで、行けば絶対割り勘負けする。そんなところでろくでもない料理に金をだすのなら、女子会で懐石でもイタリアンでも気の利いたところに行ったほうがいい。男は四千円、女は三千円なんてことをしたら、それこそ女性蔑視だって騒ぎかねないのまでいる。

男同士なら、居酒屋でいっぱいでいいのが、女性二人に気を使って、小洒落たイタリアン? メシはいいにしても、焼酎ってわけにもいかないし、紹興酒なんかありっこない。飲みつけないワインで悪酔いしかねない。ものたりないワインをついだりも、男同士ならまだしも、女性にされると、セクハラだといわれかねない。労をねぎらってお酌でもしようなら、パワハラ。二人とももう三十をまわってるのだから、そんなことでと思うのが、思っても思いすぎじゃないだけに怖い。

「二人とも冗談も休み休み言えって感じでしたよ」

斥候の報告を聞いて、みんなほっとした。男同士で呑みながらなら言いたい放題でなんでも話せるが、そこに女性が一人でもいたら、いつものようにはいかない。

「もう馬鹿馬鹿しくて……」といったのを仕事に対して誠実じゃないとかなんとか、Working Ethics、訳せば労働倫理になるんだろうが、真情の発露でぽろっとでた一言から一騒ぎになったことさえある。男同士ならこんなことでと思いはするが、要は社会観というのか視点が違うということなのだろう。

粉飾なんか当たり前、金に絡んだ訴訟や司法取引が日常の巨大コングロマリット。そんなところで、人事からは社内恋愛は直ちに上司に報告するようにと、これもWorking ethicsなのかと呆れるお達しがあった。まともな神経じゃやってられない。お酌するのもされるのも男同士ならまだしも、女性が絡むと一騒ぎじゃすまない。飯も呑みも女性は不参加ということで平穏が保たれていた。

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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