「ウィーンフィル・ニューイャーコンサート」は、例年NHK Eテレ目玉番組であろう。今年も解説者や司会アナウンサーが満面笑みをたたえて、ウィーンの音楽文明が如何に素晴らしいかを語り、コンサート放映を盛り立てる。私も素直に画面を観、耳を傾けていた。「国連行進曲」から始まった演奏を聞いていて、20分位たった頃、なにかしら心にざわつくものがあって、テレビを切った。そして、手元にあった無名の――その世界では有名かも知れないが――筝曲演奏者による「八段、六段、みだれ、・・・」のCDをプレーヤーに、スウッチを入れた。聞いているうちに、徐々に心が静まって来た。奇妙に不思議な体験だった。
ウィーンフィルの選曲者が2016年新年演奏会の始曲になじみのない「国連行進曲」(作曲:ロベルト・シュトルツ、20世紀人)を選んだのは、たしかな理由があったにちがいない。それは、近年の戦争気配のただよいを国連を中心とした全世界の自覚的努力によって消し去ろうとする希望であったかもしれない。解説では、指揮者マリス・ヤンソンスの強い主張でこの曲がリストに入ったと説かれていた。それと同時に、ウィーンフィルの新年コンサートが75年前、「1941年」に始まったと言う長い伝統も亦解説されていた。まさに、「1941年」にとさらりと語られただけであった。しかしながら、71年前に終結した第二次世界大戦の歴史を一寸でも知る者にとって、1941年のウィーンとはヒトラー・ナチス全盛期のウィーンであった。その3年前の1938年、ウィーン市民の大歓声と大歓呼につつまれて、オーストリーはナチス・ドイツと合併していた。
東欧小国(ラトビア)出身のマリス・ヤンソンスは、ヒトラー・ドイツによるズデーテン併合とオーストリー併合、そして第二次世界大戦へと言う歴史の不幸を良く知っているはずだ。それ故、ロシアの親西欧派知識人による「プーチン=ヒトラー」論よろしく、彼もまたプーチン・ロシアによるクリミア併合がウクライナ併合へと通じるかも知れず、やがて第三次世界大戦へ・・・と言う危惧を心に秘めて、失敗した国際連盟を教訓にして、「国際連合」への期待を込めて、「国連行進曲」を始曲に選んだ、と。これは、私=岩田の推測、憶測にすぎない。しかしながら、ヨーロッパの近代音楽は、近代の政治と戦争にポジティブにもネガティブにも複雑怪奇にからまっている。非言語イデオロギーでもありうる。
明治の維新政治家達はそこの所を良く心得ていた。鹿鳴館の舞踏会は、西洋音楽≒欧州政治なるエッセンスを露骨に実践した野暮であった。その鹿鳴館がおそらくは手本の一つにしたかも知れない19世紀ウィーン上流社会の音楽会・舞踏会の流れを継承する音楽祝典、それがウィーンフィルの新年コンサートであろう。例年、その終曲は「ラデツキー行進曲」であると言う。それは、ヨハン・シュトラウス1世が1848年北イタリア独立運動鎮圧に派遣されたオーストリー・ハプスブルグ帝国将軍ラデツキーに捧げた行進曲である。つまり、「1848年革命=諸民族の春」征討行進曲である。私は、今年の「ニューイャーコンサート」を途中で切ってしまったので、「ラデツキー行進曲」が演奏されたかどうかを知らない。例年通り演奏されたであろう。そうだとすると、始曲の「国連行進曲」と終曲の「ラデツキー行進曲」のコンビネーションが反プーチン・反ロシア行進曲、あるいはIS征討行進曲なる含意を有し、北米西欧による空爆の「文明性」を無条件に黙示する心情表現にならないようにと望む。
「何かしら心にざわつくもの」を自己流に分析し強弁的に説くと、以上のようになろうか。それでは「八段、六段、みだれ、・・・」で心が静まって来たのは何故か。多分、八橋検校の筝曲が元和偃武の後の作品で、260年平和の初発期の大和心を伝えてくれるからであろう。19世紀西洋楽曲と17世紀日本楽曲の種差であろうか。
言うまでもない事だが、作品の音楽的価値は作曲家の主観的・政治的意図によって規定されつくすものではない。今日的「普遍的価値」に照らして、「国連行進曲」作曲者の意図がプラスに、「ラデツキー行進曲」作曲者の意図がマイナスに評価されるとしても、作品の音楽的価値は自存自立する。日本に例を取れば、「軍艦マーチ」も「海ゆかば」もそうである。だからと言って、作曲時の作曲された音楽の社会的・政治的意味を忘却して良いわけではない。
平成28年1月3日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5841:160104〕