2015年ドイツ逗留日記(7)
- 2015年 8月 10日
- カルチャー
- 合澤清
1.ゲッティンゲンで一番古い居酒屋に行く(8月5日)
このところ暑さがぶり返してきた感がある。猛烈な暑さが連日続いている。しかし、朝晩が涼しいのと、からっとした暑さなので、日本に比べれば格段に過ごしやすい。この暑さもあと何日かで終わるのではないだろうか。そうすればいよいよ秋、というよりも冬に近い寒さがやって来る。
ドイツはこの期間、長期のUrlaub(休暇)をとる人が多い。僕の友人も先週末から2週間の休暇をとって実家(南ドイツのフランケン地方)へ帰省している。フランケンは今やバイエルン州に属するが、彼はいまだにフランケン出身だと言い張る。
毎週水曜日の会合(飲み会)も、彼がいないため中止かと思っていた。ところが、もう一人の友人からお誘いがあり、いつもの居酒屋とは違う面白いところに連れて行くから出てこないか、と言われて勿論喜んで出かけた。
市庁舎前のゲンゼ・リーゼル(ガチョウ娘)の像付近で待ち合わせて、Zakという居酒屋に行く。ここはかなり前から僕らの行きつけだったところで、まだ語学学校に行っていた時分にはしょっちゅう通ったものだ。その後も、今の行きつけの店を知る以前にはエジプト人の友人といつも一緒に行っていた。Zakという名前は、以前にも書いたことがあった気もするが、zackというドイツ語に似てはいるが「非なるもの」である。zackというドイツ語は、「素早い」という意味であるが、ここZakは決して「素早く」は無い。そのためなのかどうかはまだ確かめていないのだが、「c」がない。但し、食事は大変おいしいし、値段も安い。それ故、学生や若者が多い。
ここで彼の女友達とその娘を待った。女友達とは去年、彼が僕らのためにホームパーティをやってくれたときに既にお会いしている。但し、彼の方はそのことをすっかり忘れていて、改めて初対面の紹介をしてくれた。
娘はまだ13歳のあどけないかわいい子供だが、何とスペイン語とドイツ語に精通しているとのこと。学科では数学が得意だという。ガウスのような偉い学者になってもらいたいな、と彼が言っていたが、本人はガウスなんて名前もまだ知らないようだ。
最初は僕のブロークンなドイツ語で通じるだろうかと少々心配だったが、そこは相手側の方で十分カバーしてくれたため、楽しく2時間位のおしゃべりができた。
その後、彼と、僕の連れ合いと3人でいよいよ珍しい居酒屋に行くことになった。バンドが生演奏しているとか。但し、食事のメニューがなく、飲み物専門なので、最初にZakで食事をしたのだという。
その珍しい居酒屋の場所は、Wilhelm Platz(ヴィルヘルム広場)という、ここもかつて僕らが友人たちとの待ち合わせによく使った場所、のすぐ近く(大学の講堂Aulaの脇)にあった。暗かったので、その建物がどうだったかはよく覚えていないが、なんだか薄汚い建屋の地下に降りて行った。Keller(地下酒場)である。その地下室の壁は、岩をくり抜いて造られた、ごつごつしたものであり、なんだか地下牢のイメージである。薄暗い室内には、カウンター席があり、その脇を通り抜けるともう一段下に通じる狭い階段がある。その両側にも少し広げて机を置ける程度の場所があり、そこにも何人かの客が座っていた。そこから数メートル進むと、もう少し広い小ホール程度の場所がある。そこに大きなテーブルと長椅子が3、4セットぐらい置かれていた。またそれ以外にも隅の方に4人掛け程度のテーブルと椅子があった。その大きいテーブルの一つにそれぞれ楽器を抱えた演奏者たちが座っていて、僕らが入った時には既に音楽を奏でていた。
アイルランド民謡、あるいはドイツの民族音楽などが主だったが、すぐそばで生演奏が聞けるなんて思いもしなかっただけに、大いに感激した。
ざっと見ただけで、バイオリニストが2人、ギタリストが4人、ピッコロ奏者、フルート奏者、等々、10数人の奏者がいた。バグパイプもあった。なかなか豪華である。
しかも、驚いたことに、周囲の客たちは(これがあまり多くなかったのも意外だったが)、勝手におしゃべりしながら、アルコールと音楽とおしゃべりを楽しんでいるではないか。普通、日本では、演奏者の脇でおしゃべりなんてすれば、叱られるか、「この田舎者め」と軽蔑の眼で睨みつけられるのが落ちである。何たる違いか…。音楽は高邁な人士の専売特許ではなく、われわれ庶民のすぐ近くにあるのだ。
友人に、ここの入場料はいくらぐらいするのかと尋ねてみた。彼曰く、「無料だ。飲み物だけの値段でオーケーだ」と。しかし、飲み物も他の店と違わない程度の値段(例えば、樽生ビール0.4リットルで350円)だし、雰囲気は悪くない。第一、Kellerは涼しくてよいし、音も漏れず、響きが良い。
友人によれば、ここがゲッティンゲンで一番古いKneipe(居酒屋)だという。これは僕の想像だが、ここは昔学生用の地下牢だったのではないだろうか。この薄汚れた岩壁、地上と隔絶された狭くて暗い場所、掟破りの悪さをした学生がここに監禁され、反省を強いられた、その名残であろう。そういえば、ハイデルベルク大学にもこのような学生用の牢屋があり(もっともそこは、地下ではなく地上にあったと思うが)、観光名所のひとつになっていた事を思い出す。
僕の友人はブラウンシュバイクの大学生だった頃、楽器を演奏していて、しばしばゲッティンゲンにもアルバイトで来ていたという。その時からこの場所を知っていたようだ。なんとエキゾチックなムードの中でのひと時だったことか…。迎えの車が来なかったら、このまま朝まで居続けたかもしれない。
ゲッティンゲンで一番古い酒場(生演奏の奏者がすぐそばに)
Krombacherの黒ビール(330ml×6本)
これでいくらだと思う?500円しないんだよ!日本は税金を飲まされている!
