電力固定価格買取制度の失敗
- 2011年 6月 25日
- 時代をみる
- 近藤邦明
No.611「 自然エネルギ-発電のコスト試算」で電力供給の10%を太陽光発電で賄う場合の費用を160兆円程度と推定しました。菅直人は、2020年代の早い時期に電力供給の20%を自然エネルギー発電で供給すると公約しました。もし本当にこれを実施するとすれば、この10年ほどの間に200兆円を上回る投資が必要になります。
これは、平常時であっても費用を捻出するのは簡単なことではないでしょう。まして今回の東北大震災の復旧と福島第一原発事故の処理に莫大な資金が必要であり、復興国債という名の本来なら禁止されている赤字国債を発行してまで資金調達を行うことが検討されている時期に、200兆円ものドブ銭を支出するなど、ほとんど狂気の沙汰です。
菅民主党政権は、自然エネルギー発電導入のために自然エネルギー発電電力の全量固定価格買取制度の導入を目指しています。この制度の先発国であるドイツやスペインでは、当初、確かに風力発電装置や太陽光発電パネルの導入量を飛躍的に増やしました。しかし、その後は自然エネルギー発電の発電能力の低さと不安定性が露見し、電力供給面でも財政面でも大きな問題となっています。
まずドイツの電力全量固定価格買取制度(Feed-in Tariff)について、No.600「ドイツの全量固定価格買取制度の失敗」で紹介した『ドイツは間違った:全量固定価格買取制度(フィード・イン・タリフ)は正反対の結果』の内容を紹介します(このレポートは、RWI(ライン・ヴェストファーレン経済研究協会)が2009年11月に発表した「再生可能エネルギー推進の経済的影響」と題する論文の概要を紹介したレポートです。)。
<論文の要点>
■ドイツの電力会社がグリーン電力購入に要する金額は現在1.5ユーロ・セント/ KWH(2円)に達しており、支払請求を受ける家庭電力料金(20セント)の7.5%に相当している。
■20年間のグリーン電力購入を保証しているので、仮に2010年に制度を終了させても消費者側の支払債務は太陽光発電で533億ユーロ(7兆円)、風力発電で205億ユーロ(2.7兆円)の巨額に達する。
■目指すCO2削減にしても、太陽光発電の削減コストは716ユーロ/トン、風力発電の削減コストは54ユーロ/トンで、欧州排出権取引市場価格(18ユーロ)のそれぞれ40倍、3倍というコスト効率の低いものとなっている。
■雇用創出面でも、太陽光の場合実際にはアジアからの輸入によって設置数の半分が占められている。太陽光従事者48,000人に純増コストを割振ると、1人当たり175,000ユーロ(2,200万円)の補助金を出していることになる。
■エネルギー・セキュリティー増大を目指しているが、実際にはバックアップ電力としてガス火力発電を待機させる必要があり、2006年には5.9億ユーロ(750億円)を要した。またガスの36%はロシアから輸入されるため、セキュリティーの向上ではなく引下げとなっている。
■コスト削減とイノベーションを目指して電力購入価格の逓減方法を採り入れているが、実際には正反対の結果となっている。太陽光発電の投資家は今日現在の高い価格での長期販売を望み、技術の改善には無頓着である。政府が勝者と敗者を分けるようなプログラムでは効率的なエネルギー・ミックスは実現しない。
■競争力を持たない揺籃期の技術については、政府は大規模な生産を推進するよりも研究開発に投資する方がコスト効率は高い。特に太陽光発電についてそう言える。
この要約の中で特に後半に挙げられた3項目の指摘は重要です。
不安定な自然エネルギー発電は自立することが出来ないため、バックアップ用に火力発電を準備しておかなければならないのです。このバックアップ用の発電機の運転は不規則なものになるため、必然的に発電効率は低くなり、通常の火力発電以上の経費が必要になります。
更に、改良の可能性の低い技術にはいくら補助金を投入しても思うような効果は期待できないのです。このHPでは再三指摘してきましたが、投入費用に対して発電効率が低いという風力発電や太陽光発電の問題は、自然エネルギーという不安定なエネルギーを利用すること自体が原因なのであって、捕捉技術の多少の改良で克服できる問題ではないということがドイツの政策担当者には理解できなかったようです。自然エネルギーの捕捉技術、例えば太陽放射量に対する発電効率の改善は太陽光発電システム全体から見ると些細な技術改良にすぎないのです。
最後に、現実的にはほとんど不可能だということはわかりきっていますが、もし仮に技術的な改良によって将来的に自然エネルギー発電が火力発電よりも優れた(石油節約的であり、安定性の問題を克服することが最低条件です)発電方式になる可能性があるとしても、現状で劣ることが明らかな場合には国家が補助金政策によって無理な普及を進めることは社会全体のエネルギー効率を著しく悪化させることになります。
自然エネルギー発電に対して『現状では高コストであることだけが問題』という評価をする愚かな人がいます。工業製品として高コストであるということは自然エネルギー発電装置の製造段階でそれだけ大量の工業的エネルギーを消費していることを意味しています。高コストであること『だけが問題』なのではなく、高コストであることはエネルギー供給技術としての『致命的な欠陥』なのです。
