2015年7月22日
「対米公約」と偽称して強行採決を追認したNHK政治部記者
衆院安保特別委(7月15日)での安保関連法案の質疑を実況中継しな
かったNHKの報道に対してネット上で抗議が噴出、抗議と中継を求める
意見がNHK殺到した。これを受けてNHKは当日の2時間前まで中継し
ないと決めていた16日の衆院本会議の模様を急遽、中継することにした。
当日の新聞のテレビ番組欄に載せた放送予定を変更するのは異例と言われ
ている。
しかし、問題は国会中継をする、しないだけでない。定時のニュース
番組の項目選択や伝え方、順番、各報告に充てられる時間配分にも安保
関連法案に関して政府与党に不都合な事実を伝えない、伝えても「さらり」
と流す露骨な偏向報道が続いている。一つ前の記事で書いた、NHKのニ
ュース番組に登場する政治部記者の醜い政権肩入れ解説もその例である
が、同じ例を一つ、追加しておきたい。
衆院特別委で安保関連法案が強行採決された7月15日夜のニュース
ウオッチ9に登場した中田晋也・政治部記者は鈴木アナから「国民の理
解が進んでいないなかでどうして今日採決に踏み切ったのか」と問われ
たのに対し、こう答えた。
「安倍首相が米国議会の演説で、今国会で法案を成立させると発言し
たことがいわば公約になっているのです。」
安倍首相が、まだ安保関連法案を審議する衆院特別委が始まってもい
ない今年4月29日に、米国上下院合同会議で「今夏には法案を成就さ
せる」と演説したのは国会軽視との批判を免れない。せいぜい、本人の「
決意」か「願望」に過ぎない。それを「対米公約」にすり替え、日程上
の逆算から採決に踏み切った理由に挙げるNHK政治部の記者は日本の
民意、国会審議を何と心得ているのか? 時の内閣総理大臣の意向で法
案成立の目途が決まるのなら、国会での熟議はいらないし、民意は不要
である。「ていねいな説明」も美辞麗句に過ぎないことになる。
こうした民意軽視の発想は、内閣支持率が急落し、過半の国民が法案
自体に反対しているなかでも、安倍首相が、「支持率のために政治をや
っているのではない」(7月20日、フジテレビ「みんなのニュース」
で)と発言し、民意無視の開き直り体質をあらわにしたのを免罪するに
等しい。
そこからは中田記者(をはじめとするNHK政治部の記者?)と官邸
の一体化、親密ぶりが透けてみえる。それほど政権の代弁をしたいのな
ら、自主自立を標榜するNHKを辞して、総理官邸の補佐官室か広報担
当に転職したらどうか?
政権に不都合な事実を伝えない、踏み込まないNHK
政権の思惑の代弁が「作為」の偏向報道だとしたら、最近のNHKの報
道には、政権に不都合な事実は伝えない、それに踏み込まないという「不
作為」の偏向報道も顕著である。いくつかの事例を挙げておく。
*衆院特別委員会で法案が強行採決された直後に浜田靖一特別委委員
長は記者の質問に対して、「もう少し分かりやすくするためにも、法案
を十本まとめたこと自体はいかがなものかと思う」と発言した。民放各局
は「法案のわかりにくさを委員長が指摘する異例の事態」(TBS, Nス
タ)などと浜田発言を報道したが、NHKは一切、伝えなかった。
*7月10日、15日の衆院特別委で野党議員(民主党辻元清美議員、
共産党穀田恵二議員、赤嶺政賢議員)が陸上自衛隊のイラク復興支援
活動の実態をまとめた文書(陸上幕僚監部『イラク復興支援活動行動史
』2008年5月)を取り上げ、「非戦闘地域」という呼称のまやかしと
そこへの自衛隊派遣のリスクを追及した。
例えば、辻元議員は7月10日の特別委で、独自に入手したこの文書
(議員の求めに応じて政府が開示したのは危険性を記した箇所が黒塗り)
に収録された第1次イラク復興支援群長の番匠幸一郎氏が同文書の第2
編の巻頭言で、「イラク人道支援活動は純然たる軍事作戦であった」と
記していることを取り上げ、「イラクでの人道復興支援が『純然たる軍
事作戦』だったのなら、〔今回の安保関連法案に盛り込まれた〕後方支
