ドイツはユーロ解体の処刑人か、それとも火事場泥棒か──先週の新聞から(5)
- 2010年 12月 1日
- 時代をみる
- ユーロ脇野町善造
11月22日付けのGuardianやSpiegel(online版)は、アイルランドの経済危機が同国の政治的動揺をもたらしていると伝えている。Spiegelは同時に、アイルランドの危機の評価を巡るヨーロッパ各国の微妙な温度差も描いている。アイルランドはEU諸国内で最低といわれる法人税率を武器に海外企業を誘致してきた。そういう税負担の低いアイルランドを救済するために、なぜアイルランドより高い法人税率を課している各国が費用を負担をしなければならないのかという苛立ちの度合いを反映したものであろう。経済規模でEU最大となっているドイツの苛立ちが強いのはある意味で当然のことである。
Spiegelの同じ記事の中では、小国ルクセンブルグの外相が「ユーロは危機ではないし、ヨーロッパが危機であるわけでもない」と語って、情況を過度に見ることを警告していることが伝えられている。温度差は決して小さくはない。
一方Guardianによれば、ユーロに参加していないイギリス政府はアイルランドに対して「二国間の借款」(Bilateral loan)も考えているという。問題はその目的である。与党保守党の政治家のなかには、アイルランドをユーロの中に留め置くためではなく、そこから抜けさせるためにアイルランドを救済するのだという者まで出てきた。これが事実ならば、イギリスはアイルランドの経済危機をユーロ解体に向けて利用しようとしていることになる。
ところが11月23日付けのFinancial Times (FT)で、Gideon Rachman記者は、「ポルトガルの次はスペインが槍玉に挙がると見られている。もしスペインのような経済規模の大きな国までもが金融消防署に出動要請しなければならない事態になれば、ユーロそのものの将来が深刻な危機にさらされることになるだろう」とした上で、ドイツがユーロ解体の処刑人になる可能性があると指摘する。
しかしユーロの弱体化(ユーロ安)それ自体は輸出依存度の高いドイツにとっては「もっけの幸い」でしかない。ユーロが解体し、再び強いマルクが復活したとき、ドイツの輸出環境は厳しいものになることは火を見るよりも明らかだ。ドイツはそのことを口に出さず、ユーロ維持のための費用の負担を無条件で引き受けることを渋っているだけだとも言える。ドイツはユーロを維持するための負担と(相対的に弱いままで)ユーロを維持することから受ける経済的、政治的利益を慎重に計算しているのであろう。
スペインが大きなカギを握っているという認識は11月24日のNew York Times (Raphael Minder記者)も同じである。アイルランドはなんとかなるだろう。ポルトガルが危機に陥ってもヨーロッパを金融の面で破綻のふちに追い込むことはありそうにない。しかし、ギリシャとアイルランドとポルトガルの三つを合わせたものの倍の規模の経済を持つスペインを救済するとなったら、ユーロにとっては深刻な問題が生じることになるだろう。そう述べて、「スペインはユーロにとってシステミック・リスクを意味する」というスペインのエコノミストの言葉を紹介している。
スペイン政府の「スペインは救済を必要としない」という主張にもかかわらず、すでにスペイン国債とドイツ国債の金利差は約2.6%とユーロ導入以来最大になっている。投資家がスペインをどう見ているかは明らかである。
ひょっとしたら、事態は遠い極東にいる我々には想像できないところまで行っているのだろうか。いつもは比較的冷静な Handelsblatt (HB)も11月25日には、次のような一見「うめき声」にも似た記事を載せた。
ユーロは本当に生き延びることが出来るのか。できる。しかし条件が一つある。通貨同盟を、すべての国が相互に助け合う真の運命共同体にしなければならない。これは、ドイツにとっては決して魅力的なこととは思えない。しかし、これ以外の選択はさらに悲惨なことになる。──大混乱とハイパーインフレだ。
