QCサークル? ご冗談でしょう

著者: 藤澤豊 ふじさわゆたか : ビジネス傭兵
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日立精機は、為替変動が経営におよぼす影響をおそれて、輸出には消極的で、海外市場を丸ビルにある販売子会社に任せていた。任せるなら任せっぱなしにしておけばいいものを、屋上屋を乗せるかのように我孫子の本社工場に海外技術課なる部署を作った。あれは確か八十年だった。

当初はヨーロッパ(デュッセルドルフ)駐在上がりの課長と子会社から呼び戻された二人だけの部署だった。一年ほどの間にニューヨーク支社から戻ったかつての上司とヨーロッパ(デュッセルドルフ)駐在上がりの一期下の電気屋が合流した。いくらもたたないうちに長年一人でヨーロッパ(ストックホルム)を背負ってきたノンキャリアのベテランにこれから駐在にでるであろう同期の技術屋がきて計六人の所帯にまで膨らんだ。

六人もいたところで、仕事といえば海外支社や客からのクレーム処理がほとんどで、たまに海外からの研修生のにわか教師のようなことぐらいしかやることがない。二三人もいれば十分なところに倍の人間がいる。実務に関係なく人が増えれば、人と人との間の仕事が増えるという、起きるべくして起きることが起きた。人が増えて生産性が下がるだけならまだしも、意思疎通も情報交換も煩雑になって、自分たちでいらぬトラブルまでつくってしまう組織が生まれた。

日立精機では他部署への連絡書類には上司の照査とその上の上司の承認が必須とされていた。何をするにも、ハンコを二つもらわなければ先にすすまない。オイルショック以降、日系企業の海外進出が本格化したこともあって、海外駐在所では常に人手がたりない。よほどのことでもなければ、いちいち上司に承認を求めてという話にはならない。

出たとこ勝負のサービスに走り回っていれば、現場で自分の考えと判断で作業をすすめなければならない。戦場を想像してみればわかりやすい。たとえば、ベトナムの局地戦で四苦八苦した部隊長がペンタゴンに電話を入れて、「どうも地雷がありそうなんですけど、どうしましょうか。このまま進軍すれば……」と訊いたら。ペンタゴンが言えることは、「どうしましょうって、馬鹿かお前は、戦場にいるのはお前だろう。戦場を一番知っているのはお前で、どうしましょうって訊かれても、ワシントンにいて言えることは地雷を踏まないように注意しろぐらいしかないじゃないか。もし作戦通りにいきそうもないのなら、引き返せ」ぐらいしかない。

事務所にいる上司に、どうにも機械の修理がうまくいかなくて、どうしましょうって訊いたところで、上司から具体的なアドバイスが得られることはない。一歩事務所をでれば、何があろうがなかろうが、自分の能力を頼りに自分で解決しなければならない状態が当たり前の生活になる。

海外技術課の五人は言葉もろくに通じないところで、ときどきの裁量で生き延びる生活をおくってきた猛者だった。そんなところに総務がQC活動に参加しろといってきた。以前にもその話がきていたが、課長が馬鹿にして相手にしてこなかった。二人三人のうちは、こんな小さな所帯でという言い訳もできたが、六人にもなると、そうもいかない。でも、誰もが、そんなこと馬鹿馬鹿しくてやってられるかと思っていた。そもそも、マネージメントから、これこれこういうことで、これこれをこうこうできないか、なにか考えや意見はないかと訊いてくるのならまだしも、これという課題の提示もなく、ただ改善提案を月一件は出せという話だから、みんな呆れて相手にしようとしない。課長も同じで、総務を押し返していた。

なんどか押し返していたものの、全社を挙げての活動で、どうにもかたちだけでもやらざるを得なくなった。総務から早々にQCチームの名前を登録しろといってきた。ふざけるなって思いながら、係長以下五人が集まって、やってられるかという世間話になった。登録期日を過ぎても、知ったことかと放っておいた。言ってくるだろうとは思っていたが、うるさい総務に課長が音を上げた。しょうがないから名前だけでも決めるかという話になった。

はなから、やってられる馬鹿馬鹿しいってのがあるもんだから、まともな案なんか出やしない。また世間話になってしまったが、そこで、はみ出しものが言った。「きんろくちゃん」でどうだろう……。朽ちた名門といわれた会社の当事の社長は「出川金六」だった。立派な人なのだろうが、本社と工場のだらしない仕事で、海外でしなくていい苦労をさせられてきた駐在員上がりにしてみれば、これ以上人をくった名前ない、ざまあみろというチーム名だった。

さしも課長もなにかいってくるかと思いながら、チーム名を「きんろくちゃん」にしますと報告したら、噴き出して、こりゃいい、これでいこうと、六人で大笑いした。QCチーム発足までのとりあえずの世話焼きとして、登録用紙に「きんろくちゃん」と書いて総務に提出にいった。ウィットとかユーモアという以上に人として枯れているのだろう。立場もあってのことだろうが、名前をみて、苦虫をつぶした顔になって、

「これはちょっと……」

ふざけんな。こんなろくでもないことに時間をかけてないで仕事しろ、この馬鹿野郎って、

「ちょっとなんですか? QCチームの名前になにか規定があるとは聞いてないですよ。ましてQCチームは従業員の自発的な改善への気持ちから始まるものでしょう。会社がどうのというはおかしいじゃないですか。海外技術課は六人の小さな所帯ですけど、そのうち五人は駐在経験という会社の将来を見通す……」

なにが「将来を見通す」だ。自分で言ってて馬鹿らしくなった。そんなもの、会社がおべんちゃらで言っているだけで、本当のところは本社にも日本にもいらない、使いにくい人間だからと国外追放になっただけだった。

後日、総務部長から課長に文句がきた。社長の名前、金六(きんろく)を冠したQCチームはさすがに困る。なんとかしてくれという話だった。それを聞いて課長は怒ったが、はみ出しものには想定内だった。その程度のやつらだから、必ずなんか言ってくる。これなら文句ないだろうという代案を用意して待っていた。こんなことでゴタゴタやってても時間がもったいない。即代案「ゴールデンシックス」を提出した。金六を文字どおり英語に置き換えただけなのだが、六人の海外技術課の名前として何の文句がある。出川金六をもじってのことじゃない。そんなことを想像するほうが不敬じゃないかと……。

提案制度? ふざけるなっての。経営陣が自らどうしていくのかという青写真もなければ具体的な考えもなにもない。欧米企業やご同業の真似事をし続けて、自分たちで何をと考えることもなく、そつなく偉くなっただけじゃないか。自分たちがどうあらざるをえないのか、どうありたいのかという、企業人としてというより、一人の人間としてのありようからしてなっちゃない。真似ることに精を出して、考えるということを考えたこともないのだろう。ただただ従業員に何かいい案はないかって? ふざけるな、それで経営してるつもりなのか。悪いことは言わない、恥をさらすのもほどほどにして早々に辞めろって、言ってくれる取り巻きもいない戯れ者でしかないということなのだろう。

今だにQCサークルなんてのをやってるところもあるんだろうが、させられている人たちの誰もが、「やい管理職(あるいは社長でもいいが)、少しは自分で考えろ」と思っていると思う。もし万が一、思っていないどころか積極的に参加というがいたら、まあ、つつがないサラリーマン人生ということなのだろうが、こっちのほうが心配になる。

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion8483:190316〕