菅直人首相は9月14日に民主党代表選挙の洗礼を受ける。ここで必ず菅候補が勝利し、引き続き首相を続投すると分かっていれば、いろいろと民主党政権の今後を予測できるだろう。だが現職首相=党代表でありながら党内に小沢一郎前幹事長が束ねる150人余の大勢力が「反菅直人」で控えているため、票読みができない。
政治評論家の中には菅首相の代表選敗北を予測し、勝利するのは「小沢一郎その人」であろう、と大胆予測する人さえいる。筆者などは民主党の参院選大敗の「主犯」である人物が「菅後継」となるなんて信じられないが、大ベテランの政治記者がこう予測するのだから、何か根拠がありそうだ。
ともあれ、参院選とはいえ大敗すれば、こんなに弱気で憐れを誘う政治指導者に成り下がるのか。8月2日から4日間にわたる衆参予算委での菅首相の答弁振りは、ひたすら憐れで最高政治指導者の威厳などかけらもなかった。これでは、仮に9月14日の代表選で選ばれても「力強く元気な政治」など、望むべくもないだろう。
▽強烈だった10%参考
もう言い古されたことだが、7月11日参院選での民主党大敗―与党過半数割れの主たる原因が菅直人首相の消費税引き上げ発言にあったことはだれの目にも明らかだ。単に税率をアップするだけでなく、よせばよいのに「(自民党公約の)10%を参考にさせて頂く」と具体的数字にまで踏み込んだ。
自民党は野党だから10%という数字を出しても有権者はあまり驚かないが、菅直人氏は政権をにぎったばかりの最高権力者だ。「参考に」という保留がついているとはいえ、菅首相が10%という数字を何度も口にすれば、有権者が受ける衝撃ははるかに強烈だ。
▽還付限度額を3種類も
さらに菅首相は参院選が公示されると、全国のあちこちで消費税収「全額還付」の上限年収額にも言及した。ある一日には三県を遊説し、最初の県では「年収200万円以下」と叫び、次に訪れた県では「350万円以下」と言い、最後には「400万円以下」と軽々しく叫んだ。
なぜヒステリックに全額還付金額に言及したのか。報道各社がほとんど1週間置きに実施する世論調査で、明らかに消費税発言が反発を受け、菅内閣や民主党全体への支持率が10ポイント以上の急ピッチで下がり続けたからだ。全国民から等しく取り立てる消費税の緩和措置として、還付方式も考えますよ、といいたかったのだ。
▽最初の発言に切迫感
さすがの菅首相も「改選第二党」44議席という大敗を前に「私の消費税発言が唐突だった」とか「参院選後すぐにも引き上げると受け取られた」と予算委などでしきりに弁明した。この弁明ぶりが、菅首相への信頼性をさらに引き下げた。
というのも、6月17日のマニフェスト発表を契機に菅首相が堰を切ったように口にし始めた消費税引き上げ方針は「参院選後すぐにも」実現に向かいそうな切迫性を帯びていたからだ。菅首相自ら「2010年度中(つまり来年3月末)までに民主答案をまとめたい」と明言した。それに付け加えて「あと2、3年はかかる」とも述べたが、民主党案に力点が置かれていたために「選挙後すぐ」の印象を首相自ら広めたのである。
▽小泉、鳩山は逃げた
もちろん、民主党政権が行なおうとする多くの政策が財源不足という障害に直面していることは多くの国民が内心理解している。先進資本主義諸国のなかで日本の消費税率が著しく低く、現在の5%のままではいずれ日本の財政=経済が行き詰まるであろうこともよく知っている。
だが衆参国政選挙を前に消費税を争点として持ち出せば、与党側は不利な立場に転じ、選挙で大敗することも過去の体験から分かっている。だからこそ、高い支持率を誇った小泉純一郎首相も、念願の政権交代を成し遂げた鳩山由紀夫前首相も、消費税引き上げにはコミットせず、まずは政権全体の節約から―を貫いた。
▽焦り菅は慌てた
そこに突然の鳩山辞任。おっとり刀で政権の座に飛び乗ったのが「イラ菅」いや「焦り菅」こと、菅首相である。ことし1月に財務相に就任し、数々の国際会議で各国の財政危機を散々聞かされ、日本の消費税の超低率をなじられた菅首相。支える財務官僚からは、やいのやいのと引き上げ決断をせき立てられる。
マニフェストにも明記されておらず、民主党内の議論もほとんど手付かずである。それでも消費税引き上げへのアレルギーが著しく減退していると「勘」を働かせた菅首相は、6月4日に就任し7月11日には参院選投開票という慌ただしい短期間に、大胆にも消費税を最大の争点に掲げ、超党派による議論を呼び掛けた。
▽参院選大敗は退陣につながる
イラ菅は悪菅(勘が悪い菅首相)であった。やはり、この不況下で消費税を選挙の主テーマに持ち出せば選挙情勢はたちまち与党不利に転じ、おまけに矢継ぎ早に還付限度額まで軽々しく言及して信頼性を失った。自滅である。
参院選は政権選択選挙ではないから、負けても続投は当然許される。これが菅首相の続投理由だ。だが、わずか3年前の2007年参院選で自民党大敗の責任を回避し首相続投を宣言した安倍晋三氏は、11月には政権を投げ出した。1998年参院選では当日の出口調査で自民惨敗を知った橋本竜太郎首相が、翌朝、退陣を表明した。
▽やはりモラトリアム
4日間の衆参予算委で菅首相は、自分がいま「モラトリアム首相」ではなく、正式の首相として答弁に立っていることを再三、強調した。しかし、攻める野党が何らかの政策について「協議」の余地を残すような発言をすると、エサに飛びつく秋刀魚のように、与野党協議による立法化に色気をむき出しにした。
だが、9月14日の民主党代表選で正式に選ばれるまでは、鳩山前代表の残り任期をこなしながら参院選で大敗した「暫定代表」である。公明党山口代表から「モラトリアム」といわれても仕方がない。
▽小沢がだれかを立てるか?
9月1日告示、同14日の臨時党大会での代表選は、国会議員のみならず35万人近い党員・サポーターによる本格的な選挙だ。2002年いらい8年ぶりで、現職だから有利とはとても言えない。
立候補を既に表明した菅直人代表に対し、小沢一郎前幹事長が対抗馬を立てるのかどうかが焦点だ。
既に鳩山由紀夫前首相に近い小沢鋭仁環境相が2日、勉強会「21世紀国家像モデル研究会」を設立、議員約40人を集めたほか、翌3日には海江田万里衆院財務金融委員長が勉強会を開いた。小沢グループからは海江田氏への期待感がもれ伝わる。
党の集計によると、5月末時点で党員約5万2000人、サポーター約29万5000人、地方議員2352人。国会議員票は1票2ポイント換算で413衆参議員が計826ポイントを持つ。地方議員票が計100ポイント、党員・サポーター票が計300ポイントで争われる。過半数を得た候補がいない場合は上位二人の決戦投票となる。(了)
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