旧ユーゴスラヴィアにおける財産の再私有化問題
- 2010年 12月 2日
- 時代をみる
- ユーゴスラヴィア再私有化岩田昌征
10月中旬から毎日曜日、ベオグラードのポリティカ紙は、「EUに入るための10の条件」なる2ページにわたる特集記事を組んでいる。ポリティカ紙(11月21日)は、その第4条件である再私有化問題である。以前にもちきゅう座でこの問題について紹介したことがある。ここでは、そこで触れなかった所を記しておこう。
クロアチアの首都ザクレブからラドイエ・アルセニチ記者がクロアチアの再私有化状況を報告している。1997年に「ユーゴスラヴィア共産主義の統治時代に奪われた財産の補償に関する法律」を制定した。それは、クロアチアがヨーロッパ評議会の正規メンバーとして受け容れられる為の条件であったからである。この法律によれば、返還請求権は、旧所有者とその相続権者がクロアチア国民である場合にのみ認められていた。しかし、国際共同体の圧力で2005年に若干の諸外国の市民も、例えば、第二次世界大戦後にユーゴスラヴィアから追放されて、今はオーストリア市民である旧Volksdeutsche(フォルクスドイッチェ)等にも権利が認められた。そうなると、イタリア人が激怒する。彼等もまた1945年に自分達の財産を残したままクロアチアを去らざるを得なかったからである。今年になって最高裁の判決が出て、すべての国々の国民に返還請求権が承認された。かくして、今はブラジル人であるが、クロアチア出身のユダヤ人等4211人の外国人が返還を申請しており、総額は1億ユーロから1億5千万ユーロとされる。
クロアチアの返還方法は、第1に、現物財産で、第2に、金銭と有価証券で、である。補償額の算定がむずかしく、クロアチア国家と旧所有者・相続権者との間で裁判が多発している。2万5500人の有権利者が総額360億ユーロの財産返還を請求している。大部分の請求者は、法律自体にも、法律の執行プロセスにも不満である。彼等は、「この脱国有化は新しい国有化そのものだ」と非難する。一例を出そう。旧所有権者団体の議長アンテ・シャレは言う。「父はダルマチアでトップの大金持ちの一人だった。シベニク市の半分を所有していた。国会議員の半数は、自分達の盗奪をかくすためにこの法律に賛成投票した。以前に、彼等は国から住宅を買い取っていたが、それらはもともと国有化や収用で奪われて国のものになったものだ」。シャレは、ザグレブ市の一軒の建物、シベニク市で数軒の家と数個所の事業スペースを取り戻した。それでもかかった「費用の方が便益より大きかった」と嘆く。
さて、クロアチアから離れて、セルビアのベオグラードの状況はどうであろうか。現在、ベオグラードで現所有者・使用者あるいは国と旧所有権者一族が争っている華麗なる代表的物件を例示しておこう。フランス・セルビア銀行の建物、フランス大使館、クネズ・ミハイロヴァ通りの二つの百貨店、二つのホテル、「イグマン宮」と呼ばれるビル、トルコ大使館など。
東京で仮設的に語れば、上述のような状況は、銀座通りの三越、服部時計店、松坂屋などが終戦直後に国有化され、半世紀後に民有化され、そして65年後の今日、新所有者・国と旧所有者一族が争っているようなものだ。これでは、本当の経済活動に身が入らないだろう。私は法律の専門家ではないからよく分からないが、私的所有権の「不当な」喪失問題に時効は存在しないのだろうか。かつて千葉大学法経学部にいた頃、共同住宅の権利問題の専門家に問うた所、私有権問題に時効はないとの答えであった。上記特集記事の中で、ある旧所有権者は、「セルビアは、旧社会主義諸国の中で財産を旧所有者に返還しなかった少数の国の一つだ。あとはボスニア・ヘルツェゴヴィナとポーランドだけだ」と怒っている。法律論的に見て、再私有化が本筋なのか、それとも私有化一般が本筋なのか、私には不分明である。経済システム論的に言えば、再私有化論=旧所有者復権論は、カオス化要因である。日本の農地改革で寺領を奪われた寺院や千町歩を奪われた本間家が東ヨーロッパや西バルカンの教会や旧地主のように旧所有権の正当性を大声で主張して来なかったのは、何故か。時効論なのか、カオス化回避の社会的理性の発現なのか。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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