自然エネルギー発電幻想
- 2011年 6月 27日
- 時代をみる
- 近藤邦明
No.618、No.621の2回にわたって欧州の自然エネルギー発電電力の高額の買取制度の破綻について紹介してきました。こうした失敗が起こる本質的な原因について整理しておくことにします。
日本において自然エネルギー発電導入を進めようとする人々は、不思議なことに、自然エネルギー発電が従来の火力発電に比較して技術的に何がどのように優れているのかを全く説明しようとしません。
彼らの主張は、自然エネルギー発電は良いに決まっているというところから出発しています。後は普及させるだけであり、『普及させる上での問題』は発電コストが高いことだけであるというのです。故に、彼らは自然エネルギー発電の技術的な問題を検討するのではなく、もっぱら高コストの発電システムを導入するための経済制度=高額買取制度を創りさえすれば問題が解決すると主張します。
しかし、電力という工業製品が高価格であるということは、エネルギー供給技術として致命的な技術の問題があるからなのです。
1.自然エネルギー発電の本質は装置製造
自然エネルギー発電が無条件に環境に良いと考えるのは非科学的な幻想です。まず、火力発電と自然エネルギー発電の定性的な特性を簡単にまとめておきます。
火力発電は発電設備があっても燃料が無ければ何も生み出しません。また、石油などの優れた燃料資源を利用するため単位発電電力量当たりの発電施設規模はごく小さいものですみます。火力発電で本質的に重要なのは電力の原料である燃料資源の存在です。
これに対して、自然エネルギー発電は電力の原料である自然エネルギーは地球上のどこにでもほとんど無尽蔵に存在する自由財なので枯渇することはありませんが、それだけでは何の価値もありません。自然エネルギー発電では発電装置を工業的に生産することが発電の本質なのです。どこにでもある低密度で拡散したそのままでは工業的に価値のない自然エネルギーを工業的に利用できるほどに集約するためには、単位発電電力量当たりに必要な発電施設規模が必然的に非常に大きなものになります。自然エネルギー発電施設という巨大な工業製品を作る過程で莫大なエネルギーが消費されているのです。
自然エネルギー発電であるから無条件に工業的エネルギー≒石油消費量を減らすことが出来るという太陽崇拝あるいは自然エネルギー信仰によって思考停止状態にあるのが現在の日本の世論の大勢であり、非常に危うい状況です。これでは再び原子力発電の安全神話を信じたのと同じ誤りを犯すことになります。
2.工業生産過程
最初に一般的な工業生産過程について検討します。工業生産とは、原料を工業的なエネルギーを利用して製品に加工するプロセスです。現在の工業生産システムを支える基本的なエネルギー資源は石油です。
図に工業生産過程の生産図を示します。横方向の流れは原料資源から製品が製造される過程を示します。縦方向の流れは、製品を作る過程で消費される石油を中心とするエネルギー資源や副次的な資源、そして製造設備の減価償却に相当する設備の損耗を示します。
工業生産過程に投入された原料は、工業的なエネルギーや工業用水や有機溶剤など(低エントロピー資源)を使用して不純物を取り除き、加工・組み立てられて最終製品になります。工業生産過程に投入されたエネルギーや副次的な資源は廃熱や廃物(高エントロピー状態)になります。
例えばゲーム機を製造する場合、鉱物資源を原料に最終的にゲーム機を生産します。消費者はゲームを楽しむという使用価値を得るためにゲーム機を購入します。この場合、原料である鉱物資源と消費者の得る使用価値=ゲームを楽しむこと、には直接的な関係が存在しません。そのためゲーム機の価格を高いと感じるか安いと感じるかは消費者の価値観によって異なり、絶対的な尺度は存在しません。複数メーカーが同等製品を販売している場合には相対的な製品価格によって高いと感じたり安いと感じたりすることはありますが、それは使用価値の絶対的な価値を評価したものではありません。
製造コストを安くするためにはどうすればよいでしょうか?生産図からわかるように、生産過程で最終的な製品になる部分以外の縦方向の消費の流れを出来るだけ少なくすることが製造コストを安くすることであり、同時に省資源的な優れた工業生産システムなのです。
