NHKはネット配信に執心する前にやるべきことがある

著者: 醍醐聡 だいごさとし : 東京大学名誉教授
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2017年7月11日
〔追記〕記事のタイトルを改めました。(2017年7月12日、12:20)  (旧)NHKはネット配信に執心する場合か?  (新)NHKはネット配信に執心する前にやるべきことがある
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NHKが年来、検討してきた常時同時のネット配信の可否、課金のあり方を検討してきたNHK受信料制度等検討委員会はこの6月27日に「常時同時配信の負担のあり方について」と題する答申(案)を公表し、今日7月11日まで意見募集をしてきた。答申(案)の概要は次のとおりである。  http://www.nhk.or.jp/keieikikaku/

 

締め切り間際になったが先ほど、インターネットで意見を提出した。以下はその全文である。
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「常時同時配信の負担のあり方について」答申(案)に対する意見
醍醐 聰
(1)答申(案)は視聴環境設定型の負担方式を推奨しているが、答申(案)が例示しているアプリケーションのダウンロードを課金の契機にするとなれば、従量制の「有料対価型」に酷似したものとなり、現行の〔定額制の〕受信料制度との接合性は到底成り立たない。また、IDの取得を前提する場合、各種の受信端末を保有する世帯の中で、テレビ受信機を持たない世帯を識別するのは容易でない。答申(案)は、認証の具体的なあり方は今後さらに検討していくことが必要としているが、今後ではなく、実行可能な課金の方法を示さなければ、有償の常時同時配信は机上の空論で終わる。
(2)答申(案)は「インターネットの特性上、自分に都合の良い情報だけを見るようになる傾向がある」、「事業者側が個人の嗜好に沿ってレコメンド(推薦)することによって発生するいわゆる『フィルターバブル』という現象が起きうる」と指摘しながら、結論では、各種の認証、特にアプリケーションのダウンロードを前提にした課金付きのネット配信を容認している。しかし、上記のとおり、アプリケーションのダウンロードを前提にした受信方式は自分に都合の良い情報だけを見る視聴傾向を助長し、「多様な価値観への思いがけない接触や多くの人々の間の共有体験」を保障できないことは明らかである。  検討委員会が、NHKの常時同時配信を是とするというなら、こうしたネット配信の負の機能にどのように対応するのか、対応できるのか、見解を示すべきである。それなしにネット常時同時配信を是認するのは支離滅裂である。
(3)昨年6月にNHK放送文化研究所の世論調査部が行った「テレビ・ラジオ視聴の現況」(木村義子・山本佳代・吉藤昌代・林田将来共著『放送研究と調査』2016年9月)によると、NHKの代表的な報道番組の年代別視聴率は次のとおりである。
〔NHKニュース7〕        20代  30代  40代  50代  60代  70歳以上
男                1%   4    4     7    16    33
女                1%     2     5     8       16     27
〔NHKニュースウオッチ9〕   20代  30代  40代  50代  60代  70歳以上

男               1%    1      4     6    13    17

女              1%    1        4      5     7    13

 

〔クローズアップ現代+〕      20代  30代  40代  50代  60代  70歳以上
男                  0%   2    2     4     4      6
女                  0%       0        1          1         3    5

20~40代に見られる極端に低いテレビ視聴率はインターネットによる視聴に流れたからなのか? 常時同時配信をしたら上昇する見通しがあるのか? NHKはネット配信に労力を傾注するより、このような発問を真剣に検討し、本来業務の現状を再考するのが先決である。ちなみに、木村義子・関根智江・行木麻衣「テレビ視聴とメディア利用の現在」(『放送研究と調査』2015年8月)は2015年2~3月に実施された「日本人とテレビ・2015」の世論調査で行われた「いくつかの目的に一番役立つのはどのようなメディアか」という質問への回答結果を次のようにレポートしている。
テレビ  インターネット
A.世の中の出来事や動きを知るうえで     64.5%             16.5%
B.教養を身に着けるうえで                 28.5%              9.3%
C.政治や社会の問題を考えるうえで        54.8%    9.3%

つまり、インターネットが普及した中でも、熟議民主主義の基礎となる多様な価値観との接触、共有体験の保障、民主主義社会における言論・報道機関としての役割という点では、多くの市民が、インターネットよりも、テレビの存在価値を認め、期待を寄せているのである。であれば、今、NHKに求められるのは、ネット配信への業務拡大ではなく、テレビ番組を通じて、市民に有意な知見を提供し、さまざまな考え方の出会いの場を作るという本来業務をいかに充実させるかということである。政府広報機関に成り下がっている、国政の重要課題が審議される国会の模様を中継しない、などという視聴者の不評に木で鼻をくくったような対応しかしないまま、有料のネット配信に傾注するのは本末転倒である。

初出:醍醐聡のブログから許可を得て転載

 

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/

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