3月18日、欧州理事会とトルコは、トルコからギリシアへの難民流入を食い止めることを目的とした難民対策法に正式合意した。しかし、この対策法については、「国連やアムネスティ・インターナショナルなどの人権団体から、目前の利だけを考慮した先見性に欠ける非人道的な対策法であるとの強い批難の声が上がっていると、インディペンデント紙 をはじめとした様々なメディアが報道している。
この合意の内容については、ジェトロ・アジア経済研究所のサイトに詳述されてある。
そして、ドイツでは「ヤン・べーメルマン(Jan Böhmermann) 事件」が起こったのだった。このベーメルマン事件は、今も、表現・言論の自由についての論争を招き続けている。 ベーメルマン事件の内容をかいつまんで説明させて頂くと下記のようになる:
3月31日、ドイツの風刺コメディアンであるヤン・ベールマンがドイツZDFテレビ番組 「Neo Magazin Royale」で、トルコのエルドアン大統領を故意に侮辱した風刺詩を読み上げた。詩はエルドアンの人権侵害行為を鋭く批判しているばかりでなく、性的に品位を乱す汚らしい表現でたっぷりと味付けがされていた。
この番組が放送された数日後、トルコ政府はドイツ政府にベーメルマンの刑事訴追を起こすようにと要求してきた。
4月15日、メルケルは記者会見でドイツ政府がベーメルマンを刑事訴追することを承認したことを発表した。ドイツの刑法103条は、ドイツ国民が外国の代表者(国家元首など)を侮辱することを禁じているが、メルケルが、風刺コメディアンであるヤン・ベーメルマンを捜査させる許可を下したことは大いに物議を醸し出す結果となり、ウォールストリート・ジャーナル、ドイチェヴェレ、ガーディアンなど数々のメディアが揃って、基本人権である言論・表現の自由を脅かすものとして、ベーメルマンの刑事訴追を決定したメルケルを批判している。さらに、ドイツのある世論調査によれば、66%のドイツ人が、メルケルがベーメルマンの刑事訴追を決定したことに不賛成であるとのことである。
抄訳してご紹介させて頂くツァイト・オンラインの記事は、4月23日にアンゲラ・メルケル首相がトルコの難民キャンプを視察した模様について厳しい批判を混えながら報道している。
なお、このメルケル氏の訪問に先立ち、ドイツのハイコ・マース法務大臣はメルケルに、トルコ訪問中には「言論の自由について公然と言及してほしい」と要請したが、メルケルはトルコ訪問中にこれらの問題については一切触れようとしなかったのである。
原文(独語)へのリンク:Zu Besuch im aufgeräumten Vorzeigecamp
Zeit Online 記事:きちんと整頓されたショーケースのような難民キャンプを視察
2016年4月23日
チェジデム・アキオル( Çiğdem Akyol )-イスタンブール
(抄訳:グローガー理恵)
メルケル首相は難民キャンプで、EU・トルコ難民対策は機能しているのだということを実証したい。そうすることによって、メルケルはトルコ政権による演出に部分的に関与しているのである。
❮トルコ – メルケルがシリアとの国境に位置する難民キャンプを視察❯
トルコには、およそ2百70万人の難民が居るが、そのうちの約1万人がトルコとシリアの国境にあるニジップ難民キャンプに避難している。アンゲラ・メルケルが訪れたのは、そのニジップ・キャンプである。さらに、メルケル首相は今回のトルコ訪問中に、難民に対するケアがよくなったと称賛することもやった。
トルコとの難民取引対策はうまいこと機能しているーこれが、アンゲラ・メルケル首相がシリア国境に近いトルコ南東地方を短期視察した際に伝えたかったメッセージである。
結局のところ、難民危機からの脱出法として、EUとトルコ政権との難民取引対策の提案を押し通したのは、メルケル首相自身なのだ。難民対策合意における一つの目標は、ともかく何よりも、できるだけ多数のシリア人がヨーロッパへ入ろうとすることさえもできなくなるようにさせ、彼らをトルコに留まるようにさせることである。この目標を達成するために、EUからトルコに莫大な財政援助を提供することで、トルコにおける難民の生活状況を改善させようというわけだ。
また、トルコのアフメト・ダウトオール首相も、このEUとトルコ間の難民の取引対策はうまく機能しているのだというメッセージを広めたいとの意図があったので、その意図に適うように、メルケル首相のトルコ訪問のスケジュールは計画された:最初の訪問地は、シリアとトルコの国境地帯にある ” ニジップ I ” 難民キャンプだった。トルコには、計およそ250万人のシリア戦争難民が居るが、その内の約4,850人が、この ” ニジップ I ” キャンプに避難している。そこは、きちんと整頓されているショーケースのような難民キャンプである:テント(複数)には、エアコンとサテライトが設置されてある。避難民たちは身だしなみがよく、洗濯されたさっぱりした衣服を身に付けていて、すべてが秩序正しく整然としている。このような中で、メルケルとダウトオールが難民の子どもたちを抱擁している、美しい写真が生まれたのだった。