3.電力生産における絶対的判断基準=エネルギー産出比
次に電力生産について考えます。電力生産という工業生産過程は、原料としてエネルギー資源(石油・LNG・石炭・ウラン・バイオマスなど)あるいはエネルギー(太陽放射・風など)を投入して、最終製品である電力もまたエネルギーだという特殊な工業生産過程です。その結果、電力を作る全生産過程で消費された工業的エネルギーの総量と製品としての電力量を熱量あるいは仕事量として同一の物理的尺度で絶対的に比較することが可能です。エネルギー製造過程の優劣を判断する尺度としてエネルギー産出比を定義しておきます。
エネルギー産出比=(産出エネルギー量)/(投入エネルギー量)
例として石油火力発電の生産プロセスを検討することにします。現在、石油火力発電電力の発電原価は10円/kWh程度です。この内、燃料費用は60%程度、6円/kWhです。
残りの4円/kWhは生産設備=発電所建設費用を耐用期間で均等割りした1kWh当たりの償却費用と、発電所運用で消費されたエネルギー費用の合計です。生産設備もまた工業製品ですから、償却費用の中には生産設備製造・建設に投入されたエネルギー費用を含んでいます。ここでは、4円/kWhの中に含まれるエネルギー費用の合計を20%と仮定しておきます。つまり、4円/kWh×20%=0.8円/kWhがエネルギー費用、残りの3.2円/kWhが生産設備の材料費用だとします。
エネルギー量を石油価格換算で表すことにします。燃料石油価格を25円/リットル、燃料石油発熱量を10.5kWh/リットルとして石油火力発電プロセスの生産図を示します。
現在、平均的な火力発電の熱効率は40%程度です。生産図から熱効率を求めると、
熱効率=1kWh/2.5kWh=40%
ですから、この電力生産図は妥当な数値を表していると考えてよいでしょう。次に、生産プロセスで消費されたエネルギーを含めたエネルギー産出比を求めると次の通りです。
エネルギー産出比=1kWh/(2.5kWh+0.33kWh)≒0.35
つまり、石油火力発電では石油1単位を投入することで0.35単位の電力を生産するのです。
次に、自然エネルギー発電の例として太陽光発電について示します。太陽光発電電力の原価は、No.594において国内の運用実績から算出したように50円/kWh程度です。太陽光発電における電気の原料は太陽光という自由財なので、費用は全て太陽光発電装置の償却費用です。太陽光発電の償却費用の内、20%を太陽光発電パネル製造・建設に投入されたエネルギー費用、太陽光発電パネルの太陽光に対する変換効率を10%として電力生産図を示します。
工業生産プロセスとしての発電システムの優劣を判断する場合、太陽光や風力というどこにでもある自由財は考慮する必要はありません。工業生産過程としてのエネルギー産出比はプロセスで投入された工業的なエネルギーに対する産出エネルギーで比較すればよいのです。太陽光発電のエネルギー産出比は次の通りです。
エネルギー産出比=1kWh/4.17kWh≒0.24<0.35
太陽光発電では石油1単位を投入することで0.24単位の電力を生産するのです。これは、太陽光発電は石油火力発電よりも石油利用効率が劣ることを示しています。
二つの生産図を比較すると、太陽光発電過程では縦方向の矢印で示す資源の消費量が圧倒的に大きいことがわかります。太陽光発電は石油消費量だけでなく、その他の鉱物資源をも大量に浪費する極めて非効率的な工業生産プロセスなのです。その結果として太陽光発電電力の原価は極めて高いのです。つまり、自然エネルギー発電電力が高価であると言うことは、発電技術として劣ることを示しているのです。
4.不安定電力による追加エネルギーコスト
これまでの議論で、電力という製品を製造する発電という工業生産過程の評価方法を示しました。この評価方法は電力だけでなく、最終的な製品の使用価値がエネルギー(運動エネルギー、熱エネルギー、光エネルギーなど)である場合に一般的に適用可能です(例えば、運用コストが非常に高い燃料電池車はガソリン・エンジン車よりも劣る工業技術です。)。
前節で検討したように、一般的に自然エネルギーは地球上のどこにでも存在しますが、同時に拡散した密度の低いエネルギーです。それ故そのままでは工業的な利用価値が無いため自由財なのです。この自由財に手を加えて工業的に価値のある電力を得るためには、膨大な工業的な生産手段が必要になります。これが自然エネルギー発電の克服不可能な一つの致命的な欠陥です。