2.難民問題がますます深刻化している
難民を受け入れるにはヨーロッパは既に飽和状態にある、というのがこのところのヨーロッパ、特にドイツ、フランスなどの偽らざる心境らしい。DIE ZEITにはこんな記事が載った。「拒否、逮捕、強制送還」というタイトルの記事で、「ヨーロッパがこれ以上難民を受け入れるのは無理だ」と告白し、それでも「強制送還に関しては、手際よく、公正な態度で行うべきだ」と。
一方で、難民の数は増え続けている。20人乗りのゴムボートに600人もの人間が乗り込むようなケースが後を絶たない。当然ながら多くの海難事故を引き起こしている。この海難事故にどう対処するか、救助する(された)として、その後彼らにどう対処するのか。
今や難民問題は全ヨーロッパを揺るがす大問題である。
「国家は単なる経済的な存在ではなく、他の国家に対抗して国益を守ろうとする政治的・軍事的な存在でもある。自由主義国家といえども、国家資本主義的な側面をかなり持っている。経済成長を実現するために、国民に相当な無理を強いている。今、資本主義国家が突入しつつあるのは、国民無き国家資本主義である。」『静かなる大恐慌』柴山桂太(集英社新書2012)(p.95)
彼の分析で非常に興味深いのは、現代資本主意義の特徴として、グローバル主義と重商主義(国家資本主義)という相反する二つの要因があることを指摘している点だ。もっともこの点を指摘する論者は彼だけではない。『超マクロ展望 世界経済の真実』水野和夫・萱野稔人(集英社新書)という本の冒頭で、萱野稔人は次のような指摘をしている。
「昨今の経済問題をめぐる議論には、「国家」というファクターが非常に希薄だったように感じています。例えば今回の金融危機では、アメリカの多くの金融機関に公的資金が注入されました。あれほど「国家は市場から撤退すべきだ」と主張していた金融機関も、いざというときには国家に頼らざるを得ない。もし市場が単独で資本主義を形成しているのであれば、こうした公的資金の注入は必要なかったはずです。しかし実際には、金融市場の危機は国家によって肩代わりされ、その結果、今のソブリン・リスク(国家財政に対する信用危機)に見られるように、もっと大きなシステムの危機へと拡大しつつある。」(p.10)
このような現代資本主義の特徴から何が見えて来るのであろうか。僕の素人考えでは、アメリカの一極支配の衰退により、多極化というよりも新たな経済的覇権をめぐる争いが起きているのではないだろうか。東大教授の小幡道昭の次の指摘はそういう意味では興味深い。「(現状分析をアメリカから始めるのではなく)覇権の移動というか、基軸帝国主義の変化から世界情勢を見るべきでしょう」
この私の雑文はある種の紀行文であって、経済情勢の分析ではもちろんない。こういう問題はまたあらためて別の形で論じたいと思うが、一応の区切りとして僕自身の難民問題へのアプローチをまとめてみたい。
難民問題は、大枠では地域紛争と国家間格差をなくす以外に本当の解決は無いと考えている。現実問題として、難民が大挙して押しかけて来た時に(今のドイツ、フランスなどがそうだが)、まず地方行政と地方の財源が完全に破綻する。彼らの祖国を含めて、難民の受け入れ手がない場合、彼らを見殺しにすることはできないから、最低限の保護政策をとらざるを得ないだろう。国家の予算も改めてその配分をどうするか、新たな予算化が問われる。その結果、福祉切り捨てなどの安易な対応が起き、国民の不満が高まることになる。一般的な政治危機だけではなく、排外主義から「ナショナリズム」の台頭というファシズムにつながりかねない状況が生まれる危険性がある。ドイツ南部で時折起きている難民襲撃や、難民用住居の焼き打ち、ネオナチの胎動などの世情不安が頻発するようになる。かつて新左翼が唱えた「世界革命」がただの妄想、何の現実的な基盤をも持たない掛け声だけにすぎないのなら、一気に右翼化する危険がある。ヨーロッパはその点、より現実的な条件にあるのかもしれない。アジアともアフリカとも地続きだから、運動も実際に「世界性」を見詰めて、相互間の連帯に向けて行動することも可能だし、深慮遠望な計画を立てることもより現実的である。日本の運動は決定的に遅れている。
かつて最晩年の廣松渉が、中国、韓国の人民との連帯を唱え、「東アジアの〈人民的な〉共栄圏」構想(命名はかなりどぎついものではあるが)を「朝日新聞」で唱えた時、多くの識者が「さすがの廣松も…」と冷笑した。しかし、それは簡単に笑ってすまされる問題であろうか。今、改めてこの問題の現実味と深刻さを「難民問題」の中から考えて行かなければならないのではないだろうか。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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