“Tech”の重要性と新著『サイバー空間における覇権争奪』

著者: 塩原俊彦 しおばらとしひこ : 高知大学准教授
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マイクロソフトは2019年7月、顧客の電子書籍リーダーやコンピューターから、顧客が購入していた電子書籍をすべて削除しました。同年4月2日に公表していた措置を実施したのです。みなさんは、電子書籍を購入すれば、その所有権は購入者のものと誤解しているかもしれません。しかし、その電子書籍は決してあなたが所有しているわけではないのです。いわば、電子書籍へのアクセス権をもつだけで、処分権を保有しているわけではありません。これは、デジタル著作権管理(Digital Rights Management, DRM)と呼ばれる、著作権の複製を防ぐ目的で電子書籍を購入してもその書籍に対する占有権と処分権の両方が与えられるわけではない仕組みに起因しています。もちろん、マイクロソフトは電子書籍の代金をすべて返金しますが、購入者がメモ書きをしている場合でもそれは容赦なく消去されてしまいます。その場合、25ドルが支払われるというのですが、損害賠償請求訴訟が起きても不思議はないほどの微々たる補償にすぎません。

こうした大切な問題に関連して、「マイクロソフト 電子書籍 新聞」という言葉を使ってGoogle検索にかけてみると、Yahooニュースには、「購入した電子書籍が“消滅”する:マイクロソフトの撤退で、再び「DRM」の問題点が浮き彫りに」という記事がありますが、大手の新聞社は何ら報道していないようです。

こんな状況にあるために、大学生に対して、「いま世界中で起きているIT(情報技術)関連の最新情報をどう得ているのか」と尋ねると、返事に窮する者ばかりです。日本語で書かれた新聞さえ読まない彼らにとって、せいぜい断片的な情報を得るのが「やっと」といった状況にあるようです。

 

あまりにひどい日本の報道

日本の新聞はITに無関心すぎます。日本経済新聞だけが「ブロックチェーン」にも目配りしているように思えますが、それでも「包括的」な理解に資するような内容にはほど遠い。朝日新聞は6月19日朝刊の一面トップで、フェイスブックの暗号通貨であるLibra(リブラ)開発の話を報道しました。問題はこうした見識が永続するかどうかにあります。そのためには、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストのように、“Tech”欄を設け、絶えずITやデジタル経済の動向に目配りすることが必要になります。しかし、日本のマスメディアは、とくに若い読者がもっとも必要とする情報を届けようとしていないのです。わたしからみると、学生が新聞を読まなくなったのは至極当然です。彼らのニーズに新聞はこたえていないのですから。

テレビは「同調気質」にとらわれすぎです。アニメーション監督の高畑勲は日本人の同調気質の問題点によく気づいていました。聖徳太子の「和をもって貴しとなす」という教えが過剰に日本人を同質化しています。その結果、視聴者をバカにしたような低劣なテレビ番組ばかりが目立ちます。NHKの報道の劣化はもはや「犯罪」レベルですね。なにしろ、後述する「ディスインフォメーション」を率先して垂れ流しているのですから。

もう一つ困ってしまうのは、ITやデジタル経済にかかわる報道が大きく歪められてきた事実にあります。元郵政省、いまの総務省による通信業界やテレビ業界への影響力のために、こうした分野の報道が総務省寄りになりがちなのです。さらに、御用学者がこれに寄生して利益を得ています。審議会の委員でありがら、通信会社から寄付金を受け取る者が多数いることは共同通信が暴露してくれました(2019年2月3日午後7時44分、共同通信は「携帯料金審議会委員らに4千万円」という記事を配信しました。審議結果に利害得失が直結する携帯電話会社側が研究寄付金としてカネを渡していたのです。具体的には、電気通信事業政策部会と下部組織で座長を務める一橋大学の山内弘隆はドコモとKDDIのグループ企業から900万円の寄付を受け取っていた。座長代理の相田仁を含めた、少なくとも8人が寄付を受けていたというのです。共同通信は2019年2月4日にも御用学者の実態について報道しました。都市ガス市場の規制緩和を議論する経済産業省の審議会トップと補佐役の委員ら計3人が委員就任前を含めて、業界団体「日本ガス協会」から2010年以降計約3900万円の研究寄付金を受け取っていたというのです。あきれ返るのは、日本ガス協会からも山内は1400万円を受け取っていました。横浜国立大学の大山力は2100万円をもらっていたそうです)。