11月23日のFTは、ユーロは解体する以外には無く、ドイツはユーロ解体の処刑人になるかもしれないとしたが、ドイツにはそういう選択肢はないとHBは語っているようなものである。少し古くなるが、11月17日付けのWall Street Journal(WSJ)は次のように指摘していた。
ドイツのメルケル首相は今週、「ユーロ圏が破綻(はたん)すれば、欧州全体が破綻する」と発言した。だが、ユーロ圏は通貨同盟であり、債務同盟ではない。少なくとも、5月まではそうだった。
メルケル首相の発言は矛盾している。ユーロ圏が、その協定に違反して事実上全加盟国の債務を引き受けることになれば、ユーロ圏への信認は大きく損なわれることになる。それは債権者にヘアカットを受け入れさせるよりも深刻だ。
HBの主張は、このWSJが批判する「債務同盟」への道を拓くということに他ならない。HBは問題の核心は国家主権にかかわるものだとし、このことにかんして何も変わらないのであればユーロは生き延びることはできないとする。先に触れたように、ルクセンブルグの外相は情況を過大視すべきではないと警告したが、HBは逆に、これは決して過大なことではないとする。HBは三つのシナリオを挙げ、そのうちの二つは大混乱とハイパーインフレをもたらすだけであって、ユーロ圏諸国をヨーロッパ合衆国とするような第3のシナリオが最も望ましいとする。
ここまでくると「僧服の下から鎧が見える」ような話になる。メルケル首相の「ユーロ圏が破綻(はたん)すれば、欧州全体が破綻する」という発言は、裏返せば、「欧州全体を破綻させないためにはユーロ圏を維持する必要があるが、そのためにはユーロ圏各国の主権をアメリカの州レベルにまで制限するヨーロッパ合衆国を作らなければならない」ということになる。そうなった日には、ベルリンはヨーロッパにおけるワシントンになるのであろう。
そうだとしたら、これは「ドイツにとっては決して魅力的なこととは思えない」(HB)どころの話ではない。あけすけに言えば、「火事場泥棒」に近い。ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペインといったユーロ圏の「弱い下腹」を救うことを大義名分として、ドイツがヨーロッパ大陸全体の覇権を握る可能性があるということである。ユーロ解体の処刑人というレッテルはむしろ、アイルランドをユーロ圏から離脱させようとしているイギリスにこそふさわしい。しかし、英独の経済力の差を考えれば、どう見ても「火事場泥棒」のほうに分がある。WSJによれば、それでは「ユーロ圏への信認は大きく損なわれることになる」ことになるが、しかし「弱いユーロ」の恩恵を享受しているドイツにとっては、痛くも痒くもないことである。
極東とは違ってヨーロッパでは、刃物でも火器でもない、しかも強力な殺傷力を持った武器による陰湿な闘いが起きるのかもしれない。しかし、被害者はどこでも普通の市民である。火事の飛び火が心配されているスペインでは、住宅バブルの崩壊もあって、失業率は約20%という高率になっている。そして財政再建を目的に年金の支給開始年齢は65歳から67歳に引き上げられた。カソリックの影響が強く残るスペインは確かに懐の深い国である。しかし、ひとたび行き詰ったときの激しさはピレネー山脈の北の諸国の比ではない。スペイン経済の規模の大きさを考えれば、スペインが大火事を切り抜けられるかどうかが、ユーロの将来を決めることになるのは間違いない。11月27日付けのEconomist(online版)は、スペイン首相サパテロ(Zapatero)がユーロ(euro)にとってのキーパソンだとして、Zapateuroという造語を作っている。
日本の新聞の話をする余裕がなくなったが、この一週間のユーロを巡る日本の記事で紹介しなければならないようなものも、ない。日本の新聞にとっては、ユーロの問題はユーラシア大陸のはるか彼方の「対岸の火事」のようだ。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1110:101201〕
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