(編集部注:以下の「ネオコン(Neo Con)・新保守主義と新国際秩序について(中)」は、市民グループ「ユーゴネット」が本年5月に発表したものです)
懲罰として駐ベオグラード中国大使館を空爆
1999年のユーゴ・コソヴォ空爆の際、NATO(米)は中国の駐ベオグラード大使館にもミサイルを3発撃ち込んで死傷者を出した。米国は誤爆だと釈明したが、もちろん誤爆ではない。NATO(米)は中国がユーゴ連邦に通信網の便宜を図っているとの疑惑を抱いており、それに対する懲罰的な措置としての空爆を実行したのだった。のちに米政府の高官はNATOのユーゴ・コソヴォ空爆について、「誤爆は一切していない」と述べている。この発言から導かれるのは駐ベオグラード中国大使館への爆撃は意図的軍事行動だったということだ。
中・米対立の淵源
中国にとってNATOは遠い存在だったが、このミサイル攻撃を受けたことでNATOが仮想敵国になりうると分析した。そこで、中国は専守防衛に備えた陸軍を削減し、現代戦に適合した軍備編制を図ることになる。ウクライナから空母を購入したのもその一環であり、南沙諸島への軍事基地を建設したのも密接に関連している。
中国人民はNATOの空爆を永遠に忘れない
23年後の2022年5月6日、中国の外務省趙立堅副報道局長は記者会見において「中国人民は1999年5月7日を永遠に忘れない」とNATO軍の駐ベオグラード中国大使館へのミサイル攻撃を批判した。さらに「NATOが東方拡大を続け、ロシアとウクライナの間に紛争の種をまいた」と付け加えた。すなわち、ユーゴ・コソヴォ空爆が米・中対立の淵源となったのみか、ロシアのウクライナ侵攻を招いたと中国が認識していることを披露したのである。
米国はこの自らが作り出した原因を棚上げして中国がNATOに対抗する軍備増強を図っていることは国際社会の秩序を乱すと喧伝し、同盟国と称する国々に軍備増強を呼びかけて米英豪3カ国の軍事同盟「AUKUS」や「クワッド」などを設立させた。さらにNATOの東京連絡事務所を開設まで検討し始めている。このNATOの東京事務所開設にはフランスから異議が出されたため頓挫しているが、日本政府はNATOとの結びつきを強める姿勢を崩していない。さらに2024年に岸田首相が訪米して「AUKUS」との技術協力を検討事項にしていることを見ると近い将来この同盟に日本が加盟することも予定しているのであろう。これらの軍事同盟の設立は米国提唱の中国包囲網の一環である。これが世界のそして日本の平和にとって望ましい姿といえるのか。
ネオコンの日本への干渉
ネオコンのリチャード・アーミテージは知日派として知られ、しばしば訪日してジャパン・ハンドラーとして工作し、国務副長官まで上り詰めた。国務省のナンバー2である。彼は日本に対し、2000年に「第1次アーミテージ・レポート」を発表して有事法制の整備を求め、2004年には「第2次アーミテージ・レポート」で憲法9条が日米同盟の障害となっていると記述し、2012年の「第3次アーミテージ・レポート」では日米同盟の役割強化を求め、2018年の「第4次アーミテージ・ナイ・レポート」では日本の軍事費をGDPの2%超とすることを要求し、2020年の「第5次アーミテージ・ナイ・レポート」では中国の軍備増強を念頭に日米同盟にとって最大の安全保障上の挑戦だとして米国の懸念を日本が共有する重要性を指摘し、2024年の「第6次アーミテージ・ナイ・レポート」では縦割りの日本政府機関に対して一元的な情報分析機関の設置を促した。このようにネオコンの影響を受けている米政府は日本の防衛政策の指針を示し、日本政府はそれに沿った政策を推進するという従属姿勢を採っている。
さらに、アーミテージは日本の政治の中枢にたびたび手を突っ込んで引っかき回している。自主派の小沢一郎が首相になる可能性が出てくると、「陸山会」事件をでっち上げてそれを阻んだ。日本の検察は米国と近しいので、米国の意を体して罪状を作り出すことがしばしば起こる。日本の首相が短期で入れ替わるのにはネオコンなどの米国の意向が働いているからである。逆に、長期政権は米国に支えられてきたともいえる。
日本の岸田政権が防衛費を大幅に増額させたのも、日本防衛の必要性からではなく米政府の要求に応じたものである。それを示すように、バイデン米大統領は日本に防衛費を増額させたのは私であるとその功績を誇った。しかし、日本の外務省がクレームをつけたのであろうバイデンはのちにこの功績を否定した。岸田首相は2023年の施政方針演説で「外交には、裏付けとなる防衛力が必要です」と述べた。外交より防衛力を優先するこの発言はネオコンの思想そのものである。
