世界資本主義フォーラム「東欧体制の崩壊」に参加して(追加)
- 2020年 1月 15日
- 評論・紹介・意見
- 大谷美芳
その後、岩田昌征さんの『20世紀崩壊とユーゴスラヴィア戦争』を読みました。
「多民族、多宗教、多歴史、そして多文明をユーゴスラヴィアという連邦国家に『友愛と団結』させていた2つの接着剤、自主管理社会主義と非同盟政策とは、ともに耐用年数が過ぎひからびてしまい、その粘着力を失ってしまった。……このような状況に不死鳥の如く蘇ったエトヴァスがある。すなわち、社会生活や政治生活の表面に出ることをそれまで許されなかった民族主義であり、伝統であり、宗教である。」(p45~46)
ユーゴ崩壊だけでなく、ソ連崩壊も、またEUの分解傾向についても考えました。
①なぜ「自主管理社会主義」は民族主義を超克できなかったのか?
「1980年代を通して、対西側債務の重圧に直接起因する経済危機にあえいでいた。……経営者社会主義、あるいは経営者資本主義を目指す改革を模索しはじめていた。」(p124)
「誰が勝者、つまり資本家(所有者)に成り上がり、誰がそのような新しい資本家に雇用される賃労働者(無産者)に成り下がるか。」(p129)
「社会有財産→国有財産→私有財産という所有形態の急転換に必然的に伴う、階級形成闘争、すなわち社会有財産と国有財産のぶんどり合戦の相で考察する。」(p160)
労働者自主管理は、「基礎組織」「労働組織」「連合労働組織」の三段階で管理・運営していたが、企業レベルに止まっていた。産業と国の全体は官僚が管理・運営し、社会主義ではなく、やはり官僚制国家資本主義であった(国家は人民民主主義独裁のブルジョア階級独裁への変質)。ミロヴァン・ジラスの「新階級」批判は早くも1957年であった。
連邦国家と言うが、実質は国家連合であった。その各国で、「ぶんどり」=強奪で「階級形成」して私的資本家が登場し、私的資本主義化した。そこから民族的対立を深め、1990年代に次々に分離・独立していった。
民族主義は、「表面に出ることを許され」ず、制度的に(とチトーの権威で)抑制されていた。しかし、それを超克するのは、民族を超えたプロレタリア階級の「友愛と団結」であり、それには、その基礎として、労働者自主管理を産業と国の全体に拡大していくべきであった。長期の過程となるが、それが社会主義(国家はプロレタリア階級独裁)あり、その社会主義の国家連合である。それができなかった。その主客両面での総括が必要だろう。
②ソ連崩壊は帝国主義の崩壊 分解傾向のEUに対するプロレタリア階級の態度は?
ソ連崩壊は、社会主義の崩壊ではなく、帝国主義の崩壊であり、歴史的進歩であった。東ヨーロッパの従属諸国と国内の被抑圧少数諸民族が国家主権と民族独立を達成した。
現在、加盟各国で反EUと排外主義が台頭している。独仏枢軸とりわけドイツ帝国主義の支配はある。しかし、その中心は金融資本主義の支配、緊縮財政による格差拡大や福祉・社会保障の切捨や貧困化などであり、国家主権と民族独立の侵害とまでは言えない。現状では、EU離脱ではなく、EU民主化が基本だと思う。
プロレタリア階級と社会主義の原則は民族を超えた国際的な「友愛と団結」である。当面は反格差反緊縮や移民・難民問題での排外主義反対などの闘争における、EU各国のプロレタリア階級の共同が追求されるべきだろう。長期的には革命による社会主義を基礎とした、平等な国家連合だろう。そこでは広範な分権と自治のために、ブルジョア革命で成立したが分離・独立運動を抱える現存の国家の再編を伴うと思う。(おわり)
2020.01.14
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〔opinion9352:200115〕
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