「東京五輪、中止を」 アスリートの緊急提案
- 2021年 1月 26日
- 評論・紹介・意見
- 伊藤三郎新型コロナウィルス東京オリンピック
「2021 迎春」という大きな活字のわきに縦書きで「アスリートとして不本意ですが……」――元日届いた賀状の一枚にハッとした。その下には横書きで「奈落に潰(つい)える前に五輪再考」「選手村はコロナ対策基地に」と。
差出人は私の古巣「朝日新聞」同期の記者仲間、馬上康成氏(82歳)。というよりも、五輪競技、ボートの世界では知る人ぞ知る元東大ボート部の有力選手で、シングル・スカル(一人漕ぎボート)部門で「全日本2位」(1960年)という堂々たる戦績を持つ一流アスリートである。
その馬上氏が、いまコロナ禍が深刻化する中、予定通りこの7月に開催するのかどうか、政局をも左右する微妙な問題に「再考」を求めた裏には、それなりの葛藤があったことを「アスリートとして不本意ですが」という一言に感じた。
かく言う筆者も大学時代にテニスの「全日本学生」に出場した「インカレ選手」。おなじアスリートの一人として「不本意ながら」も五輪中止を主張せざるを得ない馬上氏の切なさを受け止め、私を含めて少なからぬスポーツ愛好者たちも賛同する、と直感した。そこで早速、「五輪再考」提案の心を馬上氏にあらためてmail で質問したところ、「コロナ禍がここまで拡がってきた以上、東京五輪開催は潔く断念すべきでしょう」という明快な言葉に続けて、以下のような懇切な返答があった。
「選手村など五輪施設をコロナ対策に振り向ければ医療危機の急場を救うことにもなります。これは新型コロナウイルスが日本に上陸した時点でやっておくべきでした。そもそも五輪招致を汚い手(IOC=国際五輪委員会=委員の買収)で勝ち取ったという疑惑は色濃く残り、初めから真の祝福に値しない宴でもありました」
馬上氏はさらに、コロナ禍が始まった2020年初め以来、安倍、菅両政権通じてコロナ対策のイロハを忘れてきたことを指摘し、「疫病退治」に辣腕を振った後藤新平・元東京市長を引き合いに出してこう続ける。
「後藤が瀬戸内海の小島を検疫所とすることによってコレラなどの厄介な疫病を封じ込めるのに成功した故事は広く知られています。同じ手法でこんどの新型コロナの感染爆発を抑え込むことができたはずです。幸か不幸か、高層マンション型の東京五輪選手村は新型コロナ感染者を隔離するにはうってつけの海辺に既に完成しています。その活用を阻み続け、五輪にあやかることを企んだ為政者たち、“五輪族”の罪は計り知れないものがあります」
後藤は、ブログ情報などによると、東京市長や内務大臣なども歴任した明治・大正時代の伝説的政治家で、著名な社会学者・鶴見和子、哲学者・鶴見俊輔姉弟(ともに故人)の祖父に当たる。その後藤がまだ内務省衛生局に務めた若い官僚時代、20万人に余る日清戦争の帰還兵たちに蔓延したコレラ、腸チフス、赤痢菌の国内持ち込みを防ぐため、瀬戸内の広島県似島(にのしま)に2ヶ月の突貫工事で検疫所を完成させて国内への2次感染を抑えた。その英断が国際的な評価を得たと言う。
そう言えば、冒頭に紹介した馬上氏の賀状には「コロナ対策基地……」の下に「検疫・隔離、病棟、研究本部、医療スタッフ養成センター」の具体案を示すメモも。ここまで読めば賢明な読者はすでにお気付きだろう。「早く感染者を見つけて隔離するというウィルス感染予防の常識をなぜ厚労省はやらないのか」というノーベル生理学・医学賞受賞者(2018年)、本庶佑(ほんじょたすく)・京大特別教授の怒りの発言(「テレビ朝日」1月18日)と馬上氏の提案はここで軌を一にする。たかが年賀状というなかれ、この葉書1枚には馬上氏の長年の研究と熟慮の成果が集約されていたのだ。
ところで馬上氏は、2年前の「全日本マスターズ・シングルスカル(80歳以上の部)」で金メダルを獲得するなど、いまもれっきとした現役アスリート。余技としてテニスも愛好し、私事だが数年前まではシニア大会ダブルス戦で私のパートナーをお願いしたこともあった。そんな関係で、馬上氏の『五輪中止』提案を私のテニス仲間たちにもmail で知らせたところ、「一刻も早く(菅首相に)五輪辞退宣言をさせるよう馬上氏にエールを」(男性、80歳)など、馬上提言への賛成の声が続々と。
そう言えば東京五輪組織委員会の森喜朗会長が先週12日の会見で五輪準備について「淡々と予定通り進めていく」と語る一方で「3月にかけて難しい判断が求められる」(朝日新聞)と微妙な表情も見せた。政界では森会長の言う「難しい判断」が、もし「中止」となれば政局激動が、いまや政界の常識とか。これは東京五輪が政権維持の思惑がらみのイベントであることの何よりの証だろう。
菅首相を昔の大政治家と比較すべくもないが、コロナ危機がここまで深まった今となっては、「東京大会に限らず次回のパリ大会(2024年予定)も含めて、全世界でコロナ禍が収まるまで五輪を凍結、その間に今の五輪のあり様を根本から考え直す機会に」という馬上氏の直言を即刻受け入れてはどうか。コロナ対策で何を言っても「国民に届かない」と批判され、支持率急落の菅首相には、もうそれしか道がないのでは。
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