国家の政策としては、自然エネルギー発電の技術的な優位性が確認された段階で初めて実用的な運用に投入すべきです。しかし、自然エネルギー発電が実質的に既存の火力発電よりも優れていることが実証できれば、国庫からの補助など無くても経済原理で動く市場であれば自ずと自然エネルギー発電にシフトするので、実用段階において国庫補助は必要ないのです。そこで、レポートで述べている通り、海のものとも山のものともわからない技術に対して国家は小額の研究費を助成するのにとどめることが最も有効です。
もう一つの例をスペインの国家財政悪化にも影響を及ぼしている太陽光発電の導入についてのBloomberg.co.jpの記事で紹介します。
スペイン:太陽光発電の起業家が破たんの危機-補助制度見直しで暗転
10月19日(ブルームバーグ):
ジャーマン・ビリメリス氏は2007年、「ゴールドラッシュ」の様相を呈しているスペインの太陽光発電について義兄から聞いた。
ビリメリス氏らが週末を過ごしていたスペイン北東部の町リェイダ周辺の平原地帯では、太陽光発電を支援する政府の補助金を得るため、農家が農地に光起電性パネルを次々と設置していた。そこでビリメリス氏は、5エーカー(約2ヘクタール)の農地でナシを栽培して生計を立てていた父親のジョームさんを、農地の一部を太陽光発電事業に利用するよう説得したと、ブルームバーグ・マーケッツ誌11月号は報じている。
ビリメリス氏(35)は投資資金を確保するため、貯金を下ろしアパートを抵当に入れて40万ユーロ(約4500万円)を超える融資を取り付けた。太陽に向かって傾けられた7つの台には計500枚の太陽光パネルが設置され、発電能力は80キロワット。9カ月以内に、ビリメリス家の発電施設から全国の送電網に電力供給が始まった。
サパテロ政権は07年に制定された法律で、太陽光発電による電力について1キロワット時当たり最大44セントの料金を25年間にわたって保証した。07年の大手エネルギー供給会社の電力卸売価格の平均は同約4セント。その10倍以上の価格だった。ビリメリス氏ら太陽光発電への投資家はこの法律に引き付けられた。
この奨励策のおかげで一家は借入金を毎月返済し、少額だが利益も出た。ビリメリス氏は、18年に借入金の返済が終了したら、法律で補助金が保証されているその後15年間にさらに利益を上げるのを楽しみにしていた。
「だまされた気分」
今になって政治家らが、最初に投資の動機付けとなった価格保証の引き下げを検討しているため、ビリメリス氏らスペインで太陽光発電を起業した5万人以上が財政難に直面している。
ビリメリス氏は「だまされた気分だ。われわれは法律に基づいて資金を注ぎ込んだ」と語る。
サパテロ首相は3年前、スペインの化石燃料への依存度を軽減する取り組みの一環として補助金制度を導入。同時に、再生可能エネルギーへの投資は製造業の雇用創出につながり、二酸化炭素(CO2)排出削減を目指す国々に太陽光パネルを販売できる可能性もあると約束した。
ところが、プログラムのコスト管理に失敗し、スペイン政府は再生可能エネルギー投資家に少なくとも1260億ユーロを支払う義務を背負い込むことになった。国内の製造業者は短期的な需要に対応できなかったため、太陽光パネルの大半を輸入。投資は、環境関連の雇用創出を目指した政府の目標達成にもつながらなかった。
スペインの光起電性パネル向け投資家で米複合企業ゼネラル・エレクトリック(GE)の元幹部、ラモン・デ・ラ・ソタ氏は、スペインの事例は、数十億ユーロ規模の補助金制度を導入しても代替エネルギー産業の構築がいかに困難かを示しており、中国や米国などグリーンエネルギー政策を推進する国々にとって教訓になると指摘した
出典:山口光恒の「地球温暖化 日本の戦略」
http://eco.nikkeibp.co.jp/article/column/20110406/106293/01s.jpg
図に示すように、2007年にスペインで太陽光発電電力の高額買取制度が制定されたことによって2008年の導入量は飛躍的に増加しました。しかし程なくしてスペインの財政悪化が表面化し、制度の見直しが行われた結果、太陽光発電バブルは一気にしぼんでしまいました。
ドイツにしろスペインにしろ、自然エネルギー発電のあまりにも高い導入コストと、低い発電効率という技術的な問題を克服できずに、導入促進政策が事実上破綻しています。しかし、現在菅政権の打ち出している10年間ほどで200兆円という膨大な導入費用はドイツやスペインの例よりも桁違いに大きな出費です。更に設置後の電力価格上昇の負担とあいまって、日本経済は取り返しのつかないダメージを受けることになるでしょう。ドイツやスペインの自然エネルギー発電電力に対する高額の固定価格買取制度の失敗の経験を徹底的に分析し、菅直人の愚かな思い付きを何とか阻止することが必要です。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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