青山森人の東チモールだより…せっかくの20周年記念というのに
- 2019年 7月 23日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
せっかくの20周年記念というのに……
じめじめと長引く政治対立のなかで
東チモールは南緯ひとケタ台の南半球に位置する国です。日本の夏は東チモールの冬、赤道近くの常夏の国とはいえ、いまは“冬”、乾燥気味のカラリとした過ごしやすい季節となります。
しかしながらカラリとした季節とは裏腹に東チモールでは出口の見えない政治的袋小路がじめじめと続いています。このじめじめとした政治風潮によって社会に不安定という“カビ”が生えてしまうことにならなければよいのですが…。
そんなことを心配させる数々の事件が報道されています。例えば、麻薬事件です。東チモールへ麻薬が密輸される事件が発生するのに加え、6月上旬、東チモール人夫婦が東チモールからインドネシア領西チモールに陸路で渡ったとき、東チモール側では検知されなかった違法麻薬が西チモールの税関で検知され逮捕されました。東チモールに麻薬が出入りするうちに東チモール人がどんどん麻薬犯罪に巻き込まれていってしまうのではないかと懸念されます。
東チモールが国家予算を投じて支援する西アフリカのギニア ビサウは、南米~ヨーロッパ間の麻薬流通の中継地になってしまったことから混乱してしまった国です。ギニア ビサウがそうなってしまった理由には人びとの貧しい生活が根底にあります。東チモールの指導者たちはギニア=ビサウの二の舞にならないように気を緩めることは許されません。
また、対立する若者たちの集団同士の抗争が死傷者を出す事件が最近頻繁に発生し、治安の乱れも心配されます。この「若者たちの集団」とは、東チモールでは「格闘技集団」と呼ばれます。かれらの喧嘩が死傷者を出してしまう事は今に始まったことではないにしろ、仕事のない若者たちのやるせなさの表れと見れば、格闘技集団の抗争は社会不安を示す一つの指標といえます。いま、その指標の度合いは高い状態にあるようです。7月4~5日、リキサで起こった若者たちの衝突で、2名が死亡、3名が負傷、13件の家と7台のバイクが燃やされ、一部住民が警察署に避難する騒ぎとなりました。
指導者たちが、政治対立や大規模事業、あるいは権力内の甘い蜜の奪い合いなどに気を取られているあいだ、放っておかれる職のない若者たちが暴れています。このようなことが社会構図として定着しないように願います。若者たちの抗争があったら、その現場を訪れて地域住民を慰めたり若者たちを叱咤したりというという指導者たちの姿があって然るべきです。
持ちつ持たれつの関係
東チモールの大規模開発といえば、「タシマネ計画」とZEESM(ゼースム、Zona Especial de Economia Social de Mercado、市場社会経済特別区域)があります。「タシマネ計画」とは、チモール海の「グレーターサンライズ」ガス田からパイプラインがひかれることを前提にした南部沿岸地域の開発事業で、ZEESMとは、現在はRAEOA(ラエオア、Região Administrativa Especial de Oecusse-Ambeno、オイクシ・アンベノ特別行政区)と呼ばれる飛び地・オイクシの開発事業です。「タシマネ計画」はシャナナ=ズグマンCNRT(東チモール再建国民会議、現最大与党)党首が、ZEESMはフレテリン(東チモール独立革命戦線、現最大野党)のマリ=アルカテリ書記長がそれぞれ担当・指導しています。
ZEESMの事業が正式に発足したのは5年前、シャナナ=グズマン氏がまだ首相だった第5次立憲政府の時代です。このときすでにシャナナ氏とマリ=アルカテリ氏の蜜月関係が始まっていました。フレテリンのマリ=アルカテリ書記長にオイクシ開発の最高責任者としてZEESM議長という肩書きが政府から与えられました。第6次立憲政府ではフレテリンとCNRTが大連立を組み、二大開発を担うシャナナ氏とアルカテリ氏が国の特権を分け合う状況を、当時のタウル=マタン=ルアク大統領は強く批判しました。
2017年の総選挙の前たると後たるに、マリ=アルカテリ氏はシャナナ=グズマン氏との蜜月状態の継続を望む意志を何度も示しました。選挙の結果、第一党となったフレテリンでも単独過半数に達する議席数を獲得できなかったので、シャナナ氏がアルカテリ氏と蜜月状態を継続すれば話は簡単でしたが、シャナナ氏はアルカテリ氏との“離婚”を望みました。アルカテリ氏が再び首相となって(2002年~2006年に続いて)2017年9月に発足した第7次立憲政府は民主党と組んだ少数政権でした。フレテリン連立少数政権は、CNRTとタウル氏のPLP(大衆解放党)などの野党連合勢力に国会運営を阻まれ、2018年5月、「前倒し選挙」が実施されるまでの短命政権となりまた。