援はなおさら〔軍事作戦とならないか〕検証が必要だ」と政府に迫った。
穀田議員も同じ日の特別委で、この文書をもとに、イラク派兵が実際
には政府が説明するような「非戦闘地域での復興支援活動」にとどまる
ものではなく、①サマ-ワの自衛隊宿営地に打ち込まれたロケット弾は
宿営地内の鉄製荷物用コンテナを貫通して宿営地の外に抜けており、大
惨事となる危険性があった。②隊員は宿営地の外では銃から手を離さな
いよう指示されていた。③派遣前には隊員は至近距離射撃と制圧射撃の
訓練をしてきた。その上で「危険と思ったら撃て」と指導した指揮官が
多かった。
穀田議員は復興支援活動に限定したとされるイラクでの自衛隊の活動
でさえ、隊員は常時、身の危険にさらされていた実態と対比して、今回
の安保関連法案は自衛隊の海外での活動の任務を治安維持活動等にまで
広げるとなれば、政府の説明とは逆に、隊員が「殺し」「殺される」危
険性がいっそう高まると追及した。
7月15日の特別委でも赤嶺議員は法案審議の大前提になる資料が黒
塗りのままでは質問をできないと質したが、野党議員が提出を求めた
全面公開文書は強行採決後にようやく開示された。
結局、特別委では、安倍首相は、上記の辻元、穀田議員の質問に対し、
「イラクのサマーワは『非戦闘地域』と認定したがサマーワから外れた
場所にも安全な場所がある」などと意味不明の答弁をして終わった。
この陸上自衛隊の文書について、『朝日新聞』は7月17日の朝刊の
1面に「イラク派遣 危険な実態 宿営地に砲弾10回超/囲む群衆に
銃持つ人物」という見出しの記事を掲載。3面には「虚構の『非戦闘地
域』」という見出しの大きな解説記事を掲載した。
『東京新聞』も7月15日の朝刊の社会面に「『危ないと思ったら撃
て』 自衛隊イラク派遣 詳細内部文書判明」という見出しの記事を掲載
した。『共同通信』も7月19日、「イラク派遣『純然たる軍事作戦』
不測事態、官邸が情報統制」という見出しの記事を配信した。
しかし、NHKは7月10日のニュースウオッチ9で穀田議員がイラ
クに派遣された自衛隊が制圧射撃訓練を行っていた点を質したのを取り
上げたが、わずか47秒。前後の文脈を知らされない視聴者にとって質
問が意味したことを理解するのは不可能だった。
また、7月15日のニュース7とニュースウオッチ9では、赤嶺議員
が審議に資するすべての情報を明らかにするよう政府に求め、それなし
には採決には応じられないと発言した場面を放送した。しかし、ここで
も、どういう資料の開示を求めたのが何も伝えず、何の解説もない映像
のつなぎあわせでは、何が問題にされたのかさえ、わからなかった。
この自衛隊内部文書は今回の安保関連法案で拡大される自衛隊の海外
任務のリスクを検討する上で重要な教訓、提言を含んでいる。しかし、
それについては次の記事に回し、ここではNHKの報道番組の「不作為」
の偏向について検討を続けることにしたい。
安倍首相のお粗末きわまりない「たとえ話」を伝えなかったNHK
NHKは7月20日のニュース7で、その日、安倍首相が民放の番組
(フジテレビの「みんなのニュース」)に出演し、今回の安保関連法案
で行使を容認しようとしている集団的自衛権の意味を説明したことを伝
えた。その中でNHKが伝えたのは、安倍首相が、安保関連法案を戦争
法案と呼んだり、徴兵制に繋がると言ったりするのは間違っていると語
ったこと、参議院の審議を通じて分かりやすく説明し、野党の理解が得
られるよう努力していく考えを示したこと、だけだった。
しかし、ニュース7が伝えたこのような発言は1時間半に及ぶ長時間の
番組の中で安倍首相が冒頭の数分で発言した部分に過ぎない。安倍首相が大
半の時間を使って説明したのは、隣家(米国)の「母屋」から火災が発生し、
それが隣家の「離れ」に燃え移り、さらにわが家(日本)にまで延焼するお
それが出てきたときに日米一緒に消火活動をしようと言うのが「集団的自