遡ると、故キッシンジャー元国務長官はネオコンではないようだけれども、民主主義者とはいえない策士である。彼は密かに中国を訪れて1972年2月のニクソン大統領訪中へと導いた。この密かな米中外交は日本を驚かした。しかし、田中角栄首相は素早く反応し、同年9月に訪中して日中国交正常化を果たした。この先走った田中角栄の外交にキッシンジャーは激怒した。米中外交にはいくつかの狙いが秘められていたからである。中ソ対立を激化させること、ベトナム戦争を終結させること、そして中国の政治体制を変革させることなどにあった。中国はこの米国の要請を受けて不必要なソ連との国境紛争を起こしている。キッシンジャーが激怒したのは、日中国交回復がこの米中国交回復の隠された思惑の障害になると受け取ったところにある。そこで田中角栄を排除する策を講じ、ロッキード事件に陥れて退陣させた。のちに米政府のある高官は、あれは間違いだったと漏らした。
さらにキッシンジャーは、チリで1973年の大統領選で選出されたアジェンデが社会主義的な政策を公表したことが米国の内庭と捉えている中南米の政治状況が反米に傾くことを危惧した。そこでアジェンデ政権打倒に動き、ピノチェト将軍を唆して資金を提供して9月11日にクーデターを起こさせた。これは、もう一つの9・11事件である。その後のチリでは軍部による殺戮の嵐が吹き荒れることになった。反軍部と見られる民衆をヘリコプターから突き落とすという想像を絶する虐殺を多用した。キッシンジャーは民主的な選挙で選出された代表といえども、従米でなければ抹殺することをも躊躇わない政治家だったのである。キッシンジャーは2年後にチリを訪れ、にこやかな笑みを浮かべてピノチェトと握手をしている写真が残されている。
ブッシュJr大統領とネオコンの集結
ネオコンにはユダヤ系が多いが、プロテスタント原理主義派およびイスラエルと結びつくと軍事力による解決を優先する予防的先制攻撃論が一層支配的となる。2001年1月に大統領に就任したブッシュJr政権がその典型である。彼は最も多数のネオコンを閣僚として取り込んだ。ディック・チェィニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、ポール・ウォルフォヴィッツ国防副長官、リチャード・パール国防政策諮問委員会委員長、大統領補佐官から国務長官にもなったコンドリーザ・ライスなど国防関連にネオコンが居並ぶ。この下に官僚としてのヴィクトリア・ヌーランドなどが連なる。
C・ライスはブッシュJr政権に入る前に、「サダム・フセインは大量破壊兵器の開発に躍起となっており、彼が政権にいるかぎり何も変わらない。したがって我々は彼を政権の座から排除するために、反体制派への援助も含め、ありとあらゆる手段を用いるべきだ」との論考をネオコンの機関誌「ナショナル・インタレスト」に寄稿した。そして、彼らは9・11事件が起こる前の01年1月にイラクのサダム・フセインを排除することを話し合っていた。
9・11事件とアフガニスタン戦争
そして半年余りのちに9・11事件が起こる。ネオコンのアシュクロフト司法長官は準備していた「パトリオット新法」を議会に提出する。議員たちはその内容を理解することなくあたふたとその法律を成立させた。ブッシュJr政権は直ちに9・11事件の犯行者をアルカイダと決めつけ、アフガニスタンのタリバン政権が彼らを匿っていると難癖をつけた。そして、1ヵ月を経ない10月7日に「不朽の自由作戦」なる意味不明の軍事作戦を発動して侵攻し、タリバン政権を潰した。米国は9・11事件と直接関係のないタリバン政権を潰すだけではまずいと考えたのか、国連に平和維持部隊・ISAFの設置決議を採択させ、NATO加盟国すべてと候補国など43ヵ国にまで拡大してアフガニスタンに派遣させた。
ISAFは安保理決議による平和維持部隊とはいっても国連軍ではない。総司令官はNATO軍としての米軍だからである。この曖昧な体勢が派遣部隊の混乱の原因となり、やがてISAFはアフガニスタンの平和維持が目的なのかタリバンを含む武装勢力と戦うのかが明確にならず、住民支援活動と武力攻撃が脈絡なく交互に行なわれるということになる。このNATO軍の破壊行為がアフガニスタン民衆の怒りを買うことになり、タリバンが復権する。
