中国は日本の政局をどう見ているか ――八ヶ岳山麓から(494)―
- 2024年 11月 13日
- 評論・紹介・意見
- 「リベラル21」中国日本の政局阿部治平
中国人民日報傘下の環球時報(11月9日)は、総選挙後の臨時国会での首相指名を前にして、「日本政治の混迷の根源は社会の困惑にある」と題する論評を掲載した。筆者は霍建崗氏で中国現代国際関係研究院東北アジア研究所研究員、日本研究の専門家である。
その要旨は以下のとおり。小見出しと( )内は阿部の補充である。
日本の社会心理
日本では11月11日に臨時国会が召集され、首相指名選挙が行われる。 自民党は先ごろの衆院選で惨敗を喫した。安倍晋三時代の比較的安定した自民党支配が、なぜ数年で「2006~12年のあの時期のように不安定になった」のか不思議に思う人は多い。われわれは、その理由を日本社会の昏迷から答えを見出すことができると考える。
日本経済の長年の停滞が日本人の内面に与えた負の影響はかなり深刻である。日本のメディアはこの心理状態を「閉塞感」という。民衆は、ひたすら生活向上と国家の発展を願い、「変化を求める」ことが21世紀日本の社会心理となっている。
小泉純一郎は「改革闘士」のポーズで国民の心をとらえて数回の選挙に勝利し、5年間政権を担当した。 次の3人の自民党首相は、国民の「変革要求」を満足させることができず、就任1年でつぎつぎ変わり、日本政治は動揺期に入った。この頃、民衆は自民党への嫌気から「(支配)政党を変えよう」とし、野党民主党に期待した。その結果、最終的に2009年に自民党に代って民主党が政権を握ることとなった。
安倍政権への期待
(民主党政権への失望によって)2012年に安倍晋三政権が生まれ、20年まで続いた理由は複雑だが、特に2つの要因が挙げられる。 一つは、「アベノミクス」が従来の自民党の政策とは大きく異なり、新しさや変化を求める国民の心理に合致していたこと。もう一つは、安倍が「デフレからの脱却と成長への回帰」という「美しいビジョン」を提起したこと。巨額の量的緩和と財政拡大を通じて将来の成長可能性を描き、株価を押し上げ、繁栄を演出し、人々の期待感を拡大した。
これによって、「将来」に対して最も敏感な若年層は、もっとも安倍晋三を支持し一時は60%という驚異的な高さに達した。 しかし実際には、安倍政権は日本経済を停滞から脱出させることはできず、日本国民の平均実質賃金は上昇するどころか下落し、「アベノミクス」はリスクを蓄積し続けた。巨額の量的緩和と無制限の財政拡大そのものが「異常な措置」であり、永遠に維持することはできなかったからだ。
民衆の要求と失望
「経済と所得の停滞からの脱出」という基本的な要求に加えて、民衆は今、新たな要求を持っている。 それは第一に、政府が物価上昇に効果的に対応して、インフレ率を上回る賃金と低コストの生活費を実現すること、第二に、自民党の「裏金問題」すなわち 「なぜ私たちは物価上昇に苦しんでいるのに、国会議員は無差別に使われた黒い金の上に居座り続けているのか」ということである。 しかし現在の自民党政権は、こうした国民の要求に積極的かつ真剣に応えていない。
(今回総選挙で)自民党が負けたのは、国民の期待への回答を提示できなかったからでもある。 20代から30代の有権者の自民党への投票率はわずか19.9%で、2021年の選挙から18.1ポイント低下し、安倍政権の50%、60%の若者の支持率とは比較にならないものであった。自民党は未来を支える部分に希望を失わせてしまったのだ。
自民党元幹事長の野中広務はかつて、日本の世論は箱の中の砂のようなもので、箱のバランスが少し崩れると砂は全体として一方に片寄ってしまう、と語ったことがある。 この日本人の「大勢に従う」という特徴に従って、石破茂の支持率はわずか1ヶ月足らずで雪崩のように下がったが、これは石破が何か悪事を働いたからではない。「石破はだめだ」という社会的空気が一旦形成されると、もともと石破に不利だった世論は一気に悪化したのである。10月16日の毎日新聞の世論調査では、自民党は衆議院で半数以上の議席(少なくとも233議席)を獲得する勢いを保っていたが、翌週くらいから状況は急転し、結局(総選挙での)自民党の獲得議席は191議席にとどまったのである。
自民党はみすてられたわけではない
現在、野党の議席数は自民党と公明党の連立与党を上回っており、理論的には野党が自民党に代わって政権を握ることも可能である。だが、11月4日の朝日新聞の世論調査によれば、多くの国民は自民党(石破茂)政権が政権にとどまることを支持している。 民衆は変化を求め、野党に投票したものの、大多数はまだ自民党の統治能力を信じ、希望を自民党に託し続けているのである。
このような心理状況のために、日本の政治状況は激動しているとはいえ、構造的な混乱には至らず、当面は自民党退陣の危機とは言い難い。 しかし、連立与党が衆議院の主導権を失ったため、少数内閣として政策を推進するには、野党の顔色を窺わなければならない。
日本が2006~12年にかけての「1年に1人の首相」という政治的難局に直面したのは、当時、与党が自民党であれ民主党であれ、参議院を制圧できなかったからである。今日、石破茂はその時期以上に深刻な状況に直面することになる。 国民民主党か日本維新の会を入閣させ、衆議院の多数派を再編成することに成功しない限り、日本の政局が混乱するのは必至であり、政権が倒れる可能性も小さくはない。
わたしの読後感
霍氏のこの評論は、本格的な総選挙分析をしたものではない。とりあえず気が付いたところを記したに過ぎないが、かなりよく日本社会の心情をとらえ、政局の動きもわかっていると思う。
自民党は敗北したが、立憲民主党は議員数では躍進したものの、比例区では得票数をわずかに増やしたに過ぎず、霍氏が言う通り、有権者のかなりの部分は、立憲民主党への政権移行を望まなかった。1月11日の国会において国民民主党の事実上の支援によって、石破茂首相が再選された。
自民党敗北の念押しをした非公認候補への2000万円支給問題はともかく、1997年以来の可処分所得の減少、生活格差の拡大と貧困化、裏金問題などは、ほとんど自民党政権の、とりわけ近々10年の生活苦は安倍政権の負の遺産である。これをどうみるか。また、トランプ登場によって日中関係はどうなるか、石破氏の主張である「アジア版NATO」や日米地位協定の改定に向けた検討などを中国はどう考えるかといった記述はなかった。
ところで、環球時報はあらためて石破政権論を展開するだろうか。わたしは、それはないと思う。環球時報がトランプ当選の扱いとはまるで異なり、日本の衆議院選挙の結果を、このような軽い記事ですましたのは、中国共産党中央が日本政治の動向をさほど重視していないからである。
日本の外交はアメリカ次第であり、日本はアメリカの顔色をうかがいながら中国と付き合っているという現実を反映している。このことを我々は深く認識するべきだと思う。
(2024・11・11)
初出:「リベラル21」2024.11.13より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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