「我々にはできる!」=真性「YES WE CAN!」=国際市場原理主義に苦しむスペインに現れた左翼の星「ポデモス」党と,党首パブロ・イグレシアス(われら日本の世直し改革派が学ぶことはないのか)
- 2015年 6月 23日
- 評論・紹介・意見
- 田中一郎
●「我々にはできる!」=真性「YES WE CAN!」=国際市場原理主義に苦しむスペインに現れた左翼の星「ポデモス」党と,党首パブロ・イグレシアス(われら日本の世直し改革派が学ぶことはないのか)
『共産党宣言』の有名な冒頭の一節。『ヨーロッパに幽霊が出る-共産主義という幽霊である。ふるいヨーロッパのすべての強国は、この幽霊を退治しようとして神聖な同盟を結んでいる、法皇とツァー、メッテルニヒとギゾー、フランス急進派とドイツ官憲。‥‥共産主義はすでに、すべてのヨーロッパ強国から一つの力と認められている‥‥』<岩波文庫『共産党宣言』P.37>
3たび目のヨーロッパの幽霊出没なのか。1度目は19世紀後半,上記のマルクスの著書「共産党宣言」に書かれたヨーロッパの社会主義者達の集団と,その国際組織「インターナショナル」,2度目は,フランスのミッテラン社会党政権やイタリアの「オリーブの木」,あるいは西独緑の党や赤いポルトガル,あるいはスペイン社共連合などに代表されるユーロコミュニズム,そして3度目が今回だ。ギリシャ金融危機に端緒を発したヨーロッパの金融危機,EUを中心に,いわゆる北部ドイツを中心とした債権国家群は,南欧・東欧の債務者国家群に対して,国際市場原理主義の牙城とも言うべきIMF(国際通貨基金)などとともに,いわゆる「ワシントン・コンセンサス」に従った市場原理主義ドクトリンを押し付け,極度の緊縮政策と南欧諸国の国民に対する社会保障や行政サービスを大きくカットすることで,この金融危機を乗り切ろうとした。
金融バブルの崩壊と巨額の不良債権の発生,そして経営破たんと金融危機という事態を導いた巨大金融機関は,EUや国家間協力によって救済される一方で,危機の原因とは無関係の一般の国民がそのツケを払わされるやり方で,ことが進められてしまった。まるで,1991年の日本のバブル崩壊後や,リーマンショック後のアメリカでの,悪者を救済し善人を痛めつけるという,まさに「さかさま」「あべこべ」のやり方が,ギリシャ金融危機後のヨーロッパ=EU諸国内においても行われ,市場原理主義という名が恥じてしまうようなご都合主義的な歪んだ手法が,債権者や金融資本の絶対的な利益と安定・有利を確保するためにふんだんに使われた。他方では,大多数の若い学生や多くの労働者が職や将来への希望を失い,路頭に迷わされることになってしまったのである。
こうした騒然とした社会情勢の中,敢然とヨーロッパ政治の世界に登場したのが,結党後わずか1年で,スペインの一大政治勢力になった新しい左翼政党「ポデモス」と,その党首パブロ・イグレシアス氏である。別添PDFファイルは,岩波月刊誌『世界』今月号(2015年7月号)に掲載された「ポデモス」と,その党首パブロ・イグレシアス氏に関するレポートだが,これを参考に,この政治集団のことを以下に簡単にご紹介したい。
ヨーロッパでは,こうした動きはスペインだけではなく,ギリシャのシリザ政権やアイルランドのシン・フェイン党などにも同じような動きがあり,更に,少し毛色は違うものの,英国スコットランド国民党のニコラ・スタージョン氏や,イタリアのペッペ・グリッロ氏(五つ星運動)など,危機の時代にあって,排外主義的なナショナリズムを煽る右翼集団とは一線を画す新しい政治潮流とそのリーダーたちが誕生している。そしてその急速な拡大の勢いは,旧型左翼を乗り越えて行くものがある。
もちろんねらいは,彼らから,私たち今の日本の「世直し改革派」や市民運動・社会運動が学ぶところはないのかどうかである。日本では,絶滅危惧種と言われている,いわゆる「旧型左翼」(昨今の選挙では共産党が躍進している(というよりも勢力を回復しているが)が,「日本左翼」全体として見た場合,かつて持ち合わせていた批判力や行動力,広範なエリアへの影響力やリーダーシップなどから見て,その衰退は著しい)が,低迷を続けている。市民運動・社会運動も,20年くらい前に持ち合わせていた新鮮さや活力を落としてしまっているようにも感じられる。私たちは,このスペインの新興左翼勢力から何を学ばねばならないか,よく考えてみる必要があるのではないか。