「必要な戦争」としてのイラク戦争
2002年に入ると、ネオコン集団のD・チェイニーやP・ウォルフォニッツ、D・ラムズフェルドらは、9・11事件に関係がないイラクのサダム・フセインの排除を声高に主張し始めた。そして関係機関に対し、「サダムは危険分子である。彼は世界に害悪をもたらす。だから排除しなければならない」と吹き込んで、イラクが大量破壊兵器を所有している証拠をつかむよう働きかけ続けたのである。これに対して世界の大多数、中でも国連常任理事国の仏・露とドイツがイラクへの軍事行動への反対を表明した。国連のイラク大量破壊兵器査察団長のスコット・リッターは著書などでイラクに大量破壊兵器は存在しないと公言する。米CIAの内部でも大量破壊兵器の存在を否定する派と肯定する派に分かれていた。そこで、D・チェイニー副大統領はCIA本部をしばしば訪れて大量破壊兵器の存在を把握するように促した。テネットCIA長官はブッシュJr政権の意図を忖度し、部下の提言を退けてイラクが大量破壊兵器を所有することは、「スラムダンクほど確実だ」と俗な比喩を用いてイラク侵攻の後押しをした。
予防的先制攻撃の対象となったサダム・フセイン
このような世界的趨勢にネオコンのマイケル・フロノイ米国戦略国際問題研究センターの上級顧問は「我々にとっては、今までのように主としてアメリカの同盟国と協力して海外の国益を保護するという方法で、米国の国家安全保障を考えるという贅沢はもう通用しなくなった。我々は米本国の防衛に今より遙かに真剣な注意を払うことを必要とする」と米国による単独行動主義を主張した。ネオコンの論客ウィリアム・クリストルも米国は二つの目標を同時に追求すべきだと主張。「第一には、アメリカの国益と原則に貢献する世界秩序を推進すること。第二には、このような秩序の達成に対する眼前の障害物となる脅威に対する自衛行為を行なうことである」とやはり単独行動を匂わせる論陣を張った。
さらにクリストルは「イラクのサダム・フセインは今は核兵器を所有はしていない。しかし、それを手に入れれば、米国を恐喝したり行動を抑止したりするようになる。狂気・異常性格者のサダムがそのような状況を手に入れるまで米国は待つべきなのか。キノコ雲を見てからでは遅い。被侵略国は侵略国の攻撃を待つまでもなく、それ以前に先制攻撃をするのは正当である」とまで言及して大量破壊兵器の製造と保有の可能性を喧伝し、予防的先制攻撃の重要性を強調した。ユーゴスラヴィア内戦において、ミロシェヴィチ・セルビア大統領の狂気を喧伝したのと同じ手法である。また、プーチン露大統領のウクライナ侵攻は蛮行であるが、その愚策に対してプーチンの精神状態を流布したのと同断である。NATOの東方拡大こそ狂気とはいえないか。
偽情報を喧伝してイラクに軍事侵攻
しかし、9・11事件と関係のないイラク戦争を始めるには、予防的先制攻撃論を信奉するネオコンを主とする政権としても、証拠もなくイラクに攻め込むことはためらわれる。そのため、米政府はイラクがニジェールのウランを購入したとか、遠心分離器のアルミ・パイプを購入したとか、アルカイダと密接な関係があるとかの情報を流したもののいずれも否定され、イラクが大量破壊兵器を所有しているという確証を得ることはできなかった。そこで、ドイツからもたらされた「カーブボール」なる怪しげな男の情報を取り入れる。そして、2002年2月の安保理でパウエル国務長官はイラクが移動式大量破壊兵器製造施設を持つとのあやふやな理由を強調し、世界を唖然とさせた。そして委細かまわず米国は英・豪などと有志軍を編成し、安保理決議を回避して2003年3月24日に武力行使に踏み切ってしまう。その上でサダム・フセインを捕らえ、形式的な裁判を行なわせて処刑させた。米国は目的を達成したものの、イラクで大量破壊兵器を見つけ出すことはできなかった。
9・11事件後に米国はアフガニスタンとイラクの二つの国を破壊したが、米国に経済制裁を科す国はなかった。しかし、「高級情報評論・EIR(週刊)」などに集う人々はネオコンを批判し続けている。この「エグゼクティヴ・インテリジェンス・レビュー」を創刊したリンドン・ラルーシュは、民主党の大統領予備選の候補者にも名乗り出た経歴を持つが、ネオコンを「獣人ネオコン」という蔑称をつけて厳しく批判している。
ネオコンの新世界秩序