この第7次立憲政府のフレテリン連立政権下であっても、なぜか、シャナナ=グズマン氏は依然としてオーストラリアと領海交渉をするチームを率いる立場を維持できました。2018年3月、オーストラリアと東チモールは国連本部で領海画定に調印するに至りました。第7次立憲政府のもとでは、シャナナ氏は実質的には国を代表して交渉に臨んだ人物でありながら、正式には閣僚でも政府要員でもないという不思議な立場にあったので、調印式に出席したのは閣僚であったアジオ=ペレイラ氏(現内閣室長)でした。マリ=アルカテリ首相が、シャナナ氏にかんして好き嫌いとか関係の善し悪しとは別にして、オーストラリアとの交渉を引き続きシャナナ氏に担当させたのは冷静な判断です。
ZEESMに目を移すと、「前倒し選挙」の結果、2018年6月に発足したシャナナ氏率いるAMP(進歩改革連盟)による第8次立憲政府が発足しても、これまたなぜか、ZEESM議長はマリ=アルカテリ氏であり続けました。選挙運動中、タウル=マタン=ルアクPLP党首は、AMPが勝利したらアルカテリ氏をオイクシから追い出すと豪語していたのですが、タウル首相は実際そうした行動を――公約どおりアルカテリ氏をZEESMの責任者からはずして欲しいという一部住民は声をあげましたが――とりませんでした。
こうして観てみると、シャナナ=グスマン氏とマリ=アルカテリ氏の関係は、見た目ほどギスギスしておらず、案外、持ちつ持たれつの仲良く喧嘩する間柄なのかもしれません。
ZEESMを巡る対立
さて、RAEOA-ZEESM議長の任期は5年で、この7月末にマリ=アルカテリ氏の任期が切れることになっています。アルカテリ氏の任期を延長しないことはAMP政権内で確認されているので、あとはタウル=マタン=ルアク首相が新しい人物を指名し、ルオロ大統領がその人物を任命すれば、穏便に新しいRAEOA-ZEESM議長が誕生することになる……はずでしたが、ちょっと様相が変わりました。
7月8日、国会はRAEOA-ZEESM議長にたいする大統領による任命権を取り外す法改正案を採決し、可決されたのです。フレテリンはAMP政権の数の論理の横暴に抗議して審議の段階で国会を退席、もう一つの主要野党である民主党も審議には参加しましたが、採決になると退席しました。民主党のアサナミ党首は、なぜ与党はこんなことをするのか、まるで政治的報復ではないか、国会で過半数を占めているから何をやってもよいわけではないと記者たちに述べました。「政治的報復」とは、ルオロ大統領がAMP政権発足時からCNRT党員の閣僚就任を妨げていることにたいする仕返しという意味だと思われます。AMP政権は最大野党フレテリンと根回しすることなく、大統領からRAEOA-ZEESM議長任命権という一つの権限を取り外したのです。アラン=ノエ国会議長は国会成立の定足数に達しているので改正案は可決・成立したと主張しています。
これによりRAEOA-ZEESM議長は首相が指名するだけ決まることになるのですが、この法案をルオロ大統領は公布するでしょうか。せっかくタウル首相がアルカテリ氏を東チモールのジョージ=ワシントンだと持ち上げるなどして労い、アルカテリ氏が円満にRAEOAから退場する花道をつくっておいたのに、この期に及んでわざわざ対立を煽るようなAMP政権の行動は理解に苦しみます。シャナナ氏とルオロ氏の関係とは、シャナナ氏とアルカテリ氏の関係とは違って、それほど険悪であるということなのかもしれません。
ZEESMの不可解さ
ZEESM事業そのものに注目すると、当初から全体像が見えないと批判されている大規模事業です。マリ=アルカテリRAEOA-ZEESM議長は、小型飛行機を購入したり、フェリー船の「ハクソロク」号(テトゥン語で[ハクソロク]とは[幸福]の意)の造船をポルトガルに発注したり、港や道路の建設など基盤整備に勤しみました。
2017年のZEESM費用として2億3900万ドルが国家予算に計上されましたが、この年、フレテリン連立政権が発足し、マリ=アルカテリ氏が首相に返り咲いたことが関係しているのでしょうか、この数字が2億4600万ドルに上昇しました。現在この差額について国会内の作業部会がアルカテリ氏に明確な説明を求め、これにたいしアルカテリ氏は会計報告の準備はできていると述べています。2年前の多額の勘定差について未だに白黒がついていないとは、不可解です。
また、「ハクソロク」号についても疑問の声が上がっています。2014年、第5次立憲政府時代に立ち上がった「ハクソロク」号造船計画に1350万ドルが予算に計上され,その後、この事業はRAEOA-ZEESMの監督下に置かれました。2017年7月、ポルトガルの港で、マリ=アルカテリRAEOA-ZEESM議長やポルトガル在住のカルロス=フェリペ=シメネス=ベロ師([ノーベル平和賞]受賞者)たちの出席のもと、シャンペンを船にぶつけて割るという進水式がおこなわれ、さあ、東チモールへ処女航海だ!と思いきや、2019年の今になっても船は東チモールに入港しません。なんとも不可解なことです。先月ポルトガルから帰ったダ=シルバ交通通信大臣は追加の費用が必要だと述べると、政府内から異なる意見が出ました。アジオ=ペレイラ内閣室長は追加費用は要らない、船の遅れは政府やRAEOA-ZEESMの責任ではなく、造船会社の法的問題であると述べ、タウル首相は、RAEOA-ZEESMだけの責任ではなく、当時の政府の責任でもあると述べるのです。市民団体は、当時の政府が正規の入札手続きを踏まずに造船会社に発注したのは違法だとして、「ハクソロク」号造船計画にかんして「反汚職委員会」に調査するよう求めています。多額の開発資金が怪しい使われ方をされている疑念が渦巻いています。