しかし:これらの写真は、トルコに居るほとんどのシリア人が置かれた忌まわしい現実とは全く関係のない、焦点がぼけたソフト・イメージの写真である。現実は、難民は未だに教育を受けられる機会を与えてもらえる可能性がほとんどなく、誰にも頼れることなく自力で*、餓鬼賃金の仕事をしながら自分たちの生計を立てていかねばならないのである。
しかし、メルケルはこの様な難民の実態を目にすることはなかったし、次の訪問先、トルコ南部に位置するガジアンテプ市にある、国連難民機関Unicefによって運営され、EUの資金によって賄われている児童養護施設においても同様の事であった。ここでも再び、嬉しそうな顔をした難民たちと並んだメルケルとダウトオールの写真がつくり出された。
勢力関係の変化
メルケル首相が、制限なしに、このトルコ政府の演出に協力したという事、さらに、彼女が、人権問題や言論-報道の自由が問われているトルコの現状に関連した都合の悪い問題には敢えて触れようとしなかった事が、勢力関係の変化を如実に物語っている。
メルケルは長年の間、トルコは ” 特権あるパートナーシップ ” を維持する事ができるのみで、EUの加盟国になることは決してない、との立場を主張してきた。全ヨーロッパにおいても多くの国々が同様の立場をとってきた。彼らは、トルコが、まだ開発途上にある、民主主義も十分に確立されていない、イスラム教の影響が強すぎる国家であるとして、トルコのEU加盟申請に対して難色を示してきた。
レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の新たな権力ある役割
しかし、何十万人という難民が絶望のあまり故国を離れヨーロッパヘと移動し始めたのだった。- そうしてEUは難民問題を故意に看過した傲慢な政策をもはや追求していくことができなくなった。
この事は、とりわけ去年の10月にメルケルがイスタンブールを訪問した際に明らかになった。その時メルケルは、「(EUとトルコが)より緊密に協力すべき、しっかりとした理由があります」と述べた。それ以後彼女は、トルコ市民が夏以降はビザなしで、シェンゲン圏に入ることが許されるようになるようにと努力してきた。当時、何人かのトルコ人ジャーナリストはメルケルの突如の譲歩ぶりに驚かされ、彼女がフクシマ原子力災害後にパニック的脱原発プランで方向転換をやった事になぞらえた。
今、メルケルは、ある人物と折り合っていかねばならなくなった。その人物とは、ドイツ人の大多数が、非常に批判的な目を注いでいるジェップ・タイイップ・エルドアン大統領のことである。大半のドイツ人が彼に対して懐いている批判的感情は、ヤン・ベーメルマン事件に始まったことではなく、もう既に、その以前から存在していたものである。エルドアン大統領は自分に異議を唱える者たちを嘲罵し、時には彼らを「低能」、「イスラエルの精液 」-またはエルドアンにとっては罵言になる- 「アルメニア人」などと呼んで非難攻撃する。
彼は、政権に批判的なメディアを告訴し税務調査することで彼らを破壊したり、国家の強制管轄下においたりすることもやる。国境なき記者団が最近公表した報道の自由ランキング・リストによると、トルコは計180国の中で151位にランキングされている。その一方では、1,800人以上にのぼる人々が大統領侮辱の疑いで、エルドアン大統領によって告発されている。
トルコで懸念される全く別の問題
これら全ての事は「テロ民兵団 – イスラム国家 (IS) 」から逃れ、国境を越えトルコに入国できることを待っている何千人もの難民とは関係のないことである。しかしトルコ側は、シリアからの難民がトルコとの国境を越えて入国させることをしていない。-でもEUからの支援をちゃんと頂いているのである。
また、これはトルコのメディアでちょっとの間だけ取り上げられた「ヤン・ベーメルマン事件」ともまったく関わりのないことである。なぜならトルコには、その国の大統領がドイツの風刺コメディアンを告訴すること以外に、重大な懸念すべき全く別の問題が存在するのである:それは、トルコ南東にあるクルディスタン地域における内戦的状況に加えて、ISやクルディスタン労働者党-党員によるテロ攻撃がトルコを度々揺さぶっていることである。その他にも失業者数の増加という非常に深刻な問題がある。トルコ統計庁は、現時点においてトルコ人の失業届けが3百万人以上もあり、これには、とくに難民の不法就労が寄与しているものと推定している。にもかかわらず、これらのエルドワン政策が困じた厄介な状況については、メルケルのトルコ訪問では全く問題にされなかった。メルケルは、今回のトルコ訪問は彼女にとって単にEU・トルコ間の難民対策合意を実施することだけに関連したものであるということを既にトルコ訪問する以前にはっきりとさせていたのである。
以上
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❮訳注❯
* 「誰にも頼れることなく自力で」とは:多くの難民はトルコで労働許可が得られないために不法就労を強いられていることを示唆する。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3421:160505〕