国歌とは本来内発的に歌われるもので、法で強制されて歌うべきものではない。
- 2022年 12月 6日
- 評論・紹介・意見
- ナショナリズム中国日の丸君が代澤藤統一郎
(2022年12月5日)
中国国歌「義勇軍行進曲」は、抗日戦争のさなかに作られ、侵略者である皇軍との闘いの中で唱われたものである。それが、中華人民共和国成立後に国歌となった。刑事罰をもって国民に国歌の尊重を強制する国歌法の制定は2017年になってのことである。
もともとは、侵略軍と闘った人民解放軍が、広く中国の人民に、立ち上がれ、侵略軍と勇敢に闘おうと呼び掛ける抗日抵抗歌であった。敵を恐れず臆することなく、心を一つにして闘おうと呼び掛ける勇ましい歌詞となっている。
この歌が中国の人民を鼓舞し、愛国心の発揚に寄与したのは、日中戦争と国共内戦の終結までであったろう。憲法上国歌と制定され、国歌法による強制が必要になったのは、人々が以前のようには、愛する国の歌として歌わなくなったからであろう。
そして今、その歌が別の意味を込めて若者たちに歌われているという。「闘いに立ち上がれ、ともに闘おう」と友に呼び掛ける闘いの相手を、侵略者日本ではなく、習近平・共産党とする思いを込めて歌うのだという。何という世の移ろい、そして何という若者たちの知恵であろうか。
この歌の歌詞は次のとおりである。
《義勇軍行進曲》
起来!起来!起来!
(立ち上がれ! 立ち上がれ! 立ち上がれ!)
我們万衆一心,
(我々万民が心を一つにして)
冒着敵人的炮火,前進!
(敵の砲火を冒し、前進!)
冒着敵人的炮火,前進!
(敵の砲火を冒し、前進!)
前進!前進、進!
(前進! 前進! 進め!)起来!不願做奴隷的人們!
(立ち上がれ! 奴隷になるのを望まぬ人々よ)
把我們的血肉築成我們新的長城!
(我らの血と肉で我らの新たな長城を築こう)
中華民族到了最危険的時候,
(中華民族が最大の危機に到る時)
毎個人被迫着発出最后的吼声。
(誰もが最後の雄叫びを余儀なくされる)
冒頭の「起来! 不愿做奴隶的人们!」は、「起て! 奴隷となるな人民!」「立ち上がれ! 奴隷となりたくない人々よ!」「隷従を拒否する人民よ!」などと訳することもできる。中国人民に、日本の奴隷となるな、そのために立ち上がれ、と呼び掛けているのだ。しかし、今若者たちは、「習近平・共産党の奴隷になるな」「立ち上がれ! 中国共産党の奴隷となりたくない人々よ!」との思いを込めて、この歌を歌って呼び掛け、声を合わせているのだ。
2番の「我们万众一心,冒着敌人的炮火,前进!」(敵の砲火を冒し、前進!)の、「敌(敵)」とは、「習近平・共産党」を指すものとして歌われる。「みんなが心を一つにし、中国共産党の激しい攻撃を覚悟して立ち向かうのだ!」となる。現に、「習近平は退陣せよ!共産党支配はごめんだ!」というデモのスローガンも現れている。
中国で、「国歌法」が制定されたのは、2017年9月1日、中国の「第12期全人大・常務委員会」においてのことだという。その施行は、同年10月1日の国慶節からのこととなった。
中国では1990年に『国旗法』が、1991年には『“国徽法(国章法)”』が制定された。しかし、『国歌法』の制定は遅れた。2004年憲法で国歌は「義勇軍行進曲」と規定されたものの、拘束力ある立法は避けられていた。2017年の『国歌法』制定は、香港や少数民族の状況を睨んでのものであったろうか。
この国歌法、虫酸が走るような、愛国主義の押し付け、押し売りである。まるで天皇制下の締めつけ。心から思う。中国に生まれなくて良かった。この国には、愛国があって個人の尊厳がない。国家と党の支配への忠誠の証しとしての国旗国歌尊重が義務化されている。皇国並みの愚劣。
国歌法は全16条で構成されるが、重要と思われる条項を示すと以下の通り。
【第1条】国歌の尊厳を擁護し、国歌の演奏・歌唱、放送、使用を基準化し、国民の国家概念を増強し、愛国主義の精神を発揚させ、社会主義の核心的価値観を育成・実践するため、憲法に基づき本法を制定する。
【第2条】中華人民共和国の国歌は「義勇軍行進曲」である。
【第3条】中華人民共和国の国歌は、中華人民共和国の象徴と標識である。全ての国民と組織はすべからく国歌を尊重し、国歌の尊厳を擁護しなければならない。
【第4条】下記の場合は国歌を演奏・歌唱しなければならない。
(1)全国人民代表大会会議と地方各級人民代表大会会議の開幕、閉幕。中国人民政治協商会議全国委員会会議と地方各級委員会会議の開幕と閉幕、(2)国旗掲揚式、(3)重要な外交活動、(4)重要な体育競技会、(5)その他、国歌を演奏・歌唱することが必要な場合、など
【第7条】国歌を演奏・歌唱する時は、その場にいる者は起立しなければならず、国歌を尊重しない行為をしてはならない。
【第8条】国歌の商標や商業公告への使用、個人の葬儀活動など不適切な使用、公共の場所のバックグラウンドミュージックなどへの使用をしてはならない。
【第15条】公共の場で故意に国歌の歌詞や曲を改ざんして国歌の演奏・歌唱を歪曲、毀損した、あるいはその他の形で国歌を侮辱した場合は、公安機関による警告あるいは15日以下の拘留とし、犯罪を構成する者は法に基づき刑事責任を追及する。
対日戦争では、法的強制がなくても、人々は愛情と誇りを込めてこの歌を唱った。今若者たちは、がんじがらめの国歌強制の法のしがらみの中で、この歌「義勇軍行進曲」を、習近平体制に対する「抵抗歌」として歌っている。国旗や国歌とは、所詮強制に馴染まないものなのだ。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2022.12.5より許可を得て転載
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