ウラジミール・プーチン、知らな過ぎた男 The Man who knew too little
- 2023年 7月 30日
- 評論・紹介・意見
- ブルマン!だよね
グローガー理恵さんから、私のジャック・ボーに関する記事についてのコメントを頂いた。
大変ありがとうございます。この感謝は単に儀礼的なものでなく、さらにジャック・ボー
の手練手管を知るのに非常に役に立ったからです。
理恵さんの論旨は以下に尽きると思う。
ジャック・ボー氏の主張を批評し、その信憑性を判断する上でもっとも重要なことは、彼のアーギュメントの論拠がどのようなファクト、データ、証拠/状況証拠に基づいたものであるのか、ということを確かめることではないか、
それで彼の分析はきちんと、ファクト云々に基づいる、例によってその一つの証拠がリンクを張った彼の、爆発数のデーターである、と仰られたいのでしょう。そのリンク先に挙げられている、当該部分のグラフと彼の説明を日本語訳にしたものが以下。
ドンバスにおける爆発件数(2022年2月19~20日)
1600
14.02. 15.02. 16.02. 17.02. 18.02. 19.02. 20.02. 21.02. 22.02.
2月16日にドンバスの住民に対する砲撃が激増したことで、ロシア側は大規模な攻勢が迫っていることを知った。これが、プーチンが共和国の独立を認め、国連憲章第51条に基づく介入を検討するきっかけとなった。
(出典:OSCE SMMデイリーレポート)
ここで、2014年以来の毎年の2月の同期間での爆発数をOSCE(欧州安全保障協力機構)のSMM( Special Monitoring Mission to Ukraine)デイリーレポートのデータを用いて、ジャック・ボーはこのグラフをプロットしたのだろう。ここには出ていないが、おそらく2022年の19-20日(16日以降ではない)の期間の爆発数が、それ以前の年度の2月1カ月間(多分)の数とほぼ匹敵しているから激増なんだ、と言いたいのだろう。
ここで私の疑問は、SMMはまさにデイリーレポートなので2月16日の報告も存在するが、なぜ19-20日に限定しているのかまずその点。それから、爆発数の増減傾向を知るためには、それこそデイリーレポートから少なくとも月単位での集計数をプロットしないと、傾向を正確に読み取ることはできない。交通事故死者数の増減傾向を2日間のデータで判断することはあり得ないのと同じ。
さらに疑問なのは、このレポートには毎日の死傷者数も出ているのだから、なぜ差し迫った危機を見るのにそれも参照しないのだろうか、という点。プーチンはドンバスでネオナチによる虐殺が生じていると主張しているのだから、余計にそうではないのか。この虐殺についてはロシアのプロパガンダとして、はるか以前から拡散しているのだが、一度としてその証拠は上げられたためしはなく、ロシアからは駆け込み的に、ウクライナ侵攻の直前に国連事務総長あてに訴えられたようだが、そのなかでもいくらでも証拠は上げられると「捨て台詞」が記されていただけだった、と聞く。
ちなみに、国連人権高等弁務官事務所のウクライナにおける人権状況29thではウクライナ内戦での死傷者数も報告されており
29thReportUkraine_EN.pdf (ohchr.org)
当該部分を訳しますと(52ページ中11ページ以降 Impact of Hostilities)
OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)の推計によると
ウクライナにおける紛争関連の死傷者数は
ウクライナ(2014年4月14日から2020年
2020年2月15日まで)、41,000~44,000人と推定している:
死者13,000~13,200人(少なくとも3,350人
民間人、ウクライナ軍推定4,100人、ウクライナ人推定5,650人)。
武装集団のメンバー推定5,650人17)。
武装集団17)、負傷者29,000~31,000人(約
負傷者(約7,000~9,000人
民間人、ウクライナ軍9,500~10,500人、武装集団12,500~13,500人
ただこの報告は2020年までであり、それ以降はSMMによって補完する必要がある。
非戦闘員の死者数の年度ごとのプロットは以下のグラフ。
非戦闘員死者数は年度を追うごとに「激減」しているのが一目瞭然だろう。2014年は言うまでもなく「マイダン革命」の年で、最も多くの非戦闘員がウクライナ政府軍と民兵と親ロシア派武装集団との内戦で犠牲となった。
ところで、戻るとこのSMMのレポートは文字通り数ページにわたって毎日発信されており、きちんと傾向を把握しようとすると、1年あたり2,000ページにも及ぶレポートを丹念に読み取り、それを2014年から8年分2万ページにならんとする膨大な量をこなして初めて、信頼性の高い分析とはならないが、そのバックボーンを持っているのかどうか、この講演だけではうかがい知ることはできない。
2月24日にウクライナ侵攻が開始されたのだが、ジャック・ボーの示す19-20日の爆発数のデータをもって10万人以上の兵力を動かしたとすると、ほんの数日間で実行されたことになるのだが、本当にそんな「特別軍事作戦」*などというものがありうるのだろうか。実はそれよりはるか以前から準備しておかないと、到底実行できない特別軍事作戦ではないのか。
次々とジャック・ボーの分析には疑問がわいてくる。
*旧日本陸軍が対ソ戦に踏み込む前段として「関特演」(関東軍特種演習)を企てていたことを強く想起させる。満州北部に一大陸軍兵力を結集させ、侵攻を悟らせないように「演習」を偽装した。しかし、南進路線に決断が下され、これは夢幻と終った。
もしプーチンがこのデーターを見て、爆発数の激増を見て取りウクライナ侵攻を決意したとしたら、あまりにも短期間のそれもずれたそれのデーターによってそうしたということで、プーチンは「知らな過ぎた男」The man who knew too littleでかつすぐにブチ切れる人物ということになりそうだ。大国ロシアを率いる地位の人間としては、危なっかしいことこの上ない。
余談だが例によって理恵さんが参照をお勧めされている、プーチンのテレビ演説の内容は、2022年2月22日には完ぺきに把握していたことをここに記しておきたい。ついでながら例によって理恵さんもOSCE SMM daily reportをちょっとでもよいですから御目通しされることを強くお勧めします。
以上
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion13155:230730〕
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