衛権」だという「たとえ話」だった。
ところがニュース7は、このような「たとえ話」には全く触れなかった。
私は知人からの知らせで、番組冒頭の5分ほどは見られなかった(あと
で録画で確認した)が、その先はすべて視た。その上で、安倍首相が口
癖のように言う「丁寧な説明」とはこういうものなのかと知ると同時に、
中身のお粗末さに唖然とした。
ネット上(ツイッターなど)でも、安倍首相が「たとえ話」のために
用意した煙の模型がいささかグロテスクだったことへの茶化しも少なく
なかったが、嘆息、あきれ声が殺到した。
「戦争を『火事』で説明するのは適切じゃないよね。・・・・戦争は人
が人を殺す行為。火事の現場じゃない。安倍の説明は、『戸締り用心・火
の用心』に終始している。日本国民をなめているのか・・・・」
「アメリカは、ベトナムで放火し、アフガニスタンで放火し、イラク
で放火した。そのアメリカの後方支援をするってことは、マッチや燃料
を運んでやると言うことで、日本は放火犯の一味となる。」
「姑息な例え話。火事の消火活動は誰も傷つけはしないが、実際の武
力行使は殺傷行為。また、消火器をアメリカに渡すというが消火器は人
を殺さないが、実弾は人を殺す。」
多少、私の感想を付け加えたい。
*安倍首相は、いきなり、アメリカの母屋(本国?)で火事が発生し
たことから、たとえ話を始めるが出火の原因は何なのか? それを想
定して、対策(防火策)を講じるのが先決ではないのか。
恨みの放火なら、恨みを買うような行為(武力による抑止力という名
の威嚇・挑発行為)を慎むこと、「テロとの戦い」を大義名分に各地へ
先制攻撃を仕掛けてきたアメリカが大国主義的干渉政策を清算すること。
これが最善の防火(安全保障)対策である。
後者の不注意の出火なら、防火装置を取り付けること。ただし、これ
は集団的自衛権を説明するたとえ話としては失当である。
*日本と「道路一つ隔てて隣接する」アメリカの「離れ」とは何を
指すのか? ネット上でどなたかが言ったように、もしかしたら「沖
縄」なのか? そうだとしたら、最善の対策はアメリカの出撃拠点と
なるような米軍基地を沖縄から撤去すること(防火策)である。アメ
リカに基地を提供することは類焼を防ぐ消火活動どころか、沖縄を放
火(武力攻撃)の標的にするようなものである。
*アメリカで出火した火事がどういう経路で日本に及んでくるのか?
日本近辺で邦人の救出活動に当たる米艦隊が攻撃されそうになった場
合を想定するのだとしたら、日本の民間人自身を攻撃する意図というよ
り、アメリカ軍を攻撃対象にする意図があるからではないか? そうだ
としたら、アメリカ艦隊に救護を求めるのはかえって危険ということに
なるから、日本自身の警察力なり、正当防衛権を行使して救護にあたる
のが正解であり、日米が一体化する集団的自衛権はかえって日本国民の
安全を脅かすことになる。
NHKはこれまで幾度となく、「丁寧な説明を心掛ける」という安倍首
相の「意向」、「思い」を代弁してきた。それなら、安倍首相が90分にわ
たって試みた上記のような「丁寧なたとえ話」を詳しく国民に伝え、そ
れを通して安保関連法案に関する国民の判断に資するのがNHKの使命の
はずである。肝心の場面でこの使命を果たさず、「丁寧に説明する」と言
う意向ばかり伝えるのでは、ただの録音再生か拡声にすぎない。
そうした論評なき思考停止の放送は、不都合を広められたくない政府
にとってはありがたい存在であるが、熟慮ある国民の政治参加という民
主主義の土台を形骸化させる点では罪深い報道機関への堕落と断じなけ
ればならない。
裏返すと、以上見てきたNHKの作為・不作為両面の偏向報道を見透
かすことは安倍極悪政権を追い詰め、退場させるための世論形成に必須
の条件といっても過言ではない。
初出:醍醐聰のブログから許可を得て転載
記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3050:150723〕