それでも、単に発電原価が高いだけであるのならば、経済的に有り余る金の投資先に困っている国であれば自然エネルギー発電を主要な発電システムとして使うことも一つの選択肢です(勿論、この場合CO2放出量も石油消費量も増加します。)。
しかし、自然エネルギー発電にはもう一つの致命的でより本質的な欠陥があります。それが予測不能な非定常な変動です。社会的に要求される電力供給には需要に即応すること、つまり社会の要請にしたがって完全に制御することが求められます。しかし、自然エネルギーの変動は非定常で予測不能であり、ましてこれを制御することは不可能です。無制限に資金を投入することができたとしても、自然エネルギーだけで全ての電力供給を賄うことは技術的に不可能なのです。
自然エネルギー発電では、気象条件によって激しく変動し、発電量がほとんどゼロになる場合も想定されます。こうした状況に対するバックアップのために既存の発電所を廃止することはできないのです。現実的には、既存の発電所を残したまま自然エネルギー発電を併設し、条件の良いときには自然エネルギー発電で電力を供給し、発電できないときには既存の発電所を動かすという『お天道様まかせ、風まかせ』の運用を行うというのが実態です。
つまり、自然エネルギーが非定常で予測不能の変動をするという避けがたい性質から、自然エネルギー発電の導入とは、既存の電力供給システムを置き換えるのではなく、既存の施設を温存したまま更に自然エネルギー発電施設を付け加えることになるのです。社会の保有する全発電設備容量は自然エネルギー発電設備を導入した分だけ増加するにもかかわらず、供給電力量は変化しないため、結果として発電設備の設備利用率が低下することになります。
しかし、問題はそれだけではありません。自然エネルギー発電のバックアップ用の発電所は、自然エネルギー発電の非定常な予測不能の出力変動と電力需要とのギャップを穴埋めする運転を求められる結果、無理な出力変動を強いられることになります。バックアップ用の発電所の発電効率は通常の運転とは比較にならないほど低下することになります。
以上から、自然エネルギー発電を導入する場合の経済コストを正当に評価するためには、自然エネルギー発電装置を導入・運用するための直接的な費用に加えて
①バックアップ用発電所建設・運用に係る費用
②蓄電装置、揚水発電所などバッファー施設の製造・建設・運用に係る費用
③自然エネルギー発電を運用することによって既存発電所が受ける負担増による発電効率の低下に係る費用
を加えなくてはなりません。
これらの付帯的な費用を含めた“自然エネルギー発電システム”全体の導入費用に対してエネルギー産出比を算定することによって、はじめて既存の発電所を代替する場合の技術的な優劣の判断が可能となります。
例として戸建て用太陽光発電装置に蓄電装置を併設した場合についてのエネルギー産出比を算定します。
戸建て住宅用3kW太陽光発電装置260万円と蓄電装置150万円程度を設置するものとします。ただし蓄電装置の寿命はそれほど長くないので太陽光発電装置の標準的な耐用期間17年間の内に1回更新すると仮定します。戸建て用3kW太陽光発電装置と蓄電装置を併用して17年間運用する場合の総費用は次の通りです。
260万円+150万円×2=560万円
耐用期間中の総発電量は 51000kWhなので、蓄電装置併用の太陽光発電の電力原価は次の通りです。
560万円÷51000kWh=110円/kWh
太陽光発電装置と蓄電装置を併用すると、発電原価は2倍以上になります。太陽光発電システムは単位発電電力量当たり石油火力発電の 22円/6.8円=3.24倍の石油を消費することになります。「スマートグリッド」という情報通信網を付加すれば更に発電原価は上昇します。この太陽光発電システムのエネルギー産出比は次の通りです。
エネルギー産出比=1kWh/9.24kWh≒0.11≪0.35
ここでは太陽光発電を例に自然エネルギー発電による発電原価が非常に高くなる構造を示しました。不規則変動をする自然エネルギー発電をその変動を緩和するための付帯装置まで含めたシステムとして導入する場合、単位供給電力量当たりの石油消費量が火力発電を下回るような自然エネルギー発電技術は存在しないのです。