ご紹介する岩波月刊誌『世界』の論文は,イグレシアス氏がNY市立大学大学院センターで行った演説と質疑応答からの抜粋だそうである。読んでみると,なかなか興味深い。ここから,私なりに彼らポデモスと,党首イグレシアス氏の考え方の概要を箇条書きにまとめながらコメントしてみよう。そのイグレシアス氏だが,政治学専攻の若手の元大学教授で,自分は左翼であり社会主義の普及・広範化が必要であるという主張を隠さずに言い放つ。今の日本のような歪んだ言論世界でのゴマカシ・ボカシ表現とは対極的な,歯切れのいい,主義主張のはっきりした人間であり,政党であるように思われる。『世界』論文の表題にある「YES WE CAN!」(我々にはできる!)が彼らのシンボル的な政治スローガンなのだろうか。だとしたら,有権者・国民を欺くニセモノの,同じスローガンを掲げた米オバマ政権ができなかったことを,このイグレシアス氏とポデモスの人たちがやってくれるのかもしれない。
●「我々にはできる!」パブロ・イグレシアス(中野真紀子訳『世界 2015.7』)
<関連サイト>
「ポデモス」と「イグレシアス」氏をキーワードにして検索すると,たくさんサイトが出てきますので,その中の上の方をいくつかご紹介します。これがいい,と思ってご紹介するものではありません。
(1)ウィキペディア ポデモス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%87%E3%83%A2%E3%82%B9
(2)ウィキペディア パブロ・イグレシアス
B9%B4%E7%94%9F)
(3)躍進するスペインの新政党「ポデモス」は極左なのか 首都大学東京教授・野上和裕 (THE PAGE) – Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150110-00000005-wordleaf-eurp
(4)スペインTVE フランスF2 台頭する新政党「ポデモス」 – NHK BS1 キャッチ!世界の視点 特集まるごと
http://www.nhk.or.jp/catchsekai/marugoto/2015/03/0309.html
<ポデモスとイグレシアス氏の主張に関する私=田中一郎の箇条書きまとめ>
1.金融危機をもたらした「ウォール街の党」から政権を奪取し,経済民主化のために政治を変革せよ
アイスランドやギリシャの金融危機に端緒を発し,ポルトガル,アイルランド,イタリア,スペイン,東欧へと続いていく国際金融危機をもたらしたものは,旧態依然の国際金融マフィア=「ウォール街の党」=巨大国際金融権力の支配と,ヨーロッパ経済の私物化だった。金融危機に対処する方法として,支配継続のための道具としての市場原理主義(新自由主義)的政策が駆使され,極端な緊縮財政と公的ファクター機能の否定=あらゆるものの民営化,社会政策や雇用対策などの廃止,労働力市場の制度的改悪と経済的負担の勤労者階層への転嫁,その結果としての一般国民の日常生活の切り詰めの強要,若い世代を中心に失業者が巷にあふれ,国民の困窮が広範に広がる,そんな社会がヨーロッパにできてしまった。
他方では,金融危機をつくりだした大手銀行を国家財政で救済し,その経営不振の大手銀行に貸し込んでいた国際金融マフィアたちの資金には傷一つつかず,ほんの一握りの富裕層や投資家層の特権的権利だけが,いびつな形で保護されて行く,そんな理不尽極まりない経済・社会構造が出来上がってしまった。ポデモスとイグレシアス氏は,こうした社会的不正義と貧困・困窮の多数への押し付け政策に対して,自分達の敵を「ウォール街の党」と明確にさせながら,敢然とその前に立ちはだかる。彼らは,南欧の金融危機から経済危機へと深化しつつある災いは,まさに特定の人間達や会社・組織だけを大切にしようとした失政がもたらした人災であって,それは多数派を形成して政権を獲得し,政治や政策を変革することによって改善・修復できるのだと,広範な有権者・国民に訴えるのである。
岩波月刊誌『世界』から,イグレシアス氏の講演の一部を一部引用してみよう。
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金融業界の権力が、世界の政治権力の最高評議会にあたります。彼らは大統領や議会より上位にある。デヴィッド・ハーヴェイは彼らを「ウォール街の党」と呼んでいます。第三インターナショナルにも似ていますが、それは世界権力のインターナショナルなのです。ウォール街党は、経済システムの頂上に住む人々を代表しています。
(中略)金融権力の政治課題をひとことで言えば、「銀行を救済し、ツケは国民に回せ」です。「社会的な諸権利の禁猟区」というユーロ圏の自己認識は終わりを告げました。