そればかりか、教科書やビジネス書も、こうした御用学者中心に書かれているために、日本語ではITやデジタル経済の世界的な実相を知ることができない状況にあります。嘘を平然と書く学者もいれば、知っていても無視することで総務省に義理立てする輩もいれば、不勉強で何も知らないアホ学者もいます。

 

歴史的位相を問う

こんなおかしな状況に一石を投じるため、わたしは8月に『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法的規制の行方』を社会評論社から刊行します。その最大のねらいは、人類にとってきわめて重要な変革期にあるいまを知り、歴史的位相を問う必要性に気づいてほしいという点にあります。ITやデジタル経済にかかわる、5G、AI、IoT、ブロックチェーンなどは「リアル空間」と「サイバー空間」の融合を急速に進めています。それは、人類に新しい空間認識をもたらし、個人の形成にも、国家の形態にも、産業自体にも、あるいは法的規制のあり方にも大いなる変化を迫ることになります。

たとえば、「ディスインフォメーション」という言葉を知らない人が多すぎます。わたしはこのサイトに、2018年3月15日付で、「ディスインフォメーションからみたDishonest Abe」をアップロードしましたが、「ディスインフォメーション」という概念を知らなければ、もはやサイバー空間上の覇権争奪問題は理解不能です。にもかかわらず、日本のマスメディアは「ディスインフォメーション」について報道しません。その結果、日本人の多くは「ディスインフォメーション」による情報操作によって安倍晋三一派に騙されるという事態に至っています。

EUは2019年はじめ、ロシアからの「ディスインフォメーション」に備えたり、その効果を抑止したりする目的で、「緊急警報システム」を創設しました。しかし、それがうまく機能していないという記事が2019年7月6日付のニューヨーク・タイムズ電子版に掲載されています。これは、日本にとっても重大な影響や意味をもつ問題だと思いますが、日本人のほとんどすべては問題の所在さえ知らないのではないでしょうか。

プライバシーの問題も重要な問題です。この問題は侵害されたあとになって、ようやくプライバシーの重要性に気づくことが多いために、議論が難しいと言われています。日本のように、政治家やマスメディアが不勉強で頼りにならないところでは、プライバシー問題とデジタル経済との関係について、世界中でどのような議論が展開されているかを知ることは困難と言わなければなりません。監視カメラや監視ビデオの規制問題は国民すべてにとっての死活問題です。であるならば、もっとプライバシー問題を真正面から議論すべきでしょう。

いずれの問題も、実は、人類全体に影響をおよぼす重大問題です。なぜならプライバシーが守られなければ、民主主義は毀損されてしまうからです。ジョージ・オーウェルの小説『1984 年』に登場する「ビッグブラザー」(Big Brother)に代わって、現在、「ビッグデータ」(Big Data)および「ビッグマス」(Big Math、数学に基づく統計)からなる「ビッグアザー」(Big Other)が「神の目」をもつ存在として登場しています。事態は深刻であり、それは、人類全体の歴史的位相を問う必要性を迫っているように思えます。ITやデジタル経済にかかわる世界中の議論の動向を紹介し、包括的な理解が進んでいない日本の読者を啓蒙することも拙著のねらいの一つなのです。

 

ニーズにこたえようとしないマスメディア

日本のマスメディアは、新聞もテレビも読者や視聴者のニーズにこたえていません。ITやデジタル経済が急速に広がり、その影響力が飛躍的に拡大しているにもかかわらず、そうした変化を包括的に、かつより中立的に報道しようとしていないのです。これは日本国民を愚弄する行為ではないでしょうか。

どうか、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストのように、“Tech”欄のようなものを設けて、毎日、しっかりとITやデジタル経済に向き合う姿勢を示してほしいと思います。そうすれば、大学生もその欄だけは必ず毎日、読んでくれるようになるはずです。なにしろ、そんなものが日本にはないのですから。

わたしは、学生に「wired.jpくらいはアクセスしないさい」とアドバイスしています。もちろん、英語で書かれているwired.comも読むべきですが。しかし、この二つだけでは不十分です。全体像がなかなかつかめないためです。

そこで、わたしは拙著を教科書に指定して、2019年後期以降、2年ほどの間、ITやデジタル経済をめぐる最先端の状況について、その全体像を包括的に教える授業をしようと思っています。拙著を読めば、御用学者には決して書けない、より中立的で包括的な解説を知ることができるはずです。しかも、「デジタル空間」と「リアル空間」の融合する世界の最先端の実情を理解することができるでしょう。まずは、そこからはじめたいと思っています。この記事をお読みの方も、拙著を手にとり、ここから人類の直面する新しい事態に対する理解を深めてほしいと心から願っています。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/

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