日本語で書いた拙稿「帝国日本の『道義国家』論と『公共性』――和辻哲郎と尾高朝雄を中心に」のハングル訳を終えた。翻訳の過程で、考えるべき文脈が存在することに気が付いた。「公共性」という用語をめぐる問題である。近現代を通し
本文を読む日本語で書いた拙稿「帝国日本の『道義国家』論と『公共性』――和辻哲郎と尾高朝雄を中心に」のハングル訳を終えた。翻訳の過程で、考えるべき文脈が存在することに気が付いた。「公共性」という用語をめぐる問題である。近現代を通し
本文を読む来年の論文集の刊行に向け、これまで研究において縁がなかった内藤湖南(一八六六~一九三四)について私なりの研究の方向性を模索している。研究において縁がなかったというのは、「韓国」の研究者が「昭和の言説」としての「支那学」
本文を読む「日本」を立ち上げようとする「非常時」の言説としての「日本精神」論は、1930年代の「日本思想史」と「日本倫理思想史」という学術的言説が成り立つ以前の1923年9月1日の「関東大震災」を契機として語られ始める。大川周
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