『非国民文学論』(田中綾著)の書評を書きました
- 2021年 3月 7日
- 評論・紹介・意見
- 内野光子田中綾非国民文学論
イチジクの根方のスイセンが咲き出しました
『社会文学』編集部からの依頼で、田中綾さんの新著『非国民文学論』の書評を書きました。金子光晴は、これまで、アンソロジーで読むくらいでしたが、今回、まとめて読む機会となりました。また、丸山才一の『笹まくら』も初めて読むことになりました。知ることのなかったことを知り、少しばかり学んだ気がしています。お気づきの点など、ご教示いただければうれしいです。
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田中綾『非国民文学論』(青弓社 2020年2月)書評
本書の構成は以下の通りである。
第1部 非国民文学論 序章いのちの回復/第1章〈国民〉を照射する生―ハンセン病療養者/第2章〈幻視〉という生―明石海人/第3章〈漂流〉という生―『詩集三人』と『笹まくら』/終章パラドシカルな〈国民〉
第2部〈歌聖〉と〈女こども〉 第1章明治天皇御製をめぐる一九四〇年前後(昭和十年代)/第2章仕遂げて死なむ―金子文子と石川啄木
いずれも二〇〇〇年以降十年間における論稿だが、第1部は、出版に際して、加筆・修正をしているという。序章では、北條民雄の小説「いのちの初夜」(一九三六年)を取り上げ、国家からも〈国民〉からも疎外された「ハンセン病療養者が『書く』ことを通して新しいいのちを獲得しえたこと」を評価する。第1章では、ハンセン病療養者の戦時下の短歌作品から「〈国民〉から疎外された環境にありながら、むしろ戦時のもっとも〈国民〉的なまなざし」を読み取る。第2章では、明石海人の歌集『白猫』(一九三九年)の後半「翳」に着目し、身体こそ拘束されながらも、何ものにも強制されない想像力で独自に構築していた作品世界を「〈幻視〉による生」と捉えている。これらの章では、短歌の一首一首を丁寧に読み込み、制約された環境の中で、「生き続ける」ことの意味を探り続けている作者たちに敬意を払うとともにその作品を高く評価する。著者のこれらの論述の根底には、ハンセン病に対する従来の「救癩の歴史」と「糾弾の歴史」という二項対立の構図から脱したいという思いがあり、多様な『生存』の営みの過程を具体的に明らかにした上で、近代日本のハンセン病問題を捉え直すという「新たな枠組み」(広川和花『近代日本のハンセン病問題と地域社会』 大阪大学出版会 二〇一一年)を目指しているからだろう。多様な生存の営みへの照射は重要である。しかし、たとえば、藤野豊による『「いのち」の近代史―「民族浄化」の名のもとに迫害されたハンセン病患者』(かもがわ出版 二〇〇一年)や戦前から国策としての絶対隔離政策、無癩県運動を批判してきた小笠原登医師による「強制隔離」の実態究明をも「糾弾」と捉えかねないところに、私は若干の危惧を覚えた。葬られてきたさまざまな具体的な事実を広く知らしめた役割も忘れてはならない。また、「救癩」の歴史には皇室との深いかかわりがあること、療養所内での文芸活動が「精神的慰安」になるとして政策的に奨励されていたことへのさらなる言及、検証も欲しかった。一九九六年「らい予防法」廃止以降、「らい予防法違憲判決」を経ても続くハンセン病療養者、家族、遺族たちへの差別を目の当たりにすると、一層その思いが募る。
つぎに、著者は、金子光晴が疎開中の一九四四年一二月から四六年三月に、妻と息子の三人で綴っていた私家版の詩集「三人」(二〇〇六年古書店で発見、二〇〇八年出版、光晴の作品の一部は公表済み)に焦点をあてる。光晴は、妻森三千代、息子乾と家族三人が結束して、息子の二度の召集を病人に仕立てて逃れていた。著者は、徴兵忌避という行動のさなかの詩作に「家族以外どこにもよりどころがない漂流者としての視線」を捉える。一九三七年、光晴が出版した詩集『鮫』は抵抗詩集としての評価が高く、時には自虐的に、あるいは執拗なまでに嗜虐的に歌いあげた作品が多いと私も読んだ。光晴は、太平洋戦争下に雑誌等に発表した作品と発表のあてもなく綴っていた作品を、敗戦後の一九四八年に『落下傘』『蛾』として、一九四九年に『鬼の子の唄』として、一気に出版している。加えて、上記のような経緯で出現した詩集『三人』には、徴兵忌避をした息子を両親が守り抜き、励まし合うという詩作による「交換日記」の趣がある。その中の光晴自身の作「冨士」「戦争」「三点」「床」「おもひでの唄」が詩集『蛾』に収められた。「三人」では、呼び合っていたあだ名を、『蛾』への収録にあたって「子供」「父」「母」と普遍化し、加筆や修正も頻繁になされている。上記五篇の作品も、他の未発表作品と同様、完成させたのは敗戦後とみなすべきだろう。
光晴の作品には、日付があるものとないものが混在し、雑誌への既発表作品を、詩集所収の時点で、日付を操作し(「瞰望」「真珠湾」「洪水」など、『落下傘』所収)、詩句を書き換えたりする。たとえば、『蛾』所収の「冨士」での書き換えや『落下傘』所収の「湾」は初出(『文芸』一九三七年一〇月)の「(略)地平は/音のないいかつち、/砲口は唸りで埋まる。戦はねばならない/必然のために、/勝たねばならない/信念のために」の傍線部が削除されたりする。『定本金子光晴全詩集』(筑摩書房 一九七七年六月)の光晴による「跋」には、若い時の詩に手を入れるなどするのも「しかたのないこととお宥し下さい。それから、詩集に入ってゐたもので意に充たないものは削除して」とあり、彼の作品鑑賞には、相当の考証が必要になろう。
つぎに取り上げられた丸谷才一の小説「笹まくら」は、戦時下に徴兵拒否を選択した青年の中年に至るまでの〈漂流〉の物語である。本書では、敗戦後における、一市民の暮らしを脅かす「非国民」のレッテルの「連続性」に着目している点に、私も共感した。その「連続性」の由来については、作家も、著者も明確にはしていない。
第2部の一九四〇年代に「明治天皇御製」の「謹解書」の類が噴出した背景についても、著者とともに考えたかったが、誌面が尽きた。(『社会文学』53号 2021年3月)
初出:「内野光子のブログ」2021.3.6より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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