では、ギリシャやポルトガルやスペインなど欧州南部の政府は、危機から脱却するためにどんな方策を採ったでしょう? 緊縮政策です。まず公務員給与を引き下げ、次には、すべての賃金を引き下げる環境を整えました。労働市場改革を断行して退職金を引き下げ、生活必需品の税率を引き上げ、銀行を保護して、なんでもかんでも民営化しました。年金支給額を引き下げ、退職年齢を引き上げました。医薬品価格を引き上げ、医療の質を落としました。おまけにこうした緊縮政策は、欧州の人々を苦しめるばかりで、効果はほとんどないことが、いまでは明らかです。債務、失業、内部格差という欧州の三大問題は何ひとつ解決できていない。むしろ悪化しています。スペインでは、失業はとうてい容認できない水準にあり、債務は国内総生産の30%強から100%へと増加しました。職にありついても月収1000ユーロに満たない人が半分近くを占めています。貧困と子供の栄養不良は衝撃的な水準です。これまで統治してきた者は、痛みを増大させたうえに、目的の達成にも失敗している。そうした中で、スペインの富豪の数は増加しました。社会的な緊急事態の下で、政府は少数の金持ちを優遇L、弱者を苦しめる政策を取っているからです。
いったい何ができるでしょう? 我々は、社会主義に傾斜する新たなヨーロッパの中で、国民のための政策を追求します。社会正義と正当性を基準に債務を調整する債務再編を行わねばなりません。欧州中央銀行を銀行に奉仕するのではなく、政府が国民を守る義務を果たすのを助けるための機関に変えねばなりません。公的銀行システムをつくり一般家庭や中小企業の資金運用や預金を保護しなければなりません。経済の重要分野に公的所有を拡大じなければなりません。特にエネルギー、運輸、公益事業などの戦略セクターです。公共投資を通じて再工業化に着手しなければなりません。そのためには教育システムを変更し、初等中等教育を受ける機会を増やし、職業訓練の質を引き上げ、大学や高等な調査研究機関を強化する必要があります。そうした投資が生産性の向上につながります。税制改革も必要です。税負担を再分配し、大富豪の税金逃れを止めさせ、特権階級にもっと圧力をかけるべきです。そうすれば、公衆衛生や住宅整備に向けられる公的資金の支援も改善します。租税回避地と戦わなければなりません。
こうした政策をやり遂げるには、スペインでも欧州全体でも政治的な変革が必要です。すでに足元では、こうした民主的な変革が始まっています。事はそう簡単に運ばないでしょうが、ここでスペイン国民が上げる声はes que podemos すなわち「我々にはできる」なのです。
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2.多くの国々の人々が失業や貧困に苦しむのは,特権的金融巨大資本が支配する政府・政権が振り回す市場原理主義の政策に諸悪の根源がある。それを抜本的に改めるために,多数派形成によって政権を獲得し政治を変えるという,明確な目的意識に裏付けられた政治への取組姿勢が大きな特徴の一つ。政治的な中立を装うことが,あたかも美しき市民運動・社会運動のあり方であると勘違いをしている,いわゆる「脱イデ」イデオロギーの,日本の市民運動・社会運動の「政治的カマトト主義」とは全く異なる。
すべてを市場にゆだねよ(但し,自分達特権階級の利益に反する場合はその限りではないというご都合主義とセットの)という市場原理主義とは対極の,政府や公的ファクターの役割と責任を強調するケインズ主義的な主張=その結果としての,常識的な経済・社会改革のメニュー(決して急進主義的で激烈な政策ではない:革新的現実主義とでも申し上げておく)もまた,ポデモスやイグレシアス氏らの政策綱領の特徴である。
3.民主主義の復権=国民を政治や経済政策・社会政策の主役に戻すため,一握りの勢力のやりたい放題への「お任せ」を拒否し,その無謀と言える国民虐待政策にストップをかける。こうした政治を変えるためには政権を獲得しなければいけない。そのためには,圧倒的多数の有権者・国民の心に響く「言葉」「表現」による訴えが最重要であるとの考え方をとる。たとえば,
(1)一般的抽象的な質問に対しては,具体的に現実に起きていることを持ちだして説明し回答する。
(2)自分自身が左翼であることは隠さないが,しかし,当面する政治改革は左翼でなくても,市場原理主義を否定する者なら一緒にやれる,と主張
(3)スペイン社会労働党などの既成左翼は,民主主義を返せと叫ぶ有権者・国民の声を組織してこなかった怠慢がいけない。
(以下,『世界』記事から関係個所を一部引用)
