稲葉延雄は、NHK会長にふさわしいのか。経営委員会は市民の質問に真摯に回答せよ。
- 2022年 12月 12日
- 評論・紹介・意見
- 澤藤統一郎
(2022年12月11日)
NHK経営委員会ホームページに、12月5日付の「お知らせ」。「本日の経営委員会において、2023年1月25日付で次のとおり会長を任命することを決定しました」とのこと。
任期3年の次期会長として任命されたのは「稲葉延雄」(株式会社リコー リコー経済社会研究所参与)。前川喜平ではなかった。なお、「前田晃伸現会長は、任期満了により23年1月24日をもって退任となります」と公告されている。
なぜ、稲葉延雄なのか。どのような論議を経ての会長人事なのかはまったくの藪の中。経営委員会は、積極的に明らかにしようとはしない。この次期会長、元は日銀理事だというが、その経歴がNHK会長にふさわしいとはとうてい考えられない。この人事からは、さわやかな風は吹いてこない。明るさも見えない。NHKの未来は展望できない。むしろ、もうNHKダメじゃないのか、と思わせるばかり。
18年10月に、経営委員会から不当極まる厳重注意処分を受けた上田良一会長も、もちろん経営委員会が選任している。その上田会長選任時の「会長指名部会議事録」を追ってみると興味深い。
【NHK次期会長の資格要件】がこう確認されている。
1 NHKの公共放送としての使命を十分に理解している。
2 政治的に中立である。
3 人格高潔であり、説明力にすぐれ、広く国民から信頼を得られる。
4 構想力、リーダーシップが豊かで、業務遂行力がある。
5 社会環境の変化、新しい時代の要請に対し、的確に対応できる経営的センスを有する。
その上で、上田良一(元三菱商事株式会社代表取締役副社長執行役員)を会長に推薦する具体的な理由が以下のように述べてられている。
【推薦理由(概要)】
○ 三菱商事株式会社において、海外経験が豊富であり、経営企画部門の責任者としてリスクマネジメント、グループ経営においてすぐれたリーダーシップを発揮するなど、大きな組織の経営に関する経験が豊富であること。
○ NHK経営委員・監査委員として、放送法に明るく、公共の福祉と文化の向上に寄与するNHKの役割を深く理解していること。また政治的にも中立で、沈着冷静であり、国民・視聴者の方にも信頼いただけると期待できること。
○ 放送現場や関連企業をつぶさにまわり、NHK内部の状況にも精通していること。
○ 組織の独立を守り、現場の自由な取材や番組作成の環境作りの重要性を理解した上で、現在進行中のNHK改革を進める見識や手腕を持つこと。
○ 人望に富み常に冷静沈着で温厚な言動や人柄は、NHK職員の人心を掌握し、融和を図る上でも期待できること。
以上の「会長適格条件」を厳格に墨守する限り、稲葉延雄の不適格は明白と言うべきであろう。あるいは、「会長適格条件」なんぞは、そのときその場でのご都合主義の賜物でしかないというのだろうか。
経営委員会は特殊法人NHKの最高意思決定機関であるが、その最も重要な任務が、会長の任命である。会長人選と適否の論議がどう行われたか、その過程はまったく公表されていない。これじゃ、ダメだろう。放送法(41条)違反でもあろうが、なによりも視聴者国民の納得を得られまい。
《市民とともに歩み自立した NHK 会長を求める会》は、さっそく抗議声明を発表し、同時に公開質問状をNHKに送付した。以下に、ご紹介したい。
《NHK 次期会長選出についての抗議声明》
透明性の決定的な欠如と視聴者・市民の声を完全に無視した 次期 NHK 会長選びに抗議します(付・公開質問状)
市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会
共同代表 小林 緑(元 NHK 経営委員、国立音楽大学名誉教授)
河野慎二(日本ジャーナリスト会議運営委員)
丹原美穂(NHK とメディアの今を考える会共同代表)
貴経営委員会は 12 月 5 日、委員 12 人の全員一致で NHK の次期会長に稲葉延雄氏(元日本銀行理事)を選出したと発表しました。その稲葉氏は当日、「突然のご指名で大変驚いていますが…」とのコメントを発表しました。
大変驚いたのは、稲葉氏だけではありません。次期NHK会長選びに強い関心を持ち、新会長には時の政権から自立した公共放送の真のリーダーにふさわしい人物を、と運動を進めてきた私たち視聴者・市民の方こそ、大変驚きました。
私たちはすでに11月4日、貴経営委員会に対して、これまで5期15年にわたって政権の意向をストレートに受けて選出された財界出身の会長ではなく、時の政権に媚びない姿勢を明確に打ち出し、日本国憲法・放送法の精神を踏まえた前川喜平氏(元文部科学事務次官)を次期会長に推薦してきました。
しかしながら、今回の次期会長選びに、稲葉氏がはからずも「突然…」と表明したことからも明らかなように、貴経営委員会が、公共放送NHK会長選考の手続において、透明性を決定的に欠き、かつ私たち視聴者・市民の声を完全に無視したことは、公共放送の存在意義及び民主主義の精神に著しく反するものである、と言わざるをえません。
私たちは、従前にも増して経営委員会の運営及び新会長選考過程の不透明さに抗議するとと もに心底からの怒りを表明し、今回の次期会長決定の発表を撤回することを要求するものです。
さらに、次の私たちの公開質問状に速やかに回答されることを求めます。
今回の次期NHK会長選びについてのいくつかの疑問・質問