国際社会の批判など委細かまわず、ネオコンは21世紀を「アメリカの新世紀」と位置づけ、それを実現するためには軍事力行使も辞すべきではないと主張している。現在の世界秩序はアメリカの諸価値が真に普遍的なものであるとの認識に基づいて世界に受容されている、という事実に支えられているとの考え方をしている。ネオコンは軍事力が不十分だと政治的発言力が弱まると捉える。米軍の軍事費が増加の一途を辿っているのはこのネオコンの思想を取り入れているからでもある。
NATOは米国の世界覇権の機関
冷戦構造が崩壊し、91年にワルシャワ条約機構が消滅したことからすれば、NATOも解消するのが当然の措置と考えられるが、NATOは解体しなかった。米国による世界覇権、すなわち分断と支配に齟齬が生じるからである。 東西ドイツの再統一が1990年に図られた際、ベーカー米国務長官はゴルバチョフ・ソ連書記長に対し、NATOを1インチたりとも東に進めないと口頭で約束した。しかし、それはソ連の消滅とともに反故にされた。そして早くも93年にはウクライナにカリフォルニア州兵を派遣して以後の関係に道筋をつけ、そしてロシア包囲網の一環としてのウクライナ軍兵の訓練を始めたのである。
ブッシュJr大統領とNATOの東方拡大
ブッシュJrは2001年に大統領に就任した直後にワルシャワ大学において「すべての欧州の新しい民主主義国、バルト海、黒海までのすべての国は欧州の古い民主主義と同じように欧州の国の機構に参加するチャンスを有するべきだ」とNATOによるロシア包囲網を示唆した。そして、2004年にはバルト3国に加え、スロヴァキア、ブルガリア、ルーマニア、旧ユーゴスラヴィア連邦のスロヴェニアの7ヵ国を加盟させた。
このような動きに対してプーチン露大統領は2007年に開かれた安全保障関連の会合において、NATOの東方拡大がロシアへの脅威になると明確に異議を申し立てた。しかし、NATO諸国はこれを聞き流した。そして、2008年に開かれたNATO首脳会議においてブッシュJr大統領は、ウクライナとジョージア(グルジア)を加盟させるよう提案した。そのときは時期尚早として合意に至らなかったが、2009年にはアルバニアと旧ユーゴ連邦のクロアチアを加盟させる。2017年には旧ユーゴ連邦のモンテネグロが加盟。2020年には旧ユーゴ連邦の北マケドニアが加盟するというように着々とNATOの東方拡大を推進してロシアを包囲していった。
米国の政策を左右するネオコン
大地舜は著書「欧米の敗北」で米国の外交政策に関与する主なネオコンの名を列挙している。 ディック・チェイニー(元副大統領)、フランシス・フクヤマ(政治学者「歴史の終わり」の著者)、ドナルド・ラムズフェルド(元国防長官)、リチャード・アーテージ(元国務副長官)、ジョン・ボルトン(元大統領補佐官)、ロバート・ケーガン(ネオコンの論客)、ヴィクトリア・ヌーランド(前国務副長官代行)、キンバリー・ケーガン(戦争研究所・ISW創立者)、マイク・ポンペオ(元国務長官)、アントニー・ブリンケン(前国務長官)、ヒラリー・クリントン(元国務長官)などである。
トランプ政権でもネオコンが暗躍
2017年に成立したトランプ政権でもネオコンが主要な閣僚を占めた。マイク・ペンス副大統領、マイク・ポンペオ国務長官、ジェームス・マティス国防長官、ジョン・ボルトン安全保障担当大統領補佐官、ニッキー・ヘイリー国連大使などである。 トランプ大統領は北朝鮮との和平交渉を手がけているが、どれほど本気で臨んでいたのかは分からないものの38度線にまで足を踏み入れているところを見るとそれなりの見込みを立てていたのではないかと推察できる。しかし、ネオコン強硬派のジョン・ボルトン安全保障担当大統領補佐官が核開発を巡る条件を引き上げて交渉を破綻に追い込んだといわれる。あるいは、アジアに紛争の種を残しておきたいとの軍産複合体の意図が裏で働いていたのかも知れない。ロシアと中国そして朝鮮半島の和平が達成されればアジアに駐留している海兵隊は不必要になり、ひいては海兵隊そのものが削減の対象とされかねないからだ。
2025年5月 (中)
*ロシアのウクライナ侵攻は、ユーゴスラヴィア連邦解体戦争を仕掛けたNATO諸国の対応と極めて深い関係があります。未完ですが、https://yugo-net.main.jp にその一部を記述しています。
「市民グループ・ユーゴネット」
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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