「イスラム国」の野望は全世界のムスリム支配 - イスラム断章(7) -
- 2015年 11月 7日
- 評論・紹介・意見
- イスラム伊藤力司
バグダディのフルネームはアブー・オマル・アル=バグダディというが、預言者ムハンマドの後を継いだ初代カリフがアブー・バクル、2代がオマルという名前だったことを考えると、バグダディは2006年当時から既にカリフ制国家を想定に入れていたものと考えられる。バグダディという名前も本名ではなく、イラクの首都バグダード出身であることをひけらかすための通名である。
バグダディは1971年スンニー派の家庭に生まれ、バグダードの国立イラク大学を卒業、イスラム法学の学士号を取得している。2004年2月米軍につかまり10か月間刑務所に入れられたが、この時の獄中生活で反米闘争意欲をいっそう固めたという。空爆で殺されたザルカウィから「イラクのアルカイダ」を引き継いでから組織を「イラクのイスラム国」に改称した。この結果、バグダディの率いるイラクのジハーディスト集団は、イスラム過激派の世界センターであるアルカイダから独立した。アルカイダ側も「イラクのイスラム国」に絶縁宣言を発した。
イラクは人口3,470万とエジプトに次ぐアラブ世界第2の大国だが、人口構成は複雑だ。世界的にはイスラム教スンニー派が9割、シーア派1割の比率というが、イラクの場合はシーア派が多数派で約6割、スンニー派が2割、その他2割がクルド族(スンニー派)、キリスト教徒、トルクメン人などとなっている。スンニー派のサダム・フセイン大統領はスンニー派を重用したが、当時は日常的に宗派対立は見られず、スンニー派とシーア派は平和共存していた。しかし米軍によるフセイン政権打倒以後は、「イラクのイスラム国」などがシーア派に対する報復攻撃を仕掛け、現在も厳しい宗派抗争が続いている。
「イラクのイスラム国」はこうして2006年に「イスラム的国家」の樹立を宣言したわけだが、国家の領域はなかった。領域支配が始まったのは2013年以降だ。彼らは2011年に始まったシリアの内戦でシリアのアサド政権が動揺している隙を突いて越境、シリアに拠点を築き「イラクとシャームのイスラム国」を名乗った。さらにシリアの拠点を利用してイラク西部に攻勢を掛け、13年年末から14年初頭にかけてイラク西部アンバール県で政府軍を破り、その勢いで6月にはイラク第2の都市モスルを制圧して世界をアッと言わせた。
「イスラム国」はこれまでの過激派組織と違って一定の領土を支配して、国らしい体裁を保っている。首都をシリア北部のラッカに置き、一定の官僚組織を持ち、税金集め、ゴミの収集、貧困者のケアまでやっている。こうした行政の仕組みはサダム・フセイン時代の制度をそのまま利用したものだ。米軍はイラク軍、警察、バース党などフセイン時代の組織を全部解体したため、大量の失業者が発生。彼らは年金も恩給もなくなり、失業者になった。そこへバグダディが現れ、彼らを雇って行政を担当させたのだ。
かつての栄光あるウンマ(イスラム共同体)の復活を唱えるバグダディのアピールは、インターネットを通じて世界中に届く。アラブ世界で、中央アジアで、チェチェンなどロシア領内のイスラム社会で、中国のウイグル自治区で、あるいは欧米キリスト教社会で不遇な立場に立たされているムスリム青年にとって、バグダディの声は福音のように聞こえるかもしれない。推定3万人にも上るジハーディストが世界各地から「イスラム国」に集まっているという。しかし世界中のムスリムの圧倒的多数は、「イスラム国」のアナクロニズム(時代錯誤症状)を迷惑視しているのも事実である。
米国が西欧諸国とサウジアラビア、カタールなどペルシャ湾岸諸国とトルコを集めた有志国連合は、2014年8月から空爆作戦をメインにした「イスラム国(IS)」掃滅作戦を開始した。以後1年余り空爆が続けられIS側にもかなりの被害が出たと想定されるが、ISの支配地域はほとんど減少していない。一方今年の9月30日からは、ロシア軍がアサド政権の要請に応じるという名目でシリア領内のIS支配地域への空爆作戦を開始した。10月下旬には、アサド政権の存続に反対する米欧・湾岸諸国側とアサド政権を支援するロシア、イラン側がシリア和平交渉を模索する外交が動き始めた。こうした状況の下で「イスラム国」がこれ以上勢力範囲を拡大する見込みはないが、「イスラム国」が近いうちに掃滅される見通しも立たないのが現状である。
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