5.デンマーク・マジック
現在、電力供給において自然エネルギー発電電力の割合が最も高いのがデンマークではないでしょうか。公式には電力需要の20%程度を風力発電で賄っていることになっています。
しかし、この数字には巧妙なトリックが仕組まれています。欧州は、国境を越えた広域の送電線網が存在し、また欧州は自然エネルギーの導入に積極的であり、太陽光発電や風力発電による電力=グリーン電力市場が存在します。
デンマークは自国の電力需要の20%程度に相当する電力を風力発電で発電しています。しかし、風力発電による激しく変動する電力を自国の小さな送電線網の中で処理することはできません。デンマークは風力発電電力の大半をグリーン電力の購入に積極的な欧州の巨大電力市場で売りさばいているのです。デンマークの風力発電は実質的には自国の電力需要の1.7%(1999年)~3.3%(2003年)程度を賄っているに過ぎないのです。
では足りない電力はどうしているのでしょうか?デンマークは海外に販売した風力発電電力よりも多い安定電力を欧州の電力市場から買い付けて国内の電力需要を賄っているのです。
つまり、デンマークの総電力供給量の中で見かけ上風力発電電力が高い割合を示しているのは、周辺に風力発電の不安定電力を吸収できる巨大な送電線網と市場が存在するからなのです。これはデンマークという大陸の小国だから実現できたことです。デンマークの風力発電は、実質的には自国の電力需要のわずか数%を満たす程度の規模なのに、その不安定電力と電力需要とのギャップを調整するために既存の火力発電所は全く閉鎖できずに、全力で運転されているのです。
現在では欧州の巨大な総電力供給量に対する不安定な自然エネルギー電力の割合はまだまだ小さいので、その狭間でデンマークのような小賢しい帳簿上の処理で自然エネルギー発電の割合を高く見せることができます。しかし、仮に全ての国が10%オーダーで自然エネルギー発電を開始すれば最早他国の不安定電力を購入しようとする国は無くなり、欧州全体の電力供給が不安定化する可能性が高くなるでしょう。
現在のデンマークの状況を見て、日本でも技術的には総電力需要の20%程度は自然エネルギー発電で賄うことが可能だと判断することは誤りです。日本の電力供給量はデンマークとは比較にならないほど大きく、しかも不安定電力を海外に販売することも出来ないし、海外から安定電力を購入することもできません。全て自前で不安定電力と電力需要の調整まで行った場合、電力価格は高騰し、しかも大規模停電の可能性が高くなるのです。
6.徹底的な電力自由化を求める
一般的に市場への政治介入による特例的な優遇措置は健全な技術発展を阻害することになります。例えば日本の電力各社による地域独占販売、送電線網の独占もその一つです。電力各社が原子力発電という極めて危険で高コストの発電方式をこれまで維持することができたのはこの地域独占体制があるからです。
福島第一原発の事故を契機に、電力各社の特権を排除して電力の自由化、発電と送電を分離して開放することが求められています。この件に関しては依存ありません。
しかし、その一方で政治介入によって太陽光発電や風力発電という極めて低品質の不安定電力に対して市場価格の数倍の固定価格による全量買取を電力会社に義務付けるとはどういうことでしょうか?これでは電力自由化の方向と論理的な整合性がありません。
医療や福祉分野などはともかく、利潤を生む電力供給という分野であれば、電力供給の安定性を確保することは必要ですが、それ以外は一切市場に任せて自由競争を行うことが技術的な向上と省資源化、その結果としてのコスト低減に最も寄与することになるのです。電力供給の徹底した自由化を求めます。そして、
「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法案」に断固反対します。
(2011/06/22)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1483:110627〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。