新空港の完成と拡張される既存の空港
ZEESMの一つの目玉である国際空港がパンテマカサールに完成しました。この国際空港は「白檀の道」と名付けられました。建設費用は1億2000万ドルです。6月18日、完成開港式典が大々的に催されました。これはAMPが政権発足1年目を迎える集会を開いた直後のことで、AMPの集会に出席しなかったシャナナ=グズマンAMP議長は、この開港式典にも出席しませんでした。また、ちょうどこのときタウル=マタン=ルアク首相はシンガポールの病院に渡航したときでした(東チモールだより 第396号)。与野党問わず多数の要人が出席してこの新空港の完成を祝ったのですが、肝心の人物が不在でした。マリ=アルカテリ氏は式典の演説のなか、タウル首相が欠席する理由はわかるが、シャナナ氏が不在なのは残念だと述べました。完成式典にはルオロ大統領も出席したので、シャナナ氏は大統領と顔を合わせるのを嫌ったのかもしれません。この式典でのアルカテリ氏の表情は、ニュース映像から見ると、国際空港の完成に漕ぎ付けた達成感に満ち溢れているようすでした。
ところでルオロ大統領はこの式典で、国際空港「白檀の道」が首都デリ(Dili、ディリ)の「ニコラウ=ロバト議長国際空港」よりも立派だと褒めたのですが、これにたいしてシンガポールから帰ったタウル首相があるセミナーで、「ニコラウ=ロバト議長国際空港」は日本の支援を受けてこれから拡張工事されるのでこちらの方がオイクシの空港よりも立派になるだろうと子どもじみた対抗心を示しました。お偉いさんたちの内輪の冗談なのかもしれませんが、大規模開発事業が進むなかで大勢の住民が水・電気・教育・医療サービスにまともに手がとどかない生活を強いられていることを想えば、笑えません。
亀裂を深める大規模開発
ZEESMから「タシマネ計画」に話題を移します。2018年3月に国連本部で東チモールとオーストラリアが調印した領海画定条約は、未だどちらの国でも批准されていません。両国は、1999年8月30日に実施され東チモール独立を決めた住民投票の日から20年目の8月30日に、両国の新しい外交関係の始まりという意味をこめて、ともに批准することになっています。
オーストラリアとの領海を画定する条約を批准するにあたって、AMP政権は現行法にいくつかの手直しが必要であるとして、シャナナ=グズマン領海交渉団長など関係者が出席する特別国会を設定し、改正案の審議が7月16日から始まりました。修正されるのは、「石油活動法」「石油基金法」などの四つの法律です。なにせ批准日まであまり時間がないことから、国会の休会期間を2ヶ月から1ヶ月に短縮して集中審議をし、批准日までに改正しなければならない法案をまず急いで審議・改正し、批准以降でもよい改正案については9月半ばまでに改正したいというのが政府の方針です。
報道によれば、これらの改正案によって国営「チモールギャップ」社と国家機関「石油鉱物国営局」は、これまでのように国会を通さなくても「石油基金」から資金を引き出せるようになるとのことです。もしそれが本当なら、今度の法改正緒案には非常に危険な要素を含んでいることになります。
野党フレテリンは、批准のために必要な審議に十分時間をかけることをずっと求めていたのに、それがいよいよ時間が押し迫ったときに法改正緒案の審議をしようとしている、改正緒案はオーストラリアとの領海画定条約とは関係ない、「石油基金」の取り扱いに関するものだけだ、改正緒案に賛成する理由が見当たらないとして、7月16日、改正緒案に一括して反対することを早々と表明しました。
これにたいし、シャナナ交渉団長は、フレテリン政権時代の2005年に制定された法律は、いまは2019年、時代と世界の流れにあわせて改正すべきだ、法を改正することで一人の人間が権力を弄ぶことができなくなる、国民と国家の利益を考えるべきだ、と反発します。
独立を決めた1999年の住民投票から20周年を迎える今年、本来ならば解放闘争の指導者たちは苦しかった往事を思い出しながら和やかな団結雰囲気に包まれてもよさそうなのに、大規模開発を巡って指導者たちの亀裂が深まっています。このまま政治的袋小路が深みにはまっていけば、これから10月に国会に提出される2020年度の国家予算案がまともに審議される環境が失われてしまいかねません。
青山森人の東チモールだより 第397号(2019年7月21日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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