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(中略)たぶん抗議に参加した人々の多くは、ただ「民主主義を返せ、今の政治家は私たちを代表していない」と言いたかっただけなのです。彼らが立ち上がったこと自体が、スペインの左翼の怠慢の証明です。だって、彼らはそれを組織しなかったのですから。
(中略)彼らが憤慨したのは、M15運動の集会に参加して「君らは労働者だ。労働者階級、無産階級だ。変わらなければならない」と説明したのに、みんなが理解しなかったからです。彼らに言ってやりました、「これは現実の政治活動だよ、正確な状況分析だけが政治じゃないからね」と。
歴史的なシステムとしての資本主義の意味は熟知していますし、階級闘争の意味も知っています。でも政治で重要なのは、国民の多数が理解する言葉を使うことです。おそらく、金融権力が大成功し、新自由主義が勝利を収め、資本主義イデオロギーが勝利を収めた理由は、彼らが巧みに言語を操り、言葉の意味を変える能力に長けていたからです。
(中略)政治闘争とは、言葉の意味をめぐる闘いに他なりません。言葉を使って闘わなければならないのです。カリカチュアみたいに左翼一点張りの強硬論を貫き、いつも孤立しながら資本主義の非道を嘆いても、誰にも理解されません。メディアを利用しないといけません。新しい言葉を使わなければならない。新しい多数派を築く努力が必要です。私は急進左翼の家系でマルクス主義者を自認していますが、それでも政治の世界で大事なのは多数派の形成だと信じています。
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4.政治的政策的リアリズムの上に立ち,自分達の力量を十分に考慮に入れて,当面する政策に手を付ける算段の様子であることが垣間見れる。理想主義的で,遠大なスローガンを掲げ,あれもこれも要求をする拙速な左翼主義ではなく,言い換えれば,巨悪をくじく試みは大胆に行うが,全面的包括的な経済体制の改革などの大掛かりなことに対しては慎重,かつ控えめである。これは多数派形成の重要性の認識と裏腹の関係にある。(あなたはケインズ主義者なのか,と質問されたことに対するイグレシアス氏の回答の中にも,この考え方が現れている)
5.国際情勢への認識(以下,『世界』記事から抜粋)
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(中略)社会蓮動や闘争だけでなく、一般の共通認識も国際化することが大切です。今日の世界は、地政学的な移行期を迎えています。そのことが、世界に多くの変革をもたらすチャンスを生み出している。
(中略)いま現在を地政学的な移行期と考えています。世界は今、ポスト・ヘゲモニーの時代に移行しつつあるというのですが、私も同感です。そして確かに多くの変化の機会が開けています。おそらく世界権力の様相が変わりつつあり、それはBRICSだけのことではありません。
(中略)。現在の状況は、世界大国が交代の時期を迎え、国民国家が息を吹き返しているのだと見ています。アントニオ・ネグリとマイケル・ハートの『帝国』という本をお読みになったことがあれば、そこには、国民国家が消滅し、それに代わって、グローバルな主権である「帝国」が出現すると書いてありました。でも現在の危機が示すのは、国民国家が再び姿を現し、この先しばらくは消えないだろうということです。
(中略)とはいえ,足元の状況は困難を極めており、我々の敵はとても強力です。彼らは全力をあげて、ありったけの武器を駆使して、私たちを阻止しようとするでしょう。そういうわけで,BRICSが新しい世界秩序を生み出すための真のオルタナティブかどうかは、私には答えられません。
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6.最後に,イグレシアス氏の言葉から
「よく承知していますが、私たちにスペインを変革する力はありません。それには市民社会が必要です。社会運動が必要です。現状を変えるためには、民衆にカを持たせることが不可欠です。政府だけがんばっても変革は起こせません。組織化された市民社会、組織化された大衆運動があってこそ、はじめてスペインに真の民主主義への可能性が開けるのです。」
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion5433:150623〕
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