絶望のネタニヤフ政権(2) 軍事衝突とイスラエルの今後
- 2024年 1月 23日
- 評論・紹介・意見
- イスラエルネタニヤフ小川 洋
イスラエル軍兵士の現状
前稿(1月12日掲載)で、ガザの戦闘に加わっているイスラエル兵たちの精神状態に問題が起きつつあるのではないか、と指摘した。その後、いくつかのメディアの情報にあたったところ、すでにイスラエル軍が状況を把握していた。イスラエル国内紙の伝えるところによれば、9,000名の兵士に精神的ケアが必要となっており、実際に約3,000名の兵士たちが、ストレスや不安感から、軍のメンタル・ヘルスケアを求めている。さらに1,600名がPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し、約250名の兵士が除隊処分となっているとされる。
ガザへ地上侵攻したイスラエル軍兵力の規模はわからないが、すでに200名近い戦死者を出し、さらに1万人近くに心理学的治療が必要となっていることは、作戦遂行上の障害となりつつあるはずだ。さらに将来的にはアメリカのベトナム帰還兵と同じように、戦場における心理的な傷に苦しむ多くの国民をイスラエル社会が抱えることになるだろう。
イスラエル兵たちの経験
イスラエル軍は2014年、1ヶ月余りにわたってガザへの地上軍侵攻を行いハマスとの間に全面的武力抗争を展開した。この時もネタニヤフ政権であり、ネタニヤフは停戦後、「ハマスはかってない大きな打撃を受けた」と戦果を強調していた。今回の武力抗争はそれ以来のもので、前回より格段に大規模なものになっている。
2014年の武力抗争が、国際社会の圧力もあって停戦に至った後、イスラエルは強力な軍事力によってヨルダン川西岸とガザのパレスチナ人たちを徹底的に抑圧する体制を固めてきた。この間、イスラエル兵の任務は、ガザ地区では検問所を通ってイスラエル側に働きに出るパレスチナ人たちの監視などの警察的業務が中心だった。パレスチナ人たちは、様々な身分証明書の提示を求められ(通行証には数百種類があるといわれる)、どれほど意地悪で邪険な態度をとられても抗議もできない。監視塔に自動小銃を構えた兵士が見張っている様子は、ナチスのユダヤ人強制収容所のネガフィルムである。
ヨルダン川西岸でのイスラエル軍兵士の活動は、ユダヤ人たち入植者がパレスチナ人の家屋や土地を略奪し、時には生命さえ脅かす活動を援護するものであった。パレスチナ人の抵抗はせいぜい彼らに石を投げる程度のものであった。石を投擲すればもちろん、何もしていなくても、パレスチナの若者たちは、理由を示されることもなくイスラエル兵や警官によって拘束され、何ヶ月、場合によっては年単位で「刑務所」に収容された。
この10年近く、イスラエル軍はパレスチナ人たちをひたすら高圧的な態度で一方的に指示したり、時にはほとんど無抵抗の者に暴力を振ったり、拘束したりしてきたのである。しかし10月7日、突然、ガザ地区から壁を越えてハマスの戦闘員が大挙してイスラエル領に侵入してきた。ハマスの攻撃を予測できなかった理由は明らかではないが、この10年近くの「慢心」があったのも一因ではないか。
イスラエル軍の困難
ある軍事評論家は、今回のイスラエル軍が直面する困難さについて、映画『大脱走』が参考になると指摘している。映画は第二次大戦中のドイツ軍の捕虜収容所から脱走した連合軍兵士たちの逃走劇を描いたものだ。たしかにハマスの戦闘員たちは天井のない「監獄」から抜け出した。イスラエルに侵入し、市民を拉致、殺害して引き上げた。
『大脱走』では、追われる方(捕虜)が逃げた先は敵軍の占領地であり、連合軍側の支配地にたどり着くことは困難だった。
が、追われるハマス側は勝手知った自分たちのテリトリーに舞い戻り、追ってくるイスラエル軍と戦っている。イスラエル軍のもつ最新鋭の武器が圧倒的に強力ではあるが、地勢的にはハマス側に有利なことは明らかである。
イスラエル兵士たちにとっては、どこから銃弾が飛んでくるのかもわからない。銃弾が飛んでくる方向を確認しても、そこには女性や子どもの姿しかなかったりする。兵士たちは「我々はゴーストと戦っているようだ」と言っているそうだ。ネタニヤフ首相の唱える「ハマスを壊滅させるまで戦う」ことが不可能なことを、現場の兵士たちの証言は示している。空軍も地上軍兵士も、何を目標にしてよいか分からないまま、国連機関、病院、学校などを含めて、ほとんど無差別に空爆、発砲して女性や子どもを殺害し、無差別の大量虐殺=ジェノサイドを招いている。
イスラエルの変質と不吉な予言
イスラエルはナチスによるホロコーストを逃れたユダヤ人たちを中心に建国された、と多くの人々は理解しているだろう。しかしそれでは、なぜイスラエルがパレスチナ問題をこれほど拗らせているか理解できない。
例えば、イスラエル国防軍はガザでの戦闘現場の一部に黒人兵の姿が映る映像を公開している。彼はおそらく、エチオピア系ユダヤ人の第二世代である。エチオピアには数千年にわたって山間部で孤立したコミュニティーを築いていたユダヤ教徒たちがいた。80年代後半、内戦から逃れようとした彼らをイスラエル政府が受け入れた。この時は、さすがにイスラエルのユダヤ教指導者たちの間から、彼らをユダヤ人として認定するかの議論があったという。現在の人口は13.5万人、基本的に黒人であり、同化教育を受けた後、市民権を与えられ徴兵の対象にもなっている。
また建国後まもなく、中東やアフリカ北岸の各地でコミュニティーを形成していたユダヤ教徒たちが移住してきた。イスラエル建国がきっかけとなり、それまでは共存していたアラブ系住民たちから迫害されるようになり、またイスラエル政府が人口を確保するために積極的に働きかけたからである。その数75万人に達したという。当然、彼らの言語はアラビア語であり、生活習慣などもヨーロッパ系のユダヤ人とは大きく異なっていた。彼らは二級国民として差別の対象となってきた。
さらにソ連崩壊からの10年間ほど、ロシアから約120万人のユダヤ人がイスラエルに移住している。当然彼らの第一言語はロシア語であり同化教育を受けてイスラエル社会に入っていったが、政治的にも独特のグループを形成している。一般的に彼らはソ連時代の経験もあって極右政治勢力を支援し、政府の対パレスチナ強硬姿勢を支持する傾向が強い。2022年末に成立した、イスラエル史上最右翼と言われる現政権成立の背景にもなっている。
現在のイスラエル社会は、建国者たちの意図するところとは大分かけ離れたものとなっている。欧米各国政府の多くは、ホロコーストの贖罪意識からイスラエル支持を変えていない。しかし多くの国で、若年層を中心にパレスチナに同調する運動が盛り上がっている。今後、欧米各国政府の動きにも変化が表れることであろう。
国際政治学の故高坂正堯元京大教授は「イスラエルが中東でやっていることを見ると、100年、150年後には、また国がなくなるのではないかとさえ感じる」と講演のなかで話していた(2024年1月10日朝日新聞)。不吉な、しかし現実味を帯びた予言となりつつある。
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