バルセロナの童子丸開さんが、7月18日の「小出裕章×平川克美(ラジオデイズでの対談)」をていねいに文字起こししています。
長文ですから、下記のサイトで読んでいただきたいと思います。
以下に、童子丸さんのリードを掲げておきます。
=======以下、一部転載======
文字起こし:小出裕章×平川克美(ラジオデイズでの対談)
《フクシマは新たな哲学を我々に要求している》
http://doujibar.ganriki.net/fukushima/talking_Koide_vs_Hirakawa.html#ichiran
これはラジオデイズの番組「ラジオの街で逢いましょうプラス1」での、小出裕章さんと平川克美さんによる対談(2011年7月18日リリース)の文字起こし(童子丸開による)です。
元の音声は47分08秒の音声ファイルのものですが、現在、次のリンク先から無料でダウンロードできます。
http://www.radiodays.jp/item/show/200779
内容は、3月11日以来、すでに原発と放射能についての多くの情報を入手している人にとって、もう何の目新しさも無いものばかりかもしれません。しかし、この対談で述べられる原発と原子力行政について、特に「科学者」や「専門家」と呼ばれる人々について小出さんが語る認識は、このテーマを考える際に誰にとっても決して外してはならないベースとなるべきものだろう思います。つまり、小出さんが「私は元々そういうものだと思っていました」と語っておられることが、全ての日本人にとって「元々そういうものだと思う」ものになる必要があると、いうことです。そのうえで我々は、信頼のできる専門家とその情報を取捨選択していく必要があるのでしょう。
しかし問題の根本は、小出さんのおっしゃるように「豊かな生活」について人々が持っている盲目的なまでの執着なのかもしれません。それがその取捨選択を狂わせ、結局は、巨大な利権構造を支える様々な虚構と隠蔽を成立させ、百年後を考えぬ誤った国土計画を正当化させ、化け物のように膨らみあがる狭い大都会と縮んで干上がる広大な地方の格差を生み出してしまったのかもしれません。そしてそのことは、グローバルに広がる貧困や経済格差、そして道理の見えぬ戦争と破壊とも、また低通するものであるのかもしれません。
この対談の内容が指し示しているものは、この事故で直接に非難されるべき者たち、利権構造や権力構造にを形作る者たちについてばかりではなく、そのもっと奥にある、我々が決して覗き込みたくない我々自身のうちにある暗黒にまで及んでいるかのようです。フクシマはきっと、近日中に訪れるかもしれない世界的な経済システムの崩壊とともに、我々がこの地球上で生き延びるための新たな哲学を、我々に要求しているのでしょう。それはここで言われているように、何度も問い直し何度も整理しなおすことによって、年月をかけて徐々に作り上げられるものだと思います。
http://doujibar.ganriki.net/fukushima/talking_Koide_vs_Hirakawa.html#ichiran