いま、国会では日本の防衛のありようをめぐって、日本国憲法第9条とも関係する重要な審議が行なわれています。そうしたなかで、NHKが事実を正確に伝え、視聴者・市民の関心を呼び起こし、深い議論の場を提供することは、公共放送として大変重要かつ大切なことです。
公共放送NHKが日本の民主主義と文化の向上・発展にとって果たすべき役割は極めて大きいので、次期NHK会長には、ジャーナリズムと文化について高い見識を有し、言論・報道機関としてのNHKの自主・自律を貫く人物が選任されるべきだと私たちは考えています。
そこで、私たちの会は、次期会長に求められる基本的資格要件として、日本国憲法はもちろん 現行放送法の精神を踏まえ、ジャーナリズムの在り方について深い見識を有することのほかに、何よりも政治権力からの自主・自律を貫ける人物で゙あることが絶対条件であると考えます。
Q1:今回の会長選びの手続において透明性の確保が決定的に欠如しているのではないか
~密室選出過程の問題性、経営委員会の役割は?~
「政府高官によると、首相は水面下で稲葉氏に接触して口説き落とし、自民党麻生副総裁や菅前首相ら総務大臣経験者への根回しを行ったという」(『読売新聞』2022年12月6日号)と報道 されています。現行放送法によれば「会長は、経営委員会が任命する」(第52条)と規定されていますが、実態としては首相が決定し、経営委員会は単なるその追認機関に成り下がっているのではないでしょうか。しかも「全員一致」で。
かつての経営委員経験者の語るところによれば、たとえ一部の経営委員が反対しても、外部に発表する場合は「全員一致」とすることになっており、異論は一切表に出ることはなかったそうです。実際、今回の場合、本当に「全員一致」だっのでしょうか。そこに嘘はないのでしょうか。
もしそうであれば、「複数の財界人に断られ、最終的に稲葉氏に行きついた」(自民党幹部)と の見方もある人事(同前『読売新聞』)について、経営委員 12 人全員は、稲葉氏のNHK会長と しての適格性をいつ、どういう形で認識し、賛同したのでしょうか。また、経営委員会はなぜ会 長に連続 6 期も財界人を求めるのでしょうか。
国会が再度求めた「手続の透明性」(参議院総務委員会附帯決議、2015年及び 2016年)も無視して会長選出を行なうとしたら、きわめて重大な問題であるため、お尋ねしています。
Q2:私たちが推薦した前川喜平さんは、選考過程で、どのように取り扱われたのでしょうか。~公共放送のリーダーを選考する際、視聴者・市民の声は無視?~
私たちは、政権から自立した公共放送のリーダーに最もふさわしい新会長候補として、貴経営委員会に対し、元文部科学事務次官の前川喜平さんを推薦するとともに、視聴者・市民による緊急賛同署名を集めてまいりました。このコロナ禍において署名集めは困難を極めましたが、当初の予想をはるかに上回る署名が集まりました。この1カ月、オンライン署名(約24,000筆)、書面署名(約21,000筆)あわせて約45,000筆にものぼりました(2022年12月6日現在)。
私たちの会は11月4日、貴経営委員会に対し推薦した前川喜平さんが、視聴者・市民の幅広 い支持のあることを証明するために賛同署名約 44,000 筆(2022年11月30日現在)を提出するとともに、貴経営委員会開催直前の12月5日、前川喜平さんについての審議状況についての公開質問状を提出しました。元総務事務次官(日本郵政グループ)による横槍の「声」(番組介入)には直ちに対応するのに対して、私たち視聴者・市民の声が45,000筆にのぼっても一顧だにしないのがNHKの「お客様志向」の体質であるとすれば、それ自体大変ゆゆしき問題です。
ちなみに、経営委員会指名委員会が2007年11月27日に定めた「次期会長の資格要件」には 「*外部、内部を問わず推薦する候補がいれば委員長に連絡する。」(同日第2回指名委員会議事 録)と付記されていました。
Q3:NHK会長選考については、2015年及び2016年、連続して「選考の手続の在り方について検討すること」を国会から求められています。この点に関し、過去数年の間に、貴経営委員会として、どのように取り組んだのか、それとも取り組まなかったのか、お尋ねします。
会長選考にあたっては、BBC(英国放送協会)がすでに採用している推薦制、公募制などを積極的に導入することにより、政権から公共放送NHKへの直接的な介入を避け、視聴者・市民の 意見を反映させた開放的な会長選考を行なっていくことを提案します。
このことは、現行放送法のもとでも、経営委員会がその本来の職責に加え、自主性・自律性を貫き通すことは可能なことですし、それが高らかにうたわれています。こうしたことを通じて、失われた視聴者・市民からのNHKへの信頼を取り戻していくことになるのではないでしょうか。
以上の質問については、2023年1月15日までに下記事務局までご回答くださるよう強く要求します。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2022.12.11より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=20439
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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