IOCのみが有する東京五輪中止決定の権利

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日本市民の60%から83%が東京五輪開催に反対しているというニュースは、海外でも広く報道されている。5月27日には全国医師ユニオン代表・植山直人医師が外国特派員協会の会見で、「東京五輪が開催されれば、TOKYO発の新変異ウィルス”東京オリンピック変異株”が出現するかもしれない。オリンピックは中止すべきだ」と訴えた。

ニューヨーク市の地下鉄で車内を消毒する地下鉄従業員 20203月  CC BY 2.0

英国政府によって公表されるワクチン接種データによると、英国では6月13日現在、18歳以上人口の56.6%がワクチン接種を完了したという。にもかかわらず、英イングランドで感染力の強いデルタ変異株が急速に広まり、新規感染者が増加しているため、英国政府は「6月21日に予定されていた英イングランドの”ロックダウン制限の完全解除”を4週間延期すること」を余儀なく決定した。

ちなみに、NHKのOur World in Dataによれば、6月17日現在、日本でワクチン接種を完了した人の割合は人口の6.03%にすぎないという。

パンデミックが始まってから一年以上経った今も、Covid-19の脅威は世界中に蔓延っている。しかしIOCは、こうしたパンデミックの深刻なインパクトを憂慮する日本市民の民意を軽視し、日本だけでなく世界の公衆衛生を脅かすリスクを孕んだオリンピック開催を強行しようとしている。

 

IOC・東京都・JOCの締結した”開催都市契約”

オリンピック史の研究者である、米国オレゴン州・パシフィック大学のジュールス・ボイコフ教授 [ 注*] は、東京五輪の中止に関わる問題について下記のようにコメントしている (意訳):

「オリンピック開催都市は、大会開催のための準備に取りかかる前に、ICOとの開催都市契約に署名しなければなりません。この契約というのが、IOCの利益を考慮したのみの、きわめて一方的な契約であり、契約には、『オリンピックを中止する権利はIOCのみにある』ということが述べられてあるのです。したがって、日本の首相が公然と『本当に自分にはオリンピックを中止する権限がない』と語るとき、彼の言っていることはまったく正しいのです。」

確かに、ボイコフ教授が指摘されている通り、開催都市契約には「契約の解除として、IOCのみがオリンピックを中止する決定権を有する」と書かれてある:

開催都市契約

「契約の解除 (72頁)

a)IOCは、以下のいずれかに該当する場合、本契約を解除して、開催都市における本大会を中止する権利を有する。

i) 開催国が開会式前または本大会期間中であるかにかかわらず、いつでも、戦争状態、内乱、ボイコット、国際社会によって定められた禁輸措置の対象、または交戦の一種として公式に認められる状況にある場合、またはIOCがその単独の裁量で、本大会参加者の安全が理由の如何を問わず深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠がある場合。」

 

すなわち、開催都市契約によれば、「雨が降ろうが槍が降ろうが、如何なる場合であっても、オリンピック中止を決定する権限をもつのはIOCのみである」ということのようである。ビジネスマンだったら、こんな不公平なビジネス・ディールに署名するようなことはしないだろう。

 

《日本が一方的に開催をやめることはできるのか?》

BBCのアンドレアス・イルマー記者が著した記事「なぜ日本政府は東京五輪を中止しないのか」は「IOCと開催都市・東京都の契約は、明確だ。開催契約を解除し、開催を中止する権利はIOCのみにある。開催都市側に、その規定はない」と、IOCの権限を確認している。

さらにイルマー記者は同記事の中で「IOCの意向に反して日本が自ら率先して開催をやめることはできるのか?」と、豪メルボルン大学のジャック・アンダーソン教授(スポーツ法)に質問した。それに対してアンダーソン教授は「この開催都市契約の取り決めのもと、もし日本が一方的に契約を解除する場合、それによるリスクや損失はもっぱら地元の組織委員会のものとなる」と回答している。

 

なぜIOCは五輪開催に固執するのか?

5月21日、国際オリンピック委員会(IOC)のジョン・コーツ副会長は、「東京オリンピック・パラリンピックを緊急事態宣言下でも開催する。感染対策を講じることで宣言下であってもなくても安全安心な大会が実施される」との驚くべき発言をした。

なぜIOCは、これほどまでに五輪開催に固執するのか?

オリンピック研究者・ジュールス・ボイコフ教授は、IOCが五輪開催によって得る収益について、こう語っている (意訳):

「IOCの収入の75%ちかくがNBCのような米国の放送局から入ってきます。このことを考えれば、なぜIOCが、観衆なしでも、テレビ放送のための大イヴェントとなるオリンピック大会を開催することに固執するのか、わかります。オリンピックをテレビ放映させることによって、大金がどんどんIOCの資産に流れ込んでくるわけです。」

かつて、4 年ごとに開かれるオリンピック大会は、「参加することに意義がある」とのスローガンを掲げ、世界中から集った若者たちがお互いに交流し合い、フェアな競技をともに褒め称え合う、という他に類のない国際的なイヴェントだった。しかし、こうした初期のオリンピック・ムーブメントの精神はどこへ行ってしまったのか?今は、IOCによって営まれる”ビジネス・イヴェント”へと変貌してしまったようだ。

IOCは、パンデミックの脅威がもたらす、はかりしれないインパクトを徹底的に検討するよりも、むしろ金儲けの方を重要視しているのではないだろうか?

 

日本側の行き詰まり

共同通信によると、JOCの理事・山口香氏は、開催可否の判断について「もう時機を逸した。やめることすらできない状況に追い込まれている」と語った、という。

どうやら、日本政府および日本側の五輪関係者は、安易に合意した開催都市契約のために、”五輪中止”を要請する日本市民の民意を尊重することすらできない、行き詰まりの状況に追い込まれてしまったようである。

 

以上

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[注*] ジュールス・ボイコフ (Jules Boykoff)教授: パシフィック大学(オレゴン州)行政学の教授、オリンピック史研究者、元プロサッカー選手、オリンピック参加者

【参考記事】
1. Handelsblatt:Olympische Spiele mitten in der Corona-Welle?
2. YAHOO news JAPAN: 日本の医師による「東京五輪株」危惧発言が海外で大波紋
3. Gov.UK-Vaccinations in United Kingdom: https://coronavirus.data.gov.uk/details/vaccinations
3. BBC: 英イングランド、ロックダウン緩和を4週間延期へ 感染拡大で
4. Democracy Now!: No Tokyo Olympics: As COVID Spikes in Japan, Calls Grow to Cancel Games.
5. 開催都市契約へのリンク:日本語文  英文
6. BBC: なぜ日本政府は東京五輪を中止しないのか
7. 毎日新聞:「緊急事態宣言下でも東京五輪を開催」 IOCコーツ副会長が表明
8. Kyodo: 五輪開催「意義ない」と